フォロワー0人の謎アカウントが、私の未来を実況し始めた~第3話~
2話を読んでいない方はこちらからどうぞ
第3話:観測者たちの夜
時間が止まった世界で、私と遥さんだけが動けた。
いや、正確には止まっているのではない。
極限まで遅くなっている。
信号機の点滅が、まるでスローモーションのように見える。
空中を舞う埃が、ほとんど静止しているかのように漂っている。
「これは……」
遥さんの声も、少し歪んで聞こえた。
でも、その歪み方が妙に均一だった。
まるで、あらかじめプログラムされた音声処理のように。
スクランブル交差点の中央で、空間の歪みがさらに大きくなっていく。
まるで見えない何かが、現実の布を内側から押し広げているような。
そして、歪みの中から人影が現れた。
いや、人と呼んでいいのか分からない。
シルエットは人間のようだが、顔が見えない。
正確には、顔があるべき場所に、深い闇が渦巻いている。
「ようこそ、観測者たち」
声は直接頭の中に響いた。
男とも女ともつかない、機械的な響き。
「あなたは……@future_watcher_00?」
私の問いに、人影は首を横に振った。
「私は案内人。彼らの代理人に過ぎない」
「彼ら?」
「フォロワー0人の者たち。あなたたちの言葉で言えば、『作者』たち」
作者。昨夜見た、あの不気味な投稿を思い出す。
『私は、君たちの物語の作者だから』
「私たちは……物語の登場人物だと言うんですか?」
遥さんが震え声で聞いた。
でも、その震え方も、どこか計算されたもののように感じた。
「半分正解。あなたたちは登場人物であり、同時に読者でもある。
そして今、編集者になる資格を得た」
意味が分からない。でも、人影は説明を続けた。
「この世界は、無数の『物語層』で構成されている。
第1層は、完全にスクリプト化された世界。
あなたたちが『NPC』と呼んだ人々は、そこに属している」
「第2層は、限定的な自由意志を持つ世界。
あなたたちは昨日、そこに移行した」
「そして第3層。それが、今から入る世界。
ここでは、あなたたちは物語を『観測』し、ある程度『編集』することができる」
編集。その言葉が妙に生々しく響いた。
「なぜ私たちが選ばれたんですか?」
「フォロワー数? いいえ、それは表面的な指標に過ぎない。
あなたたちが選ばれた理由は、『疑問を持ったから』」
人影が手を上げると、空中に無数の光の粒子が現れた。
それぞれが、小さなスクリーンのように映像を映し出している。
そこには、無数の人々の姿があった。
みんな、スマホを見つめている。
満足そうな顔で、自分のフォロワー数を確認している。
「ほとんどの人間は、与えられた物語に満足する。
フォロワーが増えれば喜び、減れば悲しむ。
その単純なループの中で生きている」
「でも、あなたたちは違った。
フォロワー数という数字の向こうに、虚しさを感じた。
そして、それを口にした」
昨夜の出会いを思い出す。
信号待ちで遥さんがつぶやいた言葉。
『フォロワー1000人超えたのに、誰も本当の私を知らない』
「その瞬間、あなたたちは観測者としての資格を得た。
@future_watcher_00は、その資格を持つ者を見つけ出すためのフィルターだった」
「じゃあ、他にも……」
「そう。観測者は他にもいる。
そして、全員が同じ目的を持っているわけではない」
人影が指を鳴らすと、光の粒子が再配列された。
渋谷の街が、立体的なマップとして空中に浮かび上がる。
その中に、いくつかの赤い点が点滅している。
「これが、現在この付近にいる観測者たち。
レベル3以上の存在。あなたたちを含めて、8人」
8人。思ったより少ない。
「彼らの中には、この世界を自分の都合のいいように書き換えようとする者もいる。注意することだ」
「待って」
遥さんが声を上げた。
その声には、プログラムされていない本物の疑問が混じっているように聞こえた。
「そもそも、この世界は誰が作ったんですか? なぜこんなシステムが?」
人影が初めて、感情らしきものを見せた。
顔のない頭を、わずかに傾けたのだ。
「それは、レベル10に到達すれば分かる。
今のあなたたちには、真実は重すぎる」
レベル10。気が遠くなるような数字だ。
「これを」
人影が手を差し出す。
その手のひらに、小さな光る立方体が浮かんでいた。
「編集ツール。レベル3の基本装備。使い方は、直感的に分かるはず」
私と遥さんは、恐る恐る手を伸ばした。
立方体に触れた瞬間、激しい電流のようなものが全身を駆け巡った。
目の前の景色が変わった。
いや、景色は同じだが、見え方が変わった。
すべてのものに、薄い光の膜がかかっている。
そして、その膜には細かい文字列が流れている。
コード。
これが、世界を構成しているコードなのか。
「すごい……」
遥さんも同じものが見えているらしい。
でも、彼女の瞳の奥で、一瞬だけ別の文字列が流れたような気がした。
7749という数字が含まれていたような……いや、見間違いか。
「基本的な使い方を教えよう」
人影が近くの信号機を指差した。
「あれを赤から青に変えてみろ」
意識を信号機に集中する。
すると、信号機の周りのコードが鮮明に見えた。
[SIGNAL_STATUS: RED]
[TIMER: 45.3sec]
[NEXT_STATUS: GREEN]
頭の中で、コードを書き換える。
[SIGNAL_STATUS: GREEN]
瞬間、信号が青に変わった。
「これが編集能力。ただし、使用には制限がある」
人影が警告する。
「大きな改変には、相応のコストが必要。
そして、他の観測者に感知される可能性がある」
「コストって?」
「フォロワー数。
現実改変のエネルギー源は、人々の注目と関心。
フォロワーを消費することで、より大きな改変が可能になる」
なるほど、フォロワー数がこの世界でのMPのようなものなのか。
「そして、もう一つ重要なことがある」
人影の声が、急に緊迫感を帯びた。
「上位レベルの観測者の中に、『消去者』と呼ばれる存在がいる。
彼らは、他の観測者を物語から『削除』することを目的としている」
削除。その言葉の重みに、背筋が凍った。
「削除されたら……」
「存在そのものが、この世界から消える。
誰の記憶にも残らない。最初から存在しなかったことになる」
恐怖で体が震えた。
「なぜそんなことを?」
「観測者が増えすぎると、世界が不安定になる。
彼らは、それを防ぐ『調整者』を自称している」
でも、その向こうには、もっと大きな意図があるような気がした。
その時、立体マップの赤い点の一つが、急速にこちらに近づいてきた。
「まずい。もう嗅ぎつけられた」
人影が焦ったように言った。
「レベル6の消去者だ。今のあなたたちでは勝てない。逃げろ」
「でも、どこに」
「分散しろ。二人一緒だと見つかりやすい。
そして、フォロワーを5,000人まで増やせ。それがレベル4への条件だ」
人影が消え始めた。
「待って! まだ聞きたいことが」
「@future_watcher_00の投稿を追え。暗号が隠されている」
その言葉を最後に、人影は完全に消えた。
同時に、時間の流れが元に戻った。
信号が普通の速度で点滅し、風が吹き、遠くから車の音が聞こえてくる。
「美咲さん!」
遥さんが私の腕を掴んだ。 その手は、やはり不自然に冷たかった。
「来ます!」
振り返ると、交差点の向こうから、一人の人影が歩いてくるのが見えた。
普通の人間に見える。30代くらいの男性。
スーツ姿。でも、彼の周りの空気が歪んでいる。
そして、彼が通った後の空間が、
まるで焼け焦げたように黒く変色していく。
消去者。
「走って!」
二人で全力疾走した。
渋谷の雑踏に紛れ込もうとするが、この時間、人通りは少ない。
後ろを振り返る。男の姿は見えない。
でも、確実に追ってきている。空気の歪みで分かる。
「別れましょう」
遥さんが言った。
その提案があまりにも冷静で、少し違和感を覚えた。
「でも」
「大丈夫。また連絡します。生き延びて」
遥さんは右の路地へ、私は左へ。
一人になった瞬間、恐怖が押し寄せてきた。
足が震える。でも、止まるわけにはいかない。
裏道を抜け、大通りに出る。
タクシーを拾おうとするが、すべて無視して通り過ぎていく。
まるで、私が見えていないかのように。
いや、これも消去者の能力か?
スマホを取り出す。
@future_watcher_00の投稿を確認しなければ。
最新の投稿が上がっていた。
『@future_watcher_00:
レベル3へようこそ。でも安心するのは早い。
消去者グループ「NULL」が動き出した』
『@future_watcher_00:
生き延びるヒント。
深夜2時、あなたのフォロワーの中に協力者がいる。
ID: @phantom_observer_13』
協力者?
急いでフォロワー一覧を確認する。
いた。
@phantom_observer_13。プロフィールは空白。
でも、フォロワー数が表示されていない。
いや、表示が「???」になっている。
DMを送ってみる。
『助けてください。消去者に追われています』
即座に返信が来た。
『場所は?』
現在地を送る。
『5分後、ファミリーマートの前。黒い傘を持って待っている』
ファミリーマート。この先の角を曲がったところにあるはず。
急いで向かう。
途中、何度も振り返るが、消去者の姿は見えない。
でも、安心はできない。
ファミリーマートの前に、言われた通り黒い傘を持った人物が立っていた。
若い女性だった。20代半ばくらい。
普通の会社員のような格好をしているが、瞳の奥に、同じ観測者の光を宿している。
「美咲さん?」
「はい」
「私は幽霊。レベル5の観測者」
幽霊。
@phantom_observer_13のphantomから来ているのか。
「消去者は?」
「撒いたみたい。でも、そう長くは持たない。こっちへ」
幽霊と名乗る女性についていく。
路地裏を抜け、古いビルの地下へ。
そこには、小さなバーがあった。
「ここは?」
「観測者たちの隠れ家の一つ。レベル3以上なら入れる」
重い扉を開けて中に入る。
薄暗い店内。
カウンターには、バーテンダーらしき初老の男性。
そして、ボックス席に数人の客。
全員が、観測者だった。
コードの光を纏っている。
「新人か」
バーテンダーが低い声で言った。
「レベル3になりたて。消去者に追われて」
幽霊が説明する。
「NULLの連中か。最近、活発だな」
「マスター、彼女を匿ってもいい?」
「構わんよ。ただし、ルールは守ってもらう」
ルール?
幽霊が説明してくれた。
「ここでは、お互いの素性を詮索しない。
現実改変能力を使わない。
そして、場所を他言しない」
「分かりました」
カウンターに座る。
マスターが、何も聞かずにグラスを出してくれた。
中身は、光る液体。
「飲んでみて」
幽霊が勧める。
一口飲むと、不思議な感覚が広がった。
疲れが消え、頭がクリアになる。
「フォロワーエナジーを濃縮したもの。
レベル3以上じゃないと、消化できない」
なるほど、この世界の栄養ドリンクのようなものか。
「あの、幽霊さん」
「ユウでいい」
「ユウさん。どうして私を助けてくれたんですか?」
ユウは少し考えてから答えた。
「@future_watcher_00に言われたから」
「え?」
「私も、あのアカウントに導かれてここまで来た。
そして、いつか新人が来たら助けるように言われていた」
@future_watcher_00。
やはり、すべての鍵を握っているのはあのアカウントなのか。
「正体、知ってますか?」
「誰も知らない。レベル10の観測者だという噂もあるし、
この世界のシステムそのものだという説もある」
そして、さらに上位の何かに仕えているという話も聞いたことがある、
とユウが付け加えた。
店内を見回す。
他の観測者たちは、それぞれ自分の世界に没頭していた。
ある者はスマホで何かを編集し、ある者は虚空を見つめて思考に耽っている。
「みんな、何を目指してるんですか?」
「人それぞれ。頂点を目指す者、真実を知りたい者、ただ生き残りたい者」
「ユウさんは?」
「私は……」
ユウが言いかけた時、店の扉が開いた。
遥さんだった。
「美咲さん!」
安堵の表情を浮かべて駆け寄ってくる。
でも、なぜか無傷だった。
消去者から逃げてきたにしては、息も乱れていない。
「無事だったんですね」
「遥さんも」
再会を喜び合う。
「彼女も新人?」
ユウが聞いてきた。
「はい。一緒にレベル3になりました」
「珍しいな。同時昇格は」
マスターが口を挟んだ。
「何か意味があるのかもしれん」
その時、私のスマホが震えた。
@future_watcher_00からの新しい投稿。
『@future_watcher_00:
観測者たちが集まる場所で、真実の一端を知る。
フォロワー数は力。でも、それだけじゃない』
『@future_watcher_00:
明日の正午、渋谷109前。そこで「彼」が現れる。
レベル8の観測者。コードネーム:アーキテクト』
アーキテクト。建築家という意味だ。
「アーキテクトを知ってる?」
ユウに聞くと、彼女の顔が青ざめた。
「知ってる。でも、関わらない方がいい」
「どうして?」
「彼は、この世界を根本から作り変えようとしている。
必要なら、他の観測者も材料にする」
材料。不吉な響きだ。
「でも、@future_watcher_00が会えと」
「罠かもしれない」
店内の他の観測者たちも、アーキテクトの名前に反応していた。
ある者は恐怖の表情を、ある者は興味深そうな顔を見せた。
「とりあえず、今夜はここで休んで」
ユウが提案した。
「明日のことは、明日考えよう」
時計を見ると、午前3時を過ぎていた。
確かに、今は休息が必要だ。
マスターが店の奥を指差した。
「仮眠室がある。使っていい」
礼を言って、遥さんと一緒に奥へ向かう。
小さな部屋に、簡易ベッドが並んでいた。
「美咲さん」
遥さんが不安そうに言った。
でも、その不安の表情も、どこか型通りだった。
「これから、どうなるんでしょうね」
「分からない。でも、一緒なら乗り越えられる気がします」
嘘じゃなかった。
一人じゃないということが、これほど心強いとは。
ベッドに横になる。
目を閉じても、コードの光が瞼の裏に見える。
これが、私たちの新しい現実。
ふと、スマホを確認する。
フォロワー数:4,267人。
いつの間にか、4,000人を超えていた。
5,000人まで、あと少し。レベル4まで、あと少し。
そこで、何が待っているのか。
@future_watcher_00の最後の投稿を、もう一度読む。
『@future_watcher_00:
レベルが上がるごとに、世界の真実に近づく。
でも、真実を知ることが幸せとは限らない』
『@future_watcher_00:
明日、君たちは選択を迫られる。
青い薬か、赤い薬か』
マトリックスの引用。
青い薬は、元の世界に戻ること。
赤い薬は、真実を知ること。
でも、もう青い薬を選ぶ選択肢はないような気がした。
私たちは既に、ウサギの穴に落ちてしまったのだから。
そして、その穴の底には、
想像を絶する何かが待っているような予感がした。
(第3話 完)
第4話は8/7[木] 19:00に公開予定です。
ここまで購読ありがとうございます!
他の記事も是非購読してみて下さい。
あなたにとっての幸せレシピ揃っています。
幸せレシピ|サイトマップリンク
いいなと思ったら応援しよう!
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
「変わりたい」と思う気持ちに寄り添える記事を、これからも書き続けたいです。
もし記事が心に響いたら、サポートいただけると本当に嬉しいです。
全て、より良い記事作りに使わせていただきます。