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カーニバルの精霊が目覚める日

11月11日 
明日はデュッセルドルフ市民にとって大切な日。
この日は、聖マルティンの日であり、また『カーニバルの開始日』とされているからだ。
カーニバルを祝う街はそれほど多くないが、デュッセルドルフは、三大カーニバルの街の一つとして数えられている。

カーニバルと聞いた時、私は真っ先にリオのカーニバルを想像し、大きな山車が出て人々が躍る様子を思い浮かべた。
しかしカーニバルは一日だけでなく、明日から2月中旬までの、なんと3か月をかけての長い行事だ。

11月11日11時11分。
ホッペディッツ(Hoppeditz)と呼ばれるカーニバルの精霊が眠りから目覚める。
その名も「ホッペディッツの目覚め」。(Hoppeditz Erwachen)
精霊は、デュッセルドルフ中央駅の壁にも描かれているが、まるでピエロのような恰好をしており、愉快な季節を運んでくる役目に相応しい。

市長がカーニバル開始宣言をし、カーニバルの季節が始まる。

デュッセルドルフでは、すれ違う人みんなが『Helau』と呼びかけ合う。
お隣のケルンでは、『Alaaf』だ。
大抵の人はビールを手にしているので、街は酔っ払いばかり。

それにしても、カーニバルのこの異様な盛り上がりというのが、精霊がもたらすものだという考え方が面白い。
堅実なイメージのドイツ人も、この精霊の力によって、みな道化師に変身する。
その変わりように、私はいつも驚きと、そして愉快さを感じてしまう。

2020年の「ホッペディッツの目覚め」はコロナの影響で無観客の密室で行われ、その様子がライブ配信された。
各新聞には『寂しい目覚め』『オンラインの目覚め』など、通常の賑やかさとは異なった見出しが躍った。

こちらは、去年の様子。
2年ぶりにマスタードの壺から観客にご挨拶。

さて、ホッペディッツは、なぜマスタードの壺から出てくるのだろうか。
カーニバル好きの同僚のおばさまに聞いたのだが、彼女も知らなかった。
デュッセルドルフのホッペディッツは、そういうものなのよ、とだけ言われた。
このマスタードは、デュッセルドルフで有名なマスタードLöwensenfなのだが、なぜこのマスタードの壺で眠るのだろう。
なぜ『Löwensenfの壺』であるべきなのだろう。
単にデュッセルドルフの象徴として、この壺が使われているだけなのか、マスタードという香辛料と関係があるのか、私はその理由が知りたい。
案外、ただの広告宣伝かもしれないが、調べてみてもその理由が見つからないのだ。
デュッセルドルフ住人に聞いても、その理由を教えてくれる人はいなかった。
もしご存知のかたがいらっしゃったら、是非教えて頂きたい。

毎年、11月11日11時11分になると、前述のカーニバル好きのおばさまは、私に『Helau』とメッセージを送ってくる。
彼女の大好きな季節の幕開けだ。
私も『Helau』と答える。

どこにいても、私達は同じ日、同じ時間に、同じことをしている。
そして、これからもずっと同じように祝うだろう。
 
次に開催される大きなカーニバルイベントは、2月。
そのイベントは、デュッセルドルフの第5の季節と呼ばれるほど、華やかで気持ちを高揚させてくれるものだ。
それまでの間は、クリスマスのアドベント期間が温かい気持ちを運んでくる。
アドベントは祈りの季節だ。

さて、もう一つの行事、聖マルティンの日について。
Martinstag
お店で聖マルティンの日に使う提灯ランプが売りだされるのを見ると、この日が近いと感じる。

聖マルティンは、大変慈悲深い人であった。
一度、ローマ軍の軍人になるも、軍隊から抜け洗礼を受け、後に司教になられたかただ。

洗礼を受ける前、ある寒い日に物乞いに会い、分け与えるものがなかったため、自分の着ていたマントを剣で二つに裂き、その半分を物乞いに分け与えた。
その物乞いは、実はイエス・キリストだった。
このお話が、聖マルティンを語るうえで一番最初に来るお話だろう。

また、司教に推薦されるも、自分には相応しくないと考え、ガチョウ小屋に身を隠したというお話が残る、大変謙虚なかたでもある。
その時にがちょうが鳴き、聖マルティンが隠れている場所が見つかったそうだ。
このお話から、聖マルティンの日は、がちょうを食べる風習が残っている。

そして、子供たちにとっては、この前後に楽しいイベントがある。
たとえば、聖マルティンの日の前日16時半から、デュッセルドルフの旧市役所前では、聖マルティンの物語の読み聞かせがある。
そして17時からは旧市街で、馬にまたがった聖マルティンと、ランプを手にした子供達が行列を作る。

子供達の歌声で、広場が包まれていく。

デュッセルドルフでは、1826年に初めてこの聖マルティンの日の行列が行われたそうだ。
これはNRW州の文化遺産に加えられ、更には世界遺産登録への準備をしているという。

3頭の馬を先頭に、子供達の行列が始まる。
写真は、聖マルティンと物乞いの格好をしたイエス・キリスト。

下の写真は、ニコラウス。

聖マルティンは、子供達のヒーローである。
私の隣にいた5歳位の女の子が、ねぇ、いつマルティンが来るの?と、何度も母親に尋ねていた。
その女の子は、待ちくたびれてしまったのか、手にしていたランプを唐突に私に渡してきた。

ねぇ、ちょっと持ってみて。

私は戸惑いながらも、そのランプを手にした。
彼女は私に、自分がどんな苦労をしてこのランプを作り上げたかを、指差しながら説明し始めた。

ここはね、緑にしたの。
それで、ここにキラキラを貼ったの。
見える?

小さな指で、ランプのあちこちを指し示す女の子。
更には、女の子の母親まで加わって説明をする。

そうね、これを作るのは大変だったわよね。
でも、あなたが作ったものが、一番綺麗よ。

女の子は、とっても嬉しそうだ。
私は身をかがめ、女の子の視線に合わせてから、渾身の作品をこれでもかというくらいに誉めた。

女の子は充分満足した様子で、もう持ってくれなくていいよ、とにこやかに告げると、自分の作品を大事そうに私から受け取った。

市役所前広場は、聖マルティンの日の歌、クリスマスの歌、子供達の声、提灯の灯で、賑やかにそして温かく満たされていく。

その一連の行事が終わると、聖マルティンを無事に案内したご褒美に、子供たちはお菓子やパンをもらう。
Weckmannというパンは、白いパイプを持っているので、パン屋で見かけてもすぐに分かる。
人の形をしているのだが、森の妖精を象ったものだという。
この白いパイプは、一節によると、司教が持っていた杖が変形してパイプになったものだそうだ。

そして、ハロウィンと同じように、子供たちは家々を回りお菓子をもらう。
その際には、Laterne, Laterneの歌を披露するのがお約束だ。

聖マーティンの日は、民族行事としては収穫祭が行われる日でもある。
森の妖精をこうしてパンとして登場させることで、収穫祭とも繋がりがあるのだと思うと、全ての行事と行動の意味が、点から線になっていく。

デュッセルドルフは、カーニバルの街。
カーニバルの精霊は、道化師。
道化師が目覚めれば、街は明るくなる。

マスタードの壺が、コロナ禍そのものに見えてくる。
私達はカーニバルの精霊のように、マスタードの壺の中で長い眠りについた。
そして、じっと静かに、ただ時が過ぎるのを待っていた。
そして今ようやく、その眠りから目覚めようとしている。
私達も、そしてカーニバルの精霊も。

子供達の歌を思い出す。
広場が子供達の大合唱で満たされていくように、私の心も満たされていく。

Laterne, Laterne, Sonne, Mond und Sterne!

さあ、街が賑やかになる準備は整った。
今年もきっと、素敵なクリスマスを迎えられることだろう。

カーニバルの続きは、2月。
その様子は、こちらから。

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