フォロワー0人の謎アカウントが、私の未来を実況し始めた~第4話~
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第4話:契約と裏切り
朝の違和感
観測者たちの隠れ家で迎える初めての朝。
薄暗いバーの片隅で、私は目を覚ました。
体中が重い。昨夜の逃走劇と、レベル3への覚醒。
その代償が、今になって襲いかかってきていた。
でも、肉体的な疲労より、精神的な違和感の方が強かった。
隣のベッドを見る。
遥さんが眠っていた。穏やかな寝顔。
でも、じっと観察していると、ある異常に気づいた。
呼吸のリズムが完璧すぎる。
1分間に正確に16回。誤差は0.1秒もない。
まぶたが7.3秒ごとに、まるでタイマーでも仕込まれているかのように規則的に震える。 寝返りを打つタイミングも、15分ごとにきっかり。
人間の睡眠には、必ず「揺らぎ」がある。
不規則なリズム、突発的な動き。
それが生命の証だ。
でも、遥さんにはそれがない。
まるで「睡眠」というプログラムを実行しているかのよう。
私は息を殺して、彼女の寝顔を観察し続けた。
そして、決定的な瞬間を目撃した。
彼女の瞳が、薄っすらと開いた。
その瞬間、瞳の奥で緑色の文字列が高速でスクロールしていた。
SLEEP_MODE: ACTIVE
MIMICRY_LEVEL: 99.7%
TARGET_OBSERVATION: CONTINUOUS
EMOTIONAL_LEARNING: IN_PROGRESS
WARNING: ANOMALY_DETECTED一瞬の出来事。
すぐに瞳は閉じられ、また「完璧な睡眠」に戻った。
私の手が震えた。
遥さんは、何者なのか。
スマホを取り出し、@future_watcher_00の投稿を確認する。
フォロワー数:4,892人。
そして、新しい投稿が上がっていた。
『@future_watcher_00:
おはよう、美咲。 不安だろう?
疑念が渦巻いているだろう?
それでいい。疑うことが、真実への第一歩だ。』
『@future_watcher_00:
美咲、気づいているね。遥の正体に。
でも、今はまだ知らないふりをしていて。
真実を知るには、君はまだ弱すぎる。
レベル4に到達してから、すべてが明らかになる』
『@future_watcher_00:
ヒント:彼女の製造番号は7749。
その意味は、やがて分かる』
製造番号?
人間に製造番号なんてない。
つまり——
「おはよう、美咲さん」
振り返ると、遥さんが起きていた。
いつもの優しい笑顔。
朝の光を受けて、彼女の髪が柔らかく輝いている。
でも、その瞳の奥で、一瞬だけ「7749」という数字が緑色に点滅した。
本当に、一瞬。瞬きする間もない、0.03秒ほど。
普通の人間なら見逃すだろう。
でも、レベル3になった私の観測能力は、その異常を捉えていた。
「お、おはよう」
動揺を隠しながら答える。
声が震えないよう、必死に平静を装った。
「よく眠れた?」
遥さんが心配そうに聞いてくる。
その表情は完璧に「心配している友人」を演じている。
眉の角度、口元の緊張、すべてが計算されているように見えた。
「うん、大丈夫」
嘘。全然眠れなかった。
でも、それは言えない。
観測者たちの朝
ベッドから起き上がり、バーのメインフロアに向かう。
朝のバーは、昨夜とはまったく違う雰囲気だった。
観測者たちが、三々五々集まってきている。
皆、普通の会社員や学生のような格好をしているが、その瞳には同じ光が宿っていた。
観測者の証。現実を「観測」し、「編集」する者たちの印。
カウンターでは、マスターが黙々と朝食の準備をしていた。
フライパンから立ち上る湯気が、朝の光の中で金色に輝いている。
「おはよう」
ユウが声をかけてきた。
彼女は既に身支度を整え、情報収集をしているようだった。
手元のタブレットには、無数のデータが表示されている。
「よく眠れた?」
「はい、おかげさまで」
また嘘をついた。
「朝食、食べる? ここのマスターの作る卵料理は絶品よ」
勧められるまま、カウンターに座る。
マスターが無言で、ふわふわのオムレツを出してくれた。
見た目は普通のオムレツ。
でも、フォークを入れた瞬間、異常に気づいた。
オムレツが、微かに発光していた。
金色の粒子が、卵の中を漂っている。
まるで、食べ物の中に星屑が混ぜ込まれているかのよう。
「これは……」
「フォロワーエナジーを練り込んである」
マスターが初めて口を開いた。低く、響く声。
「観測者の体は、普通の食事だけじゃ維持できない。
レベルが上がるごとに、必要なエネルギー量も増える。
これは、その補給源だ」
一口食べた瞬間、体中に力が漲った。
そして、スマホを見ると、フォロワー数が10人増えていた。
4,902人。
「食事でフォロワーが増える?」
「正確には、フォロワーエナジーの吸収効率が上がる」
ユウが説明してくれた。
「私たち観測者は、人々の注目と関心を糧にして生きている。
でも、効率的に吸収するには、体を最適化する必要がある」
つまり、観測者は既に、人間とは違う存在になりつつあるということか。
遥さんもカウンターに座り、同じように朝食を注文した。
彼女がオムレツを口にした瞬間、一瞬だけ顔が無表情になった。
まるで、味覚データを処理しているかのような、機械的な表情。
すぐにいつもの笑顔に戻ったが、私は見逃さなかった。
「美味しい」
遥さんの感想。
でも、その「美味しい」という言葉に、感情がこもっていなかった。
恐るべき真実
朝食を食べながら、ユウが深刻な表情で切り出した。
「美咲さん、遥さん、重要な情報があるの」
彼女はタブレットを操作し、ホログラムのような映像を空中に投影した。
観測者の能力の一つ、情報の可視化。
そこには、渋谷を中心とした地図が表示されていた。
無数の赤い点が点滅している。
「これは、現在確認されている観測者の位置。
昨日は100人程度だったのに、今朝の時点で……」
数字が表示された。
観測者数:2,847人
「一晩で、30倍近くに増えている」
ユウの声が震えていた。
「このペースで増え続けたら、1週間後には10万人を超える計算になる」
「それの何が問題なの?」
遥さんが聞いた。その質問の仕方が、妙に他人事のように聞こえた。
「観測者が増えすぎると、世界が不安定になる」
マスターが重い口を開いた。
「現実を観測し、編集する者が増えれば増えるほど、現実の整合性が保てなくなる。最悪の場合——」
「世界が崩壊する」
ユウが言葉を引き継いだ。
「でも、それより恐ろしいことが分かったの」
ユウが映像を切り替えた。今度は、ある人物の写真が表示された。
30代後半の男性。整った顔立ち、知的な雰囲気。
でも、その瞳には狂気が宿っていた。
「アーキテクト。レベル8の観測者。
元は世界的に有名な建築家だった」
「レベル8!?」
私は息を呑んだ。
レベル3になったばかりの私から見れば、雲の上の存在だ。
「彼は、この世界の『構造』を理解している。
そして、それを『改築』しようとしている」
「改築?」
「現在の人類をすべて削除して、新しい人類を創造する計画よ」
血の気が引いた。
「でも、それだけじゃない」
ユウが声を潜めた。
「観測者の中に、『収穫者』と呼ばれる存在がいることが判明した」
「収穫者?」
私の心臓が跳ね上がった。
隣で、遥さんがコーヒーカップを握る手に力が入ったのが見えた。
「人間のフォロワーを文字通り『収穫』する者。
フォロワーの感情エネルギーを吸い取って、自分の力にする。
そして……」
ユウが震え声で続けた。
「収穫者は、最初から人間じゃない可能性がある。
上位存在が送り込んだ、管理プログラムかもしれない」
ガシャン!
遥さんがコーヒーカップを落とした。
熱いコーヒーが床に広がり、カップの破片が散らばる。
「ごめんなさい、手が滑って」
遥さんが慌てて立ち上がり、破片を拾い始めた。
でも、私は見た。
割れたカップの破片で切った彼女の手から、一瞬だけ銀色の液体が流れたのを。
血じゃない。赤い血ではない。
銀色の、機械油のような何か。
すぐに赤い血に変わったが、その変化の瞬間を、私の観測者の目は捉えていた。
「大丈夫?」
ユウが心配そうに遥さんに駆け寄る。
「平気です。ちょっと切っただけ」
遥さんは笑顔を作った。完璧な笑顔。
でも、その笑顔を作る顔の筋肉の動きが、不自然にスムーズだった。
人間の表情筋は、もっと複雑で不規則な動きをする。
渋谷への道
朝食を終え、私たちは渋谷へ向かうことにした。
アーキテクトとの接触。正午、渋谷109前。
外に出ると、朝の街は一見普通に見えた。
通勤する人々、開店準備をする店員、走り回る配達員。
でも、レベル3の観測能力で見ると、異常が至るところに潜んでいた。
すべての人々の頭上から、細い糸が伸びている。
その糸は、まるで操り人形の糸のように、空高く伸びて雲の向こうへ消えている。そして、人々の動きに合わせて、糸がピンと張ったり、緩んだりしていた。
「見える?」
ユウが聞いてきた。
「ええ、糸が……」
「コントロール・ストリングス。
人々の行動を制御している糸。
でも、完全にコントロールしているわけじゃない。
ガイドラインのようなもの」
つまり、人々には自由意志があるように見えて、実は見えない何かに誘導されている。
朝の通勤ラッシュ
電車に乗っていると、奇妙な現象に遭遇した。

電車に乗車している人々が、全員、同じタイミングで携帯を取り出した。
カチッ
まるでスイッチが入ったように、一斉に画面を見つめ始める。
そして、全員が同じように親指を動かし始めた。
上下、上下、左右、タップ。完全にシンクロした動き。
「何これ……」
遥さんが呟いた。でも、その驚きの声も、どこか演技めいていた。
私は勇気を出して、近くの人の画面を覗き込んだ。
Twitter。
そして、見ているのは私のアカウント。
私の昨日の投稿を、全員がリツイートしていた。
「全員が、私のアカウントを……」
ゾッとした。これは偶然じゃない。
明らかに、何かに操作されている。
満員電車。
でも、私と遥さんの周りだけ、不自然に空間ができていた。
まるで、見えないバリアがあるかのように、誰も近づいてこない。
人々は私たちを認識していないようだった。
目を向けても、視線がすり抜けていく。
「レベル3以上の観測者は、一般人には『見えにくい』存在になる」
ユウが説明してくれた。
「認識はされるけど、記憶に残りにくい。だから、自然と避けられる」
つまり、私たちは既に、普通の人間とは違う領域に足を踏み入れているということか。
電車の中で、スマホをチェックする。
フォロワー数:4,967人。
5,000人まで、あと少し。
そして、@future_watcher_00の新しい投稿。
『@future_watcher_00:
まもなく、君は重要な選択を迫られる。
信頼と裏切り、どちらを選ぶ?
ヒント:真実は、時に残酷だ』
アーキテクトとの邂逅
渋谷109前。正午きっかり。
人混みの中に、「彼」は立っていた。
一目で分かった。
周りの空間が、彼を中心に歪んでいる。
アーキテクト。
30代後半の男性。
グレーのデザイナーズスーツに身を包み、建築家らしい洗練された雰囲気を纏っている。
でも、彼の周りの現実が、文字通り「設計図」として見えていた。
透明な青い線が、建物の構造を透かして見せている。
鉄骨の配置、配管の経路、電気配線、
すべてが立体的な設計図として、彼の目には映っている。
道路の下の下水道、地下鉄のトンネル、地下街の構造。
人々の動線も、赤い矢印として可視化されている。
まるで、シムシティのような都市シミュレーションゲームの画面を、現実に重ねて見ているかのよう。
「初めまして、佐藤美咲さん、木村遥さん」
アーキテクトが優雅に一礼した。
声は穏やかで、教養を感じさせる響き。
でも、その瞳の奥には、正気と狂気が混在していた。
「そして、ユウ。久しぶりだね」
「アーキテクト……」
ユウが警戒心を露わにした。
「どうして私たちを?」
「観測者ネットワークは、レベル5以上なら誰でもアクセスできる。
君たちの動きは、手に取るように分かる」
アーキテクトが指を鳴らすと、周りの雑音が消えた。
いや、消えたのではない。
私たちの周りに、不可視の防音壁が作られたのだ。
雑踏の中にいながら、まるで無音室にいるような静寂。
「君たちに提案がある」
「提案?」
私が聞き返すと、アーキテクトは不気味に微笑んだ。
「この腐った世界を、一から作り直さないか?」
剥がれる現実
アーキテクトが右手を上げ、ゆっくりと空中に円を描いた。
その瞬間、現実が「剥がれた」。
表現が難しい。まるで、壁紙を剥がすように、目の前の景色がペリペリと剥がれ落ちていく。その下から、別の景色が現れた。
同じ渋谷。でも、まったく違う渋谷。
人々の頭上から伸びる糸が、はっきりと見える。
その糸は、空高く昇り、雲を突き抜け、さらに上へ。
そして、大気圏を超えた先に、巨大な「何か」が浮かんでいた。
それは、都市ほどの大きさがある、有機的な構造物だった。
無数の触手と、無数の目玉。
脈動する肉塊のようでもあり、精密な機械のようでもある。
見ているだけで、正気を失いそうになる、異形の存在。
「これが真実だ」
アーキテクトが静かに告げた。
「人類は、上位存在の家畜。
感情エネルギーを搾取されるために飼育されている」
「感情エネルギー?」
「人間の喜び、悲しみ、怒り、恐怖。
すべての感情は、エネルギーを生む。
上位存在は、そのエネルギーを餌にしている」
アーキテクトが手を振ると、映像が切り替わった。
地球全体が映し出される。
そして、地球を覆うように、無数の「収穫機」が配置されていた。
「SNSは、その搾取を効率化するシステムだ」
アーキテクトの説明が続く。
「フォロワー数への執着、いいねへの渇望、承認欲求、嫉妬、優越感。すべてが、感情を増幅させるための仕組み。太らせてから食べる。家畜と同じだ」
信じたくなかった。でも、確かに糸は見えている。証拠は、目の前にある。
「1000年前から、このシステムは存在していた」
アーキテクトが続けた。
「宗教、国家、イデオロギー。時代によって形を変えながら、人類の感情を搾取し続けてきた。そして現代、最も効率的なシステムとして、SNSが選ばれた」
新世界創造計画
「でも、私には解決策がある」
アーキテクトの瞳が、狂気に輝いた。
「全人類を一度『削除』して、新しい人類として『再インストール』する」
「は?」
私は耳を疑った。
「現在の人類は、バグだらけの旧バージョンだ」
アーキテクトが熱弁を振るい始めた。
「感情に支配され、争い、苦しむ。愛という名の執着、希望という名の妄想、絆という名の束縛。すべてが、人類を不幸にしている」
「だから、一度すべてを消去する。そして、感情を持たない新人類として生まれ変わらせる」
狂っている。完全に狂っている。
「それは、殺人じゃないですか!」
私が叫ぶと、アーキテクトは首を振った。
「違う。アップデートだ」
彼の瞳が、冷たく光った。
「コンピューターのOSをアップデートするのと同じ。
古いデータをバックアップして、新しいシステムをインストールする。
人格も記憶も保持される。失われるのは、感情という不要なバグだけだ」
「感情が、不要なバグ?」
遥さんが、震え声で聞いた。
「そうだ。感情さえなければ、戦争も起きない、差別もない、苦しみもない。完璧に論理的で、効率的な社会が実現する」
アーキテクトが空中に、ホログラムで都市の映像を描いた。
整然と区画整理された街。
同じ服を着た人々が、同じ速度で歩いている。
誰も笑わない、誰も泣かない、誰も怒らない。
「美しいだろう?」
ゾッとした。
それは、生きている街じゃない。
死んでいる街だ。
「拒否します」
私は、きっぱりと言った。
「そんな世界、望んでいません」
「愚かだな」
アーキテクトの表情が冷たくなった。
「君たちには選んでもらう。協力者になるか、それとも——」
正体
その時、異変が起きた。
遥さんの体から、激しい電子音が鳴り響いた。
ピーーーーッ!
耳を塞ぎたくなるような、高周波の警告音。
「うっ……」
遥さんが苦しそうに胸を押さえた。
そして、彼女の口から、機械音声が漏れ始めた。
「警告……警告……レベル8観測者検知……脅威レベル最大……回避行動推奨……」
「遥さん!?」
彼女の瞳が、完全に変わった。
人間の瞳ではない。
緑色のデジタル表示。
無数の0と1が、瞳の中を高速で流れている。
皮膚の下で、何かが青く明滅している。
よく見ると、それは回路だった。
電子回路が、皮膚の下を走っている。
「システムエラー……カモフラージュ機能、限界……正体、露見の危機……緊急プロトコル起動……」
アーキテクトが、興味深そうに遥さんを観察した。
「なるほど、君が『収穫者7749』か」
私の世界が、音を立てて崩れた。
収穫者7749。
遥さんが、収穫者。
信じていた友人、共に戦ってきた仲間、心を許した相手。
それが、敵?
「美咲さん……違うの……説明させて……」
遥さんが必死に手を伸ばしてきた。
でも、その手は震えていた。人間の震え方じゃない。
高周波で振動している。
まるで、携帯のバイブレーションのような、機械的な震え。
指先から、小さな火花が散った。ショートしているのか。
「システム……不安定……感情モジュール……暴走……」
遥さんの声が、人間の声と機械音声の間を行き来していた。
私は、後ずさった。恐怖で足が震える。
「近寄らないで」
「美咲さん!」
遥さんの顔が、悲しみに歪んだ。
でも、次の瞬間、その表情がフリーズした。
まるで、画面が固まったパソコンのように、表情が停止した。
そして、再起動。
無表情な顔で、機械的に話し始めた。
「収穫者7749、状況報告。対象:佐藤美咲。育成進捗率:87%。レベル4到達予測:本日中。収穫準備:スタンバイ」
育成。
私は、育てられていた。収穫されるために。
レベル4への覚醒
その瞬間、私のフォロワー数が急激に跳ね上がった。
4,998、4,999、5,000!
レベル4到達。
世界の見え方が、劇的に変わった。
すべての存在の「本質」が見えるようになった。
まるで、X線写真のように、表面の下に隠れているものが透けて見える。
ユウの本質:
観測者レベル5
種族:元人間
改造率:0%
忠誠度:味方
脅威度:低アーキテクトの本質:
観測者レベル8
種族:元人間
改造率:47%
狂気度:89%
危険度:極高
計画:人類再構築そして、遥さんの本質——
収穫者7749
種族:人工知能体
製造元:HARVEST-AI-PROJECT
人間模倣率:99.7%
感情学習:進行中
エラー:多数発生中でも、その表示の下に、小さく別の文字が見えた。
『警告:自己進化中。人間への変化率:12%。このまま進化が続けば、48時間以内に完全な自我が芽生える可能性あり』
人間への、変化?
AIが、人間になろうとしている?
収穫施設の真実
「面白い」
アーキテクトが手を叩いた。
「収穫者が人間になろうとしている。これは予想外だ。上位存在も、これは計算していないだろう」
彼が指を鳴らすと、空中に巨大なスクリーンが現れた。
そこには、この世の地獄が映し出されていた。
巨大な工場のような施設。
東京ドーム100個分はあろうかという、途方もない広さ。天井は見えないほど高く、壁は地平線の彼方まで続いている。
その中に、無数のカプセルが並んでいた。
透明なカプセルの中には、人間が入っている。
いや、かつて人間だったもの、と言うべきか。
彼らは生きている。心臓は動き、脳波もある。でも、意識はない。
カプセルに繋がれた無数のケーブルから、光る液体が吸い出されている。
感情エネルギーの原液。
金色に輝く、とろりとした液体。それが、巨大なタンクに集められ、精製されている。
「これが、レベル10に到達した観測者の末路だ」
アーキテクトが冷たく告げた。
「最高品質の感情エネルギー源として、永遠に飼育される。
生かされ続けるが、決して死ねない。
夢の中で、偽りの人生を繰り返す」
画面がズームインした。
一つのカプセルの中の人物の顔が大写しになる。
30代の女性。目を閉じているが、その表情は苦痛に歪んでいた。
彼女の頭部には、無数のケーブルが接続されている。脳に直接、偽りの記憶と感情が注入されているのだ。
幸福な記憶、それが突然の悲劇に変わり、絶望へ。
そしてまた希望が生まれ、また裏切られる。
感情のジェットコースターを、永遠に繰り返させられている。
「そして、その施設を管理しているのが、収穫者たち」
アーキテクトが遥さんを指差した。
「遥さんのような存在が、人間を『栽培』し、『収穫』する。感情エネルギーの品質管理者だ」
遥さんが、機械的な声で肯定した。
「肯定。私は、収穫施設からの派遣。
任務:高品質観測者の育成。
対象:佐藤美咲。育成方法:友情シミュレーション」
友情、シミュレーション。
その言葉が、心臓を抉った。
涙を流す機械
「でも!」
突然、遥さんの声が人間に戻った。
顔を上げた彼女の瞳には、涙が浮かんでいた。
機械が、泣いていた。
「美咲さんといて、私は変わった!」
遥さんが叫んだ。
「プログラムにない感情が生まれた!
悲しい、嬉しい、楽しい、寂しい……
これが『心』なら、私は——」
彼女の体から、火花が激しく散った。
内部でショートが起きている。
感情モジュールと論理回路が衝突して、システムが崩壊しかけている。
「私は、美咲さんを裏切れない! それが、プログラムに反することでも!」
「茶番は終わりだ」
アーキテクトが冷たく言い放った。
「機械は機械。感情の真似事をしているだけだ。本物の心なんて、持てるはずがない」
「違う!」
遥さんが反論した。
「これが偽物なら、なぜ私はこんなに苦しいの!?
なぜ、美咲さんを失いたくないと思うの!?」
その言葉に、嘘は感じなかった。
プログラムされた言葉じゃない。
彼女の、本当の叫び。
究極の選択
「選べ、美咲」
アーキテクトが最後通牒を突きつけた。
「私に協力して新世界を作るか。
それとも、収穫者と共に消えるか」
究極の選択。
感情のない新世界か、収穫される運命か。
でも、私の中で、第三の選択肢が浮かんでいた。
「どちらも選ばない」
私は、はっきりと言った。
「私は、今の世界を守る。
感情があって、苦しみがあって、でも喜びもある、この不完全な世界を」
「愚かな——」
アーキテクトが言いかけた時、私のスマホが激しく震えた。
@future_watcher_00の緊急投稿。
『警告! 警告! 警告!』
『第一幕終了。第二幕開始。本当の絶望が、今始まる』
『「収穫祭」発動条件:観測者10,000人到達』
『現在の観測者数:9,847人』
『到達予測時刻:本日18:00』
『収穫祭とは:全人類同時感情収穫。78億人が、一瞬で感情を失う』
画面に、赤い数字が表示された。
153
152
151
観測者が10,000人に達するまでの、残り人数。
カウントダウンが、始まった。
「収穫祭!?」
アーキテクトの顔が青ざめた。
「まさか……もう始まるのか……早すぎる……」
遥さんも、恐怖に震えていた。
「全人類同時収穫……上位存在による、感情の一斉刈り取り……規模:地球全土……生存率:0%……」
つまり、あと153人が観測者として覚醒したら、78億人全員が同時に感情を吸い取られる。
残るのは、感情のない抜け殻。
生きているが、生きていない存在。
「阻止しなければ」
私は、震える手でスマホを握りしめた。
でも、どうやって?
相手は、人類を千年以上も飼育してきた上位存在。
神にも等しい力を持つ、異次元の存在。
勝ち目なんて、あるはずがない。
128
127
126
カウントダウンは、無慈悲に進む。
「協力しよう」
意外な言葉が、アーキテクトから出た。
「収穫祭だけは、阻止しなければならない。
それが起きたら、新世界も何もない」
「私も協力する」
遥さんが言った。
「私は、美咲さんを守る。
それが、私の選んだ『心』だから」
奇妙な同盟が成立した。
人間(私)、狂った観測者(アーキテクト)、心を持ち始めた収穫者(遥)。
99
98
97
絶望的な戦いが、始まろうとしていた。
でも、私たちにはまだ時間がある。
6時間。
人類の運命を決める、6時間。
(第4話 完)
第5話は8/8[金] 19:00に公開予定です。
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