見出し画像

【第6話】母親なのに迷った日|できない、ばかり見ていた でも、このままでいいと思えた

母なのに迷った日
できない、ばかり見ていた
でも、このままでいいと思えた。



出産は、予定より20日も早く訪れました。

その前に、夫でも分かるようにと、
幼稚園の準備を引き出しごとに分け、
手紙はファイルにまとめ、
送り迎えはファミリーサポートを利用できるように手配していました。

園とも面談を重ね、
「私がいなくても回るように」と、できる準備はしてきたつもりでした。



当日から私が入院中は、姑は泊まり込みで夫と子どもの生活を支えてくれました。

本当にありがたい。
そう思う一方で、
自分が使っていた寝具を使われることに、
どこか言葉にできない違和感もありました。



さらに、生まれた子は
誕生から30分後に呼吸が止まりました。

その後回復はしたものの、
しばらく保育器の中で過ごすことになり、
一緒に退院することはできませんでした。



とにかく、事故なく日々を回すこと。
それが最優先でした。

任せると決めた以上、見守るしかなかった。

それでも――

私がいなくても、大丈夫だろうか。
本当は、そばで見ていたかった。



後日、運動会のビデオを見ることになりました。

正直、再生ボタンを押すのが少し怖かったのを覚えています。



みんなが座っている中で、
お友だちの足に手を置いている我が子。

周りがリズムに合わせて踊っている中、
一人だけ逆方向に走り、先生に声をかけられている姿。

自由に踊る場面では、
フラフープを額にひっかけて、友だちと笑っていました。



以前の私なら、
「どうしてみんなと同じようにできないの?」と、
できない部分ばかりを見て、苦しくなっていたと思います。



でも、その日は違いました。

「楽しそうだな」
その気持ちが、先に浮かびました。



みんなと同じじゃなくてもいい。
ちゃんと、その子なりに楽しんでいる。


そう思えたとき、
肩の力がすっと抜けたのを覚えています。



子どもの“できない”に目を向け続けると、
親も、知らないうちに自分を追い詰めてしまいます。

でも、見方を少し変えるだけで、
同じ出来事が、まったく違って見えることがあります。



あの日の私は、
「できない子」を見ていたのではなく、
「楽しんでいる我が子」を見られるようになっていました。



今でも、幼稚園は楽しい思い出として残っているようです。

それを見て、あの園を選んでよかったと感じています。



私自身が通っていた幼稚園は、
子どもの発表というよりも、
きちんと揃えることが大切にされる場所でした。

母は満足していたと思いますが、
当時の私はどこか窮屈さを感じていました。

家庭でも安心できる場所が少なかったこともあり、
「自由に過ごす」という感覚が、あまり分からなかったのかもしれません。



そう思ったから、
我が子には、のびのび過ごせる環境を選びました。



みんなと同じじゃなくてもいい。
その子なりのペースで、楽しめること。

それを大切にできる園に出会えたことは、
今でも私の中で、小さな誇りになっています。


もし今、
「ちゃんとしてほしい」と苦しくなっている方がいたら。

少しだけ視点を変えて、
その子の“楽しさ”を探してみてください。




きっと、今より少しだけ、
心が軽くなるはずです。

実はこの出来事の少し前に、
忘れられない出来事がありました。

「ちゃんと見ていないと」
そう思うようになった理由です。

次の記事で書きます。

👉第7話|母なのに迷った日 診てもらえる場所を探し続けた日


▶はじめての方へ
この話はシリーズで書いています。
・第0話 母親なのに迷った日
・第1話:菓子折りを断られた日
・第2話:懇談会で限界だった日
・第3話:子どもの発達相談に行くまで
     迷いながら決めた一歩
・第4話:あの日、言葉で傷つけた
・第5話:声かけを変えた日 【ペアトレで学んだこと】

👉はじめから読む

#子育て
#子育てママ
#育児の悩み
#発達相談
#発達支援
#ペアレントトレーニング
#子どもとの関わり方
#育児のヒント
#ママの気持ち
#発達グレー
#育児しんどい
#子どもの個性
#母なのに迷った日

いいなと思ったら応援しよう!

haremithu | 迷う母に言葉を🪷| よろしければ応援お願いします🙇‍♀️いただいたチップは家族との思い出にありがたく使わせていただきます🪢