ヤマケイ ―山の警察—(第5話-3)
(第5話 雪崩-3)
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結局、助かったのは三人だけだった。祭先輩を見つけた後、雪に埋まっている男性を一人、遭対協の救助隊員が見つけた。もう一人、スキーヤーの女性を警備隊の一人が発見した。けど、救助隊員が見つけた男性はすでに死んでいた。雪崩に呑まれて流される間に、雪の圧力で腰骨と頭蓋を骨折していた。埋まっているはずの後の二人は見つかっていない。ビーコンを所持していなかったからだ。今は、プローブ(雪に突き刺して、埋没者を探したり、積雪量を測ったりする棒)を使った捜索が続けられている。だけど、今行われているのは、事実上の遺体捜索だ。彼らが見つかるのは、きっと来年の春。雪が融けるまで山の中に取り残される。
「マコトさん、意識戻ったって」
新堂先輩から連絡が入ったのは、雪崩が起きた次の日の夜中。この時の新堂先輩は、雪崩埋没者捜索の時の鬼気迫る新堂先輩じゃなくて、いつものちょっと情けない新堂先輩の声だった。アパートに帰っていた花はその場にくずおれた。しばらく立てなかった。電話を終えてから、「良かった」と呟くまで、一分ほどもかかってしまった。
祭先輩は病院まで、ヘリの中で心臓マッサージを受けながら運ばれていった。心肺が蘇生したのは、病院で人工心肺装置を取り付けてから数十分後。体温は二十五度しかなかったらしい。
祭先輩の病室に入る前に、新堂先輩を呼び出した。新堂先輩の肌は乾燥してひび割れていた。ずっと帰っていないのだ。ずっとここにいて、祭先輩の意識が戻るのを待っていたのだ。
待合室で花は言った。
「会えない」
革張りのソファの隣に腰かけている新堂先輩が短く応じた。
「何で」
「わたし……、祭先輩を、見捨てた」
うつむいた。自分の膝に手を置いて項垂れる。
「わたし……、先輩の手をつかめなかった。わたしが祭先輩に大怪我させたんだ。わたしのせいだ」
「ちがう」
「ちがわない。現に祭先輩は入院してる。大怪我してる。復帰できるかもわからない――」
「そうじゃない。花ちゃんは自分の命を守ったんだ。人ひとり、助けたんだ」
そう言われた。
「あの時、花ちゃんがいなかったらマコトさんは見つけられなかった。負けないでくれ、花ちゃん。ぼくは君に感謝してる。これ以上ないほどに感謝してる。だから負けないでくれ。誇りを持って、マコトさんに会ってくれ」
花は顔を上げた。新堂先輩が花を見ていた。願いを込めた強い目で、じっと花を見ていた。
「頼む」
病室で祭先輩は、少しだけベッドを起こしてこっちを見ていた。
「あ……、あはぁ、はなひゃん」
「先輩」
祭先輩は長い時間雪の下に閉じ込められていたせいで、まだ上手く話せない。でもお医者さんは、時間さえかければだんだん良くなると言っていた。
真っ白かった顔に、赤みが戻っている。
祭先輩がゆるゆると右手を持ち上げて、指先を震わせながらピースサインを作ろうとした。指が開ききらない。ほとんどパーのままだ。でもそれを花に見せてくれた。微笑んでくれた。
「だ……、だいひょうぶ、らった?」
何が? と思った。そして次の瞬間に気がついた。祭先輩は花のことを心配しているのだ。雪崩に巻き込まれて怪我をしなかったか、そう聞かれたのだ。なんだこの人。どこまで強いんだ。怒ってくれればいいのに。嫌ってくれればいいのに。なのにずるい。わたしが詫びるより先に、わたしのことを心配されてしまった。これじゃもう泣けないじゃないか。逃げられないじゃないか。祭先輩の笑顔に、立ち向かうしかないじゃないか。
意を決して言った。花の決意だった。
笑顔のまま、涙をこらえた。
「大丈夫」
祭先輩がゆるゆると笑った。
「奥村、負けません」
祭先輩がゆっくりと言った。
「山ぁ、き、き、嫌いになた?」
「…………」
「こ、こ、怖い?」
「……はい」
祭先輩が少しずつ唇を持ち上げた。花を見たまま言った。「あた、あた、あたしも」
意外だった。祭先輩がお山を怖いと言うなんて。でも先輩は続けた。
「でも、あた、あたしは」
笑っていた。美しいと思った。こんなにきれいなもの、今まで見たことがないと思った。
「や、山、好きなんだぁ」
はっとした。
祭先輩の笑顔を見ていて、花は唐突に気づいた。
世界がここにある。
この人がいま生きているから、わたしはこの人と会える。話ができる。
この人がいま生きているから、新堂先輩が、森口分隊長が、ヤマケイのみんながこうして笑える。
だから思ったんだ。
わたしたちが救おうとしているものは何だ。
それは世界だ。
答えを見つけた気がした。
命って世界だ。
(「第6話 縦走(冬)-1」へ続く)
※涌井の創作小説です。
