『いい子』でいようとしていた私は、ずっと孤独だった
最近、胸の奥がふわっと
空っぽになるような感覚になった。
そわそわして、
何か足りないような感覚。
その感覚に触れたとき、
ある記憶が浮かんだ。
押し入れの中を片付けているお母さんの横で、
私はただ、じっとしていた。
そこにいるのに、自分がいないみたいだった。
本当は、「一緒に遊んでほしい」って言いたかった。
でも言えなかった。
言わないほうが愛されると思っていた。
私はずっと、
『いい子』でいれば愛されると思っていた。
空気を読んで、
期待に応えて、
迷惑をかけないようにして。
人に合わせて、
嫌なことも飲み込んで、
本当の気持ちは後回しにしていた。
それはもう無意識でやっていた。
苦しくなってやっと気づいた。
ちゃんとしているのに、どこか満たされない。
誰かと一緒にいても、なぜか孤独だった。
今思うと、
人間関係の中で「いい子」として振る舞うことが、
自分を守る方法になっていたのかもしれない。
愛されたかった。
だから、ずっと誰よりも人を優先してきた。
それでも「これが愛だ」と思っていた。
全部、愛から始まったと思っていた。
でも違った。
いつからか私は、
「愛されるために愛する」ようになっていた。
その形は、少しずつ私を苦しくさせていった。
ある時、人生を振り返って気づいた。
私はずっと、真逆のことをしていた。
自分を押さえて、
我慢して、
頑張って、
周りを優先して。
「全部、さかさまだったんだ」
それに気づいたとき、静かに涙が出た。。。
責める涙じゃなくて、
心の奥から滲んでくるような、
自分への慈しみだった。
「ただ愛していたのに・・・」
その想いがあふれた。
愛していたのに、
苦しくて、苦しくて。
あなたに向けていた怒りも怖さも、
本当は、大好きだったから。
悲しかったから。。。
ようやく、
凍っていた悲しみが溶けていく感覚があった。
今は少しずつ、『いい子』でいなくてもいい時間が増えてきている。
まだ完全ではないけれど、
少しずつ「自分としている感覚」が戻ってきている。
これからは、
私の中にある愛を抱きしめて生きたい。
『生きている今』に、愛を注いでいきたい。
また静かに涙が出る。
愛から始まったんじゃない。
私は、愛そのものだった。
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