なぜ、兄のことを聞いてくれたのかな
昨日、8月11日。
💙フィーブルさんから、一通のメールが届きました。
そして今日、8月12日。
私にとって、忘れることのできない日です。
40数年前、行方不明になっていた兄が見つかった日だからです。
昨日はXで記事を紹介しました。
でも今日、改めて読み返してみると、私はあることを思い出していました。
なぜ、あのときフィーブルさんは、兄のことを聞いてくれたのだろう。
今は、AIを使えば、自分で曲を作ることもできます。
私も生成AIを使っているので、それはよく分かっています。
それでも、私がフィーブルさんにお願いして良かったと思う理由があります。
それは、ただ「曲を作ってくれる」からではありません。
その人が歩いてきた背景まで丁寧に聞き、
本人さえうまく言葉にできていない想いを、一緒に探してくれること。
兄の曲をお願いしたときも、フィーブルさんは事故のことだけを見ていませんでした。
「お兄さんとの、ほかの思い出はありますか?」
そう尋ねてくれました。
そのとき私は、フィーブルさんが「事故で亡くなった兄」ではなく、兄という一人の人を知ろうとしてくれているように感じました。
どんな兄だったのか。
どんな時間を一緒に過ごしたのか。
私の中に、どんな記憶が残っているのか。
そうして、兄との記憶が一曲の歌になりました。
私の中にあった兄の記憶が音楽になり、私以外の誰かにも届いていきました。
実際に曲を聴いてくださった方から、兄や曲への想いを綴ったコメントもいただきました。
AIで曲を作ることはできます。
でも、自分でもまだ気づいていない想いや、その記憶が持つ意味を一緒に見つけ、それを誰かの心にも残る形にしてくれる。
私にとって「歌を仕立ててもらう」というのは、そういうことだったのだと思います。
そして今回、ランタン親父さんの記事を読んで、ようやく分かった気がします。
なぜ、あのとき兄のことを聞いてくれたのか。
以前、私はこう書きました。
「私は歌を依頼したのではありません。兄の大切な記憶を託したのです。」
あのときは、自分の気持ちをそのまま言葉にしただけでした。
でも今なら、なぜそう感じたのかが分かります。
フィーブルさんが受け取ろうとしてくれたのは、記事に書かれた出来事だけではなく、その奥にいる「兄」という一人の人だったから。
だから私は、安心して兄の記憶を託せたのだと思います。
そして、その想いは、私だけに届いたものではありませんでした。
歌を聴いてくださった方から
いただいたコメントを読み返していると、改めて思います。
兄の記憶は、もう私の中だけにあるものではないのだと。
曲を通して兄という一人の人を想い、私が言葉にしきれなかった気持ちまで受け取ってくださった方がいました。
大切な記憶が歌になるということは、こうして誰かの心にも残っていくことなのかもしれません。


今日、8月12日。
兄が見つかった日に、
もう一度、兄の歌とフィーブルさんのことを紹介できたことにも、不思議なご縁を感じています。
今回、私が「なぜ、あのとき兄のことを聞いてくれたのか」と改めて考えるきっかけになったのが、ランタン親父さんの記事でした。
【ランタン親父さんの記事】
そして、フィーブルさん自身が、一曲を仕立てるときに何を大切にしているのかを書かれた記事はこちらです。
【💙フィーブルさんの記事】
「自分の記事が曲になって、何になるんだろう」
もし、そう思っている方がいたら、
実際に曲を受け取った一人として、この二つの記事を読んでいただけたらと思います。
兄の記憶を、歌という形にしてくださって。
そして、その記憶を私だけのものではなく、
誰かの心にも届くものにしてくださって。

本当にありがとうございました🪷

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