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ヤマケイ ―山の警察—(第6話-3)

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(第6話 縦走(冬)-3)


   

 何と言えばいいのかわからない時のために、定型句はあるのだ。
 富士夫に、「あかりちゃんと結婚する」と言われた時、夏実は本当に頭が真っ白になった。辛うじて笑って、辛うじて声を掠れさせずに、小さな声で言うよりなかった。
「そうなんだぁ。お幸せに」

 藤岡富士夫
 伊豆あかり
 岩重良太郎
 桜崎典子
 そして西原夏実
 五人全員が同じ中学校で、同じ二年二組だった。
 それから十年。不思議とみんな地元に残って、五人のまま遊び場所だけが変わっていった。二駅隣の町にあるイオンからボーリング、カラオケへ。いつの間にかイオンが無くなって、車でちょっと遠くのショッピングモールに行くようになった。その後はいつも居酒屋。二次会はずっとカラオケ。車が手に入ってからは少しばかり遠出もするようになった。海に行ってみたり、簡単な登山をしてみたり。他の遊びはあまり続かなかったけど、山登りは五人の性に合ったらしく、年に数回程度ではあったけど、ほとんど定期的なイベントみたいになってずっと続いていた。
 ずっとこんな感じで変わらないのかと思っていたけど、二十二の時に、岩重良太郎と桜崎典子が就職を機にまさかの結婚。メンバー五人の中に夫妻が一組混ざることになった。大きな変化はこれくらい。あとは残りの三人、藤岡富士夫と伊豆あかり、それに西原夏実で微妙な距離感を保ったまま五人の遊び仲間を保ってきた。少なくとも夏実はそのつもりだった。だけど実際はちがったのだ。夏実の気づかないところで、富士夫とあかりはいつものメンバーとは別の付き合いを深めていたってわけだ。
 知らなかっただけだ。
「結婚しても、みんなとの付き合いはずっと続けたいと思ってる」
 富士夫はそんなことを言っていた。まるで決定権が自分の手の中にあるみたいな口調で言っていた。
「でも、大きな区切りだと思うんだ。だから」
 夏実はまだ立ち直れていない。何か大きな出来事があるといつもこうだ。言われたことや見たことを一回頭の中にプリントして、文字情報に起こして何度か読み返さないと理解できなくなる。たぶんいろいろ拒絶反応が起こっているんだと思う。
 富士夫は言った。青春ドラマの最終回の主人公みたいな笑顔で。
「だからさ。いつものみんなで、念願のご来光を見に行こうよ」

   ❃

 床に広げた立山の地図の上を、富士夫の指が滑っていく。
「三日間あれば縦走できるはずなんだ。まず室堂に入って、そこから雷鳥荘に出る。それで、別山乗越を経て剱沢のキャンプ場へ向かう。ここで一泊」
 地図の上で指を進める。顔を上げてみんなを見た。
「で、次の日の夜明け前にキャンプ場を出て剱岳へ。ご来光を見てから山を下りてもう一泊。で、次の日は帰る。どう?」
「うーん。冬の山って行ったことないけど、どうなの? 辛くないの?」
「まあ、夏山に比べればそれはキツイよ。だけどさ、一度くらい行ってみたいだろ?」
「寒くないかなぁ……」
 富士夫が笑う。
「だから寒いって。冷凍庫みたいなもんだよ。だからこそ、挑戦してみたいだろ?」
 リーダーは富士夫。一番登山経験が多くて、この企画の言いだしっぺだから。みんな、会社を休んだりしなきゃいけないから、この三日を確保するのにはすごく苦労した。ノリノリだったのは富士夫だけで、女性陣三人と良太郎はほとんど引っ張られている感じだった。寒いのがわかっている山になんでわざわざ入るのか理解できない。ずっとブーブー言っていたけど、山に入る予定の日が近づいてきたら何だかワクワクしてきた。これもいつもと同じ。チームを引っ張るのはいつも富士夫、そして時々良太郎。夏実はついて行くだけ。それだけなのに、何となく世界が広がっていくのがありがたかった。
「うおー! 何だこれ! 白いなぁ!」
 雪原に立って良太郎が両手を大きく広げている。隣にいる富士夫もホクホクした顔をしていた。良太郎が喜んでいるのを見て嬉しいのだ。だいたいいつもそう。良太郎は行くまで散々渋るけど、いざ行ってみたらたいていそれを喜ぶ。期待以上のリアクションをしてくれる。それで、富士夫は喜んでいる良太郎やあかり、典ちゃんや夏実を見て喜ぶのだ。
「今日はここでキャンプ」
「わー、雪山でキャンプってなんかワクワクするね。夕ご飯何にするの?」
「カルボナーラ」
「おおー。山でパスタ?」
「いや、鍋。カルボナーラ鍋」
 みんなの声が揃った。「カルボナーラ鍋!?」
「チキンブイヨンベースの鍋に野菜と鶏肉を大量にぶち込んで煮る。で、食べる。すると?」
「それ絶対美味いヤツだ!」
「そう。わかったらさっさと設営するぞー」
 みんなでワイワイ言いながら二つテントを張った。今日はここで寝て、明日早くにここを出て、向こうに見えているとんがった山に登る。テントはこのままここに置いていって、明日剱岳の頂上から帰ってきたらもう一泊する時に使う。ご来光を見て山から下りてきた時、このテントを見たら、一泊しかしてないのに「ホームに帰ってきた」感がすごいだろう。何だか楽しみだ。
 ランタンの明かりの下、狭いテントの中に五人肩を寄せ合った。真ん中にはクツクツ煮える小さな鍋。湯気が顔を包む。みんな慣れ親しんだ顔。笑い方も泣き方も知ってる。誰と誰が好き合って、誰と誰がうまくいかなくなって一時疎遠になったとかみんな知ってる。そういう仲間。
 良太郎がビールを美味そうに飲んでいる。ランタンのせいか、いつもより顔が赤く見えた。
「しっかしなぁ、おれたちの付き合いも長いよなぁ。何年? 十年?」
 典ちゃんが顔をほころばせたまま言っている。
「あー、まー、中学時代から換算すれば十年越えてるよねえ」
「おれさ、今だから言うけど、富士夫とくっつくのは夏実だと思ってたよ。それがまさかなぁ。あかりとはなあ」
 富士夫が何だか慌てている。
「お前、そういうの言うなよ」
「何でだよ。お前、こういうのははっきりさせといた方がいいんだよ。だってお前、初恋の相手夏実だろ? おれに相談してきただろ?」
 場が温まって話が妙な方に転んできた。
「いやだからそういうの言うなって! だいたい何年前の話だよ! それこそ十年以上前だろ!?」
「だってお前、おれに『切ない』って泣いて見せただろ」
「わー! お前ふっざけんなよ! お前の分のビール飲んじまうぞ!」
「飲め飲め! そんで心の中をぶちまけろ!」
 あかりちゃんが笑っている。富士夫が良太郎からビールを奪おうとしてバタバタしている。典ちゃんがそれを見て指差して笑っている。夏実はずっと愛想笑いしていた。楽しい。楽しいけど、何だか悲しい。何となく、こんな感じで過ごせるのはこれが最後だって気がしている。だって富士くんとあかりは結婚する。良くんと典ちゃんも夫婦だ。そしたらわたしはどこへ行く? きっと居場所なんて無いだろう。きっと少しずつ、疎遠になっていくんだろう。きっといつかは、年賀状のやりとりしかしなくなるのだろう。同窓会や葬儀で、互いの近況を知るようになるのだろう。
 笑っていたら目尻に涙が浮いてきた。富士夫が良太郎の背中を押してテントから追い出そうとしている。
「飯食い終わったなら帰れよ! 自分のテントに帰れ!」
「うっせ! まだ飲むぞ! ぜんぜん足りねーぞ! 酒も話も!」
「飲みすぎだっての! 明日バテるぞ」
「バテねーよ。おれ元陸上部だぜ?」
「お前短距離選手だったじゃねーか!」
 結局、二十二時近くまで酒盛りが続いた。雪焼けみたいに顔を真っ赤にした良太郎が大きなげっぷをする。同時に言った。「寝るか」
 富士夫が同じくらい顔を赤くしたまま言った。学校の先生みたいな口調で。
「良太郎、忘れんなよ。四時半に出発だぞ」
「わかってるって。んじゃー、おやすみ」
 良太郎が典ちゃんを連れてテントを出て行った。夏実はヒラヒラと手を振って心の中で応じる。
 また明日。
 これからもずっと、みんなでまた、こんなふうに集まれればいいのに。


(「第6話 縦走(冬)-4」へ続く)

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※涌井の創作小説です。


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