雷舞ノ巫女 (ライブノミコ) 第17話「夕暮れの参道で、ふたりの影が寄り添うとき」
鳥居の向こうの空は、群青へと沈みはじめていた。
陽菜と夜魅は神楽殿の前で向き合ったまま、しばらく動けずにいた。
境内の静けさが、ふたりの間に落ちた言葉の欠片をそっと守っている。
「…あの、夜魅さん」
最初に声を出したのは陽菜だった。
舞の名残りで少しだけ息が上がっていて、その頬にはまだ紅が残っている。
その表情は、叱られた子どものようでもあり、再会を喜んでいる少女そのものでもあった。
夜魅は視線を落とした。
強い言葉ばかり投げた自分を見つめ返されることが、こんなにも苦しいとは思わなかった。
「昨日は…その…悪かった」
かすれた声。それでも素直さが滲む.
陽菜は小さく首を振った。
「ううん、わたし、気にしてません」
その言い方は嘘くさくなく、むしろ芯のある優しさがあった。
夜魅はそれに少しだけ息を詰めた。
(なんでこの子は、こんなふうに笑えるんだよ)
沈黙が二人の間を撫でたあと、陽菜がそっと歩み寄る。
「夜魅さん。わたし、夜魅さんの声…すごく好きです」
夜魅の肩がわずかに揺れる。
「…そんなの、みんなにも散々言われてるよ」
「違うんです」
陽菜は一歩だけ前に出た。
わざとらしさはない。
自然に、温かく心が近づいていく距離。
「夜魅さんの声は、耳じゃなくて胸の奥に届くんです。誰かの気持ちに直接触れるみたいに…怖いくらい真っ直ぐで」
夜魅は息を飲んだ。
自分の技術を褒める言葉は慣れている。
でも、自分の声そのものをこんなふうに言われたのは初めてだった。
陽菜は続けた。
「わたし…自分に歌の才能なんて無いって、ずっと思ってました。お姉ちゃんみたいに光にもなれないし、夜魅さんみたいに強い歌声も持っていないから」
一瞬、夜魅の胸にかすかな痛みが走る。
自分に向けられた憧れは、どこまでも澄んでいた。
「でも、夜魅さんの歌を聴いたとき、心が勝手に動いたんです」
「…動いた?」
「はい」
陽菜は胸に手を当てた。
「わたしにも…誰かの心を動かせるものがあるのかなって。そんなふうに思わせてくれたのは、夜魅さんでした」
夜魅は言葉を落とした。
陽菜の言葉は、周辺の空気ごと揺らした。
(祈りとか、奇跡とか、そういう話じゃないんだな…この子はただ、自分のままで届こうとしてるだけだ)
すぐそばで、鈴の音が風に揺れた。
陽菜はほわっと笑って言う。
「だから…来てくれて、本当に嬉しかったです」
夜魅は照れ隠しをするみたいに顔をそらす。
「…帰る途中に寄っただけだよ」
「はい」
嬉しそうに返す陽菜。
その素直さが、夜魅の胸を再びくすぐった。
***
ふたりは並んで参道を歩き出した。
灯籠が静かに足元を照らし、砂利がさく…さく…と優しい音を刻む。
最初は半歩の距離。
けれど、歩くたび自然と影が寄っていく。
「夜魅さん」
陽菜がそっと言う。
「わたし…夜魅さんにあんなふうに言われた時、確かにちょっとだけショックでした」
夜魅の足取りが一瞬揺れた。
陽菜は続ける。
「でも…夜魅さんが背中向けたあと、泣きそうに歌ってる声が聞こえた気がして」
「泣きそうって…アタシはそんな…」
「うそじゃないです」
陽菜はやさしく笑う。
「夜魅さんの声って、強いのに…ほんとはすごく優しいです。胸がぎゅってなるくらい」
夜魅は返事ができなかった。
言葉が全部、喉の奥で止まってしまう。
参道の終わりの鳥居が見えたとき、陽菜は立ち止まり、夜魅の横顔を見つめた。
「夜魅さん。また…来てくれますか?」
夜魅は視線を落とし、小さく息を吐く。
「まあ、気が向いたら…な」
それは精いっぱいの強がりで、同時に、もう否定できない素直の入り口だった。
陽菜は破顔した。
「わたし、待ってます。気が向いたときでいいので」
夜魅は桜色のお守りをそっと握りしめた。
(…たぶん、また来るんだろうな)
でも、それが嫌じゃない。
むしろ、胸の奥で静かに灯った光が、次に会う日のことを楽しみにしているようだった。
「じゃあね、陽菜」
夜魅が歩き出すと、陽菜は鳥居の下からいつまでもその背中を見送っていた。
その影は、ほんの少しだけ陽菜のほうへ傾いていた。
ふたりの心のリズムは、静かに同じテンポになりつつあった。
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