「これ、本当に1人で?」銀行を唸らせた計画書と、オープン1ヶ月前の破局。退路を断った私の覚悟。
「30代、独身、フリーター、自己資金わずか」
銀行(公庫)から見れば、私は「融資したくないリスト」のトップにいたかもしれません。
でも、私にはどうしても譲れない夢と、父が提供してくれた「土地(担保)」がありました。
足りないのは信用と、現金1300万円。
これは、自己資金ほぼゼロの私が、百戦錬磨の融資担当者を唸らせ、満額融資を勝ち取った「開業計画書」の話です。
この記事の続きです。
「売上予測」という無理ゲー
場所は決まり、設計士さんとの打ち合わせも始まりました。
次に立ちはだかった壁は、開業計画書の肝となる「売上予測」と「収支計画」です。
「お客様がどのくらい来るかなんて、オープンしてみなきゃわからない!」
ぶっちゃけ、これが本音です。
でも、銀行は「数字」でしか会話できません。
「頑張ります!」という精神論は1円にもならないのです。
私は脳みそから煙が出るほどシミュレーションしました。
• 平日と休日の客数予測
• ランチ、ティータイム、ディナータイムの回転率
• オーダー内容の割合と客単価
• 季節ごとの変動予測
これらを掛け合わせ、「当初予定(厳しめ)」「標準(1〜2年後)」「理想(3年後)」の3パターンで収支計画を作りました。
(※今振り返ると、それでも甘い見通しでしたが、当時は必死でした)
ペラ1枚の用紙なんて、捨ててしまえ
日本政策金融公庫(当時は国民生活金融公庫)から渡された開業計画書の用紙は、たった1枚の紙切れでした。
「これを使っても、オリジナルで作ってもどちらでも構いません。」と言われました。
でも、「こんな紙切れ1枚に、私の情熱と構想が収まるわけがない!」
私はその用紙を使わず、Wordで「完全オリジナルの計画書」を作成しました。
項目自体は公庫のものに準拠しつつ、書ききれない想いと根拠を付け足していきました。
さらに、別紙資料も大量に追加したのです。
• 出張カフェでの実績データ
• 独自に行ったアンケート結果(集客の根拠)
• お店のコンセプトブック(切り抜きやイメージ図)
• 競合店の調査データ
・カフェとは何か?という説明
(当時はカフェって何?喫茶店とどう違うの?とよく聞かれた時代)
「これでもか!」というくらい、ありとあらゆる情報を詰め込みました。
分厚いその書類は、もはや計画書というより「私の脳内を具現化した攻略本」でした。
ちなみに。
これだけは声を大にして言いたいのですが、「借金をする予定がない人」も、開業計画書は絶対に本気で作るべきです。
「自分は貯金があるから必要ない」
そう思う人もいるかもしれませんが、それは大きな間違いです。
計画書は、銀行に見せるためだけの書類ではありません。「紙の上でのシミュレーション」です。
もし、計算上の「紙の上」ですら利益が出せないなら、現実の世界で利益が出せるはずがありません。
自分の頭の中にある「なんとなくの夢」を、数字という「現実」に落とし込む。
その作業をしておかないと、オープンしてから「こんなはずじゃなかった」と地獄を見ることになります。
私にとってこの分厚い計画書は、融資のための資料である以上に、「暗闇の中を歩くための羅針盤」そのものでした。
電話越しの称賛
私は、公庫の勧めで飲食業や理容業などが利用できる生活衛生貸付を利用しました。
衛生環境組合経由の融資制度です。
最初の問い合わせの時、窓口の対応は冷ややかなものでした。
「若い女性」「自己資金なし」。
あからさまに「無理でしょ、やめておきなさい」という空気が漂っていました。
けれど、完成した計画書を提出した数日後。
その空気が一変しました。
組合の担当者から一本の電話がかかってきたのです。
不備があったのかとドキドキして出ると、受話器の向こうで担当者さんが、少し興奮した様子でこう言いました。
「……これ、本当にあなた1人で全部作ったんですか?」
「は、はい」と答えると、彼は声を弾ませて続けました。
「素晴らしいですね…。これは、公庫の審査員たちにも参考になると思いますよ」
電話を握りしめたまま、泣きそうになりました。
「無謀な夢を見るフリーター」から、「1人の経営者」として認められた瞬間でした。
結果、公庫との面談は拍子抜けするほどあっさり終わりました。
なぜなら、聞かれそうなことは全て、先に資料に書いておいたからです。
こうして、父の土地という担保があったことはもちろんですが、この「狂気の計画書」が決定打となり、私は1300万円の融資を満額勝ち取ることができました。
開業前夜の「天国と地獄」
融資が決まり、いよいよ工事が始まります。
私はコンビニのバイトを続けながら、東京の合羽橋へ食器を買いに行ったり、家具や備品を探したりと、準備に奔走しました。
自分の城が出来上がっていく高揚感。一番楽しい時間だったかもしれません。
しかし、神様は意地悪です。
オープンのわずか1ヶ月半前。
私は、5年間付き合った彼氏と別れました。
(厳密にはフラれました)
理由は割愛しますが、まさに「退路を断たれた」状態です。
「結婚」という逃げ道は消えました。
私にはもう、この店しかありません。
背中に1300万の借金、隣には誰もいない。あるのは建設中の店舗だけ。
「やるしかない」
悲しみに浸る暇もなく、怒涛の準備期間を駆け抜け、ついに私のカフェはオープンしました。
それは一生忘れられない1日であり、
「二度と戻りたくない」と思うほど、過酷な1日。
そして、止まることのできない壮絶な日々の始まりでもありました。
(つづく)
