命あるものと夏——余白に捧ぐ、9つの光
目を凝らせば、ふとした風や影の奥に命の輪郭が見えてくる。 生まれゆくものと去りゆくものとがすれ違う季節のうた。
1.夏至の夢
真夜中の森駆け抜ける鹿になる
夢を見ていた夏至の早朝
目が覚めたとき、胸が速く打っていた。森の匂いと、鹿の脚音を連れて。
2.潮騒を紡ぐ
美しい老指揮者の手紡ぐ音
身の内に満ち潮騒となる
老いた指揮者の手が、音を紡ぐ。その静かな動きに、潮騒のようなものがわたしの中に満ちてくる。記憶も、感情も、さざ波のように。
3.庇
トマト捥ぐ祖父の左手しわ深く
私を守る庇であった
トマトを捥ぐ祖父の左手に、深いしわを見た日。過去と空想が重なり合うような、静かなひと夏の記憶です。祖父はいつも、私の心の「庇」でした。
4.鼓動の響き
廃線になる峠坂緑濃く
命が走る夏の列車よ
緑の濃い峠を走る、もうすぐ廃線になる夏の列車。その力強い最後の響きを追いかけながら、かつての旅人たちの息づかいも隣に感じるような空想短歌です。
5.白い道
傷痕の白さをなぞる八月の
満月の夜生まれたあなた
八月の満月の夜にあなたを産んだ。帝王切開の痕をなぞりながら、静かに思い出す命の始まりとその確かさ———空想短歌です。
6.影の輪郭
揚羽蝶の翅を運ぶ数匹の
蟻はしづかに炎昼を這ふ
強い日差しの中、地面を這う数匹の蟻が揚羽蝶の翅を運んでいた。夏の昼間の影が濃くなるように、生と死もまたはっきりと分かれて見える。
そんな光景を詠んだ一首です。
7.迎え火の代わりに
ベランダで線香花火に火を点す
花火好きだった祖父迎ふ盆
ベランダに出て、祖父のために線香花火を点す。音もなく、夏の灯が静かに落ちる夜。
8.晩夏へ向かう道
静謐な隧道を抜け出てみれば
盛夏は晩夏となりてをりぬ
静かで涼しい隧道を抜けると、風の質感も光の色もわずかに変わっていた。盛夏のただなかにいたはずなのに、そこにはもう晩夏の気配があった。
9.そっと花火を揚げる
鯨にもひとりで泣きたい夜がある
わたしはそっと花火を揚げる
泣きたい気持ちは、ときに音もなく、深い海のように沈んでいる。わたしはそっと、小さな光を夜に放つ。

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