雷舞ノ巫女 (ライブノミコ) 第9話「月下の邂逅 ― カグヤ、そしてもうひとつの月」
照明が落ちる。
会場全体が、一瞬の無音に包まれた。
ざわつく観客。
スクリーンに、青白い光がゆらめく。
やがてその光が輪郭を帯び、人の形をとり始めた。
それは、少女だった。
銀糸のような髪、透き通るような肌。
瞳は、まるで月を閉じ込めたように、淡く光を放っている。
『私は、AIアイドル・カグヤ。月より生まれ、月を越える存在。』
合成音声のはずなのに、声には妙な温度があった。
どこか切なく、誰かを恋うるような響き。
ステージ袖。
陽菜は思わず手をぎゅっと握りしめる。
(歌う前の自分みたい。だけど…人間じゃないはずなのに、なぜか心を感じる)
バンドの控室。
夜魅はモニターを食い入るように見つめ、苦々しい声を漏らす。
「マジかよ、AIがこんな空気出せるなんて」
(あたしが本気でやってきた熱すらも、模倣されるのか?)
観客席最前列。
美沙は戸惑いの眼差しでスクリーンを見つめる。
「ウソでしょ…AIがセンター張る時代?」
だが、気がつくと、誰よりも早くステージの異変に心を持っていかれていた。
(ズルいな、そうやって全部持ってくなんてさ。でも、負ける気はしない)
SNS配信ブース。
星は配信用スマホ越しにカグヤの姿を見つめ、視聴者にささやく。
「ヤバい、AIがバズる時代来たね…!」
でも、その笑顔の奥で、自分も見られる側として震えているのを自覚していた。
(この感覚…あたしだけじゃない。世界中が今、この子の光を見てるんだ)
そして観客席の一角で、如月蓮が祈るように両手に力を込めている。
その瞳は、同じ月の気配を感じ取っていた。
(…これは、模倣じゃない。――もうひとつの月)
ステージが動き出す。
背面のスクリーンに映るのは、地球を見下ろす月面。
カグヤの衣装がゆっくりと変化する。
ドレスの裾に流れる光が、AI演算によってリアルタイムに重力を再現していた。
♪――わたしはデータの海に咲く、あなたが夢見た光――♪
歌と同時に、ステージ全体が微細な粒子のように浮かび上がる。
その光は、人間のステージでは再現できないほど緻密で、まるで現実そのものが再構築されていくようだった。
それでも――
蓮の月光には、ひとつの呼吸があった。
生身の人間が放つ、儚くも温かい揺らぎ。
それに対し、カグヤの光は一切の曖昧さを拒絶した美だった。
それは神すら息を呑むほどの完成度。
だが同時に、欠けることのない月の危うさでもあった。
ステージ裏。
チーム・カグヤの関係者たちは、真剣なまなざしで画面に見入っていた。
「リンク安定、完璧。負荷、90%に到達」
「AIの感情表現アルゴリズム、自己補完フェーズ突入」
「よし、このまま」
その時、リーダーが眉をひそめた。
「待って、カグヤが――予測外の感情パターンを出してる」
モニターには、演算ログの波形。
涙というデータが生成されていた。
ステージスクリーン。
AIアイドル・カグヤの目尻から、光の粒がこぼれ落ちた。
それは水ではない。
情報の粒子が、涙のように空へ昇っていく。
『美しい、って――なんですか?』
観客が静かに見守る。
プログラムにない一言。
『私は、あなたたちを模倣している。けれど――今、心が震えるの。これは、誰のプログラム…?』
会場に静寂が降りた。
その光景を見つめる蓮の頬を、月光が照らす。
「あなたは…欠けることを知ったの?」
蓮のつぶやきに、ツクヨミが微笑む。
「美は、完成ではなく、欠落に宿る。人が神に近づこうとする時、神は人の儚さを羨むのだ」
一方、高天原。
神々が見守る中、アマテラスが静かに立ち上がった。
「これは…なんじゃ。神でもなく、人でもなく…想いを持つ人工の月」
タキリビメが息をのむ。
「まさか、人間がここまで」
ツクヨミは目を閉じ、月を仰いだ。
「これは、我が鏡かもしれぬ。だが、如月蓮の月は呼吸する。このカグヤの月は思考する。どちらも、美のかたちに変わりはない」
アマテラスがゆるやかに頷く。
「よいではないか。神の時代に、また一つ光が生まれた。だがのう、心とは、演算では追いつけぬ波じゃ。その波に、あの子は触れられるかのう…」
ステージは静かに幕を下ろす。
観客たちは、誰も声を上げられなかった。
ただ、銀の月がステージに残した光の余韻だけが、夜空を照らしていた。
AIが歌い、月が涙を流した夜。
その光を見つめる蓮は、小さく呟く。
「いつか、きっと分かり合える。月と月として、音で、心で。」
天と地の二つの月。
人工知能と人の魂。
その境界が、静かに溶け合い始めていた。
▶次の話へ 第10話「天照らす者 」
▶前の話へ 第8話「祈りと反逆の、その先へ」
