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雷舞ノ巫女(ライブノミコ)第30話「サビのない祈り」

【物語あらすじ】

神の声が届かない時代に、歌だけが神域へ届いてしまった。
現代アイドルと八百万の神々が交差する物語、第30話。

第1話から読む


夕方のライブハウス。

ステージ前の床には、昼間に運び込まれた機材の跡がまだ残っていた。
照明は半分だけ落ち、カウンターの奥で冷蔵庫の低い唸りが続いている。
誰もいない客席に向けて、譜面台と丸椅子がぽつんと立っていた。

陽菜はスマホの画面を見つめたまま、小さく呟いた。

「参加者、けっこういますね……」

「そうだな。でかいレーベルの大会でもないのに。やっぱ、コードリリカルの影響じゃない?」

夜魅は陽菜の手元を覗き込む。
エントリー一覧には、全国から集まったデュオ名がずらりと並んでいた。
見覚えのある名前もある。
星野美沙と一之瀬星。
如月蓮とAIカグヤ。
九鳳院咲良と白鳥雫

噂だけ先に走っているメンバーもいる。
まだ楽曲欄が空白の組もあった。

夜魅が鼻で笑う。

「“白銀セイレーン”ってなんだよ。自分で言ってて恥ずかしくならねえのか」

「“黒翼のレクイエム”も、最初に聞いた人はそう思ったかもしれませんよ?」

「……陽菜、お前、たまに鋭い角度で刺してくるよな」

陽菜はくすっと笑った。
夜魅は肩をすくめ、ステージの上に転がっていたピックを指で弾く。

「で、どうすっかな」

「どう、というと?」

「曲だよ、曲。まさか、なんか神々しい感じでお願いしますで通す気じゃないだろ」

「夜魅さんだって、なんかすごくロックな感じって言いそうです」

「言わねえよ。言いそうだけど」

夜魅はそう言って、客席の奥を見る。

「……正直、わかんないんだよね」

珍しく、棘のない声だった。

「黒翼でやるなら、すぐわかる。どこで歪ませて、どこで暴れて、どこで落とすか。でも、今回は陽菜がいる」

陽菜は少しだけ目を伏せた。

「私も……です。夜魅さんと並んだ時に、それがどういう形になるのか、まだ見えてなくて」

「だよな」

「はい」

「なんか腹立つな」

「どうしてですか」

「同じことで困ってるからだよ」

その時だった。

ステージ袖の暗がりから、ゆるい足音が聞こえた。

「おいおい、珍しく素直じゃん。雨降るんじゃねーか?」

北村だった。
ジャケットを肩に引っかけ、ギターを持っている。
いつものように気障な笑みを浮かべながら、何食わぬ顔でステージに上がってきた。

「盗み聞きかよ、オーナー」

「大人ってのはな、盗み聞きと気遣いの境目で生きてんだよ」

「最低ですね」

「褒め言葉として受け取っとくよ」

北村はそう言ってステージ中央の丸椅子に腰を下ろした。
ギターを膝に乗せ、何も説明せずにチューニングを始める。
細い弦の音が、静かな箱の中でひとつずつ整っていく。

夜魅が眉をひそめた。

「なに、その間」

「間があるほうが、かっこいいだろ」

「そういうとこなんだよなあ……」

呆れたように言いながらも、夜魅の口元は少しだけ緩んでいた。

やがてチューニングを終えた北村が、ちらりと二人を見る。

「実はな。今日はお前ら二人にプレゼントがある」

「は?」

夜魅が顔を上げる。

「なにそれ。急に気障すぎない?」

「オレはだいたい気障でできてる」

「自覚あるんだ……」

陽菜が小さくつぶやくと、北村は満足げに笑った。

「とっておきだ」

「だから何が」

北村は、少しだけ口元を上げた。

「お前ら二人の曲だよ」

一瞬、空気が変わった。

夜魅が身を起こす。

「……うそ、マジで?」

「まあ、正確には“骨組み”だな。完成品じゃねえ。けど、たぶん、お前らにしか鳴らせない」

「そういう大事なこと、先に言ってくんない?」

「最初から全部言っちまったら、気障が台無しだろ」

北村は軽く弦を鳴らした。
そして、次の瞬間。

雷鳴みたいな一音が、空っぽのライブハウスを裂いた。

夜魅の肩が、びくりと揺れる。

低く唸るリフ。
鋭く立ち上がるギター。
荒っぽいのに、芯だけは妙に澄んでいる。

黒翼のレクイエムの匂いがした。
夜魅の血が覚えている温度だった。
客席の闇を切り裂き、喉の奥の獣を起こすような入り。
夜魅の口元が、無意識に笑う。

「……やば」

思わず漏れたその一言に、北村が口元だけで笑う。

「だろ?」

だが、数小節も聴けば、その笑みは別の色に変わった。

来ない。

いつもなら、このあたりで一気に落ちるはずの場所が来ない。
拳を振り上げるための頂点が、どこにもない。
代わりにフレーズは、前へ前へと食い込んでくる。Aメロのようで、Bメロのようで、でもそのどちらにも収まりきらないまま、次の波が来る。

夜魅は眉を寄せた。

「……なんだ、これ」

北村は弾きながら、にやりとする。

「気づいたか」

「サビが、無い」

「正解」

演奏を止め、北村はギターのボディを軽く叩いた。

「正確に言やぁ、AメロとBメロの往復だ。落ちる場所を作ってない。有名どころでも、こういう構成の曲はある。別に珍しいもんじゃねえ」

そう言って、北村はいくつか別のフレーズをかき鳴らす。
似た構造の名曲をなぞるように、短く、鋭く。

けれど夜魅は、その説明より先に、さっきの違和感をまだ体に残していた。

「……なんか、落ち着かない」

「だろうな」

「気持ちいいのに、どこにも着地しない」

「それでいい」

北村は夜魅を見て、少しだけ真面目な顔をした。

「普通の曲はサビで旗を立てる。そこまでの全部を、一回まとめて持っていく場所だ。けどな、お前ら二人は、そもそもそういう組み方じゃねえ」

夜魅が目を細める。

「どういう意味だよ」

北村は、弦をひと撫でして言った。

「お前ら二人、互いが互いのサビなんだよ」

ライブハウスに、短い沈黙が落ちた。

夜魅は一度、言葉をなくしたように北村を見る。
陽菜は、その横で小さく目を見開いていた。

「……互いが、互いの」

「片っぽが前に出た瞬間、もう片っぽも燃える。だったら、一個のでかい頂点に集める必要がねえ。最初から最後まで、火を渡し合えばいい」

陽菜が、ぽつりと言った。

「きれい……」

夜魅が振り向く。

「何が」

「二つの音が、輪みたいです。どこか一カ所だけ光るんじゃなくて、ずっと回りながら、つながってるみたいで」

北村が、低く笑った。

「輪、ねえ」

陽菜はステージの上のギターを見つめたまま、静かに言葉を続ける。

「夜魅さんの音が前に行くと、その後ろに別の音が生まれて。私の音が入ると、また夜魅さんの音が強くなる。ぶつかってるのに、離れてない感じがします」

夜魅は何かを言い返そうとして、やめた。
代わりにもう一度、北村のギターを見た。

「……で?」

「で、って?」

「骨組みだけなんだろ。だったら、この先はアタシらだ」

北村は満足そうに口角を上げた。

「そうこなくっちゃな」

「録っておけ」

北村が顎で示す。

「あとで何回も聴け。言葉を付けるのは、お前らだ。言葉で祈るのは、巫女の専門だろ?」

陽菜は、少しだけ目を見開いてから、小さく頷いた。

「……はい」

そこから三人は、しばらく言葉少なに音を詰めた。

北村が同じフレーズを弾き直し、夜魅が目を閉じて聴く。
一度、首を振る。

「そこ、返しが少し長い」

「どこだ」

「二回目のあと。熱が一回切れる」

北村が短く弾き直す。

「こうか」

「違う。削るんじゃなくて、残すの。余韻はいる。でも、息継ぎの隙間じゃなくて、煽る間にしたい」

北村が目を細めた。

「注文多いな、ロック姫」

「うるさい。今いいとこなんだから」

陽菜はそのやり取りを聞きながら、スマホを構えて録音ボタンを押した。

夜魅が鼻歌みたいにメロディをなぞる。
北村がそれに合わせて少しコードを変える。
また夜魅が首をかしげる。

「そこ、もっと危なくしたい」

「危なく?」

「綺麗に上がりすぎ。ちょっと転びそうなくらいがいい」

「お前、注文の仕方が感覚派すぎるんだよ」

「でも伝わってるじゃん」

「まあな」

北村が笑い、もう一度ギターを鳴らす。
今度は少しだけ尖った。
夜魅の目が、わずかに光る。

「……それ」

「やっと言ったな」

「最初からそこ出してよ」

「だから、それやると気障が台無しだろ」

「まだ言う?」

三人の間に、少しだけ笑いが生まれた。

その夜、陽菜は音源を持ち帰った。

自室の机にスマホを置き、イヤホンを耳に差し込む。
外はもう静かで、障子の向こうに夜の気配が薄く滲んでいた。

再生。

ライブハウスで聴いた時よりも、音は少しだけ粗い。
けれど、その粗さの中に、夜魅の気配がいた。
前へ出る時の鋭さ。
少しだけ息を飲む癖。
強く見せるくせに、ときどき音の端で迷う感じ。

陽菜はノートを開いた。

最初の一行が出るまで、少し時間がかかった。
でも、一度だけ言葉が落ちてきてからは早かった。

ひらけ
名のない声よ
結べ
ほどけたままの今日を

書いて、消して、また書く。
夜魅の声を思い浮かべる。
まっすぐで、尖っていて、でも時々、ひどく寂しそうだと思う。

だから陽菜は、綺麗な祈りだけでは足りないと思った。

鎮めるのではなく
燃えたまま
消えないで
消さないで

ノートの上に、祈りは少しずつ形を持ち始めた。
きれいに整えるための言葉ではなく、震えたまま差し出す言葉。
夜魅が歌った時、刃にも光にもなれるような言葉を。

翌日。

学校帰りにライブハウスに寄った陽菜は、少しだけ緊張した顔でノートを差し出した。
北村はカウンターに寄りかかり、夜魅はその横でストローの刺さったアイスコーヒーを飲んでいた。

「えっ、もうできたの?」

夜魅が言う。

「……はい」

「見せて」

「や、やっぱり、ちょっと待ってください」

「なんでよ」

「緊張するので……」

「今さら?」

そう言いながら、夜魅は少し楽しそうだった。
陽菜が意を決してノートを開くと、夜魅も北村も自然と身を寄せた。

北村の目が、途中で止まる。

もう一度、最初から読む。
それからふっと息を漏らした。

「……祝詞みてーだな。なのに妙に血が騒ぐ」

陽菜が固まる。

「す、すみません、やっぱり変でしたか」

「いや」

北村は首を振った。

「変だ。すげえ変だ。なのに、ちゃんとロックだ」

夜魅がノートを奪うようにして見つめる。
一行、また一行。
そのうち、口元がゆっくり上がった。

「……あはは」

「夜魅さん?」

「なにこれ。ずるい」

「えっ」

「こんなの、アタシが歌ったら最高じゃん」

北村が肩を揺らして笑う。

「参ったな。オレの曲の顔してるくせに、もう別の生き物だ」

夜魅もつられて笑う。
陽菜はきょとんとしたまま二人を見ていたが、やがて少し遅れて、照れくさそうに笑った。

ステージの上にはまだ誰も立っていない。
けれど、もうそこには、二人だけの輪郭があった。

サビのない曲。
祈るような言葉。
ぶつかるのに、切れない二つの声。

その夜、ライブハウスの空気は、少しだけ未来の匂いがした。


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全話まとめ


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#ファンタジー小説部門

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