「警察につかまらないくらいのイタズラ」を測る。渋谷で生まれた20の感性指標
※2026年8月1日追記 / 村田あやこさんのnote記事リンク
土曜日の夕方、渋谷を20人で歩いた。
「ぶやぶや渋谷」というイベント。
ロフトワークの地域共創ユニット「ゆえん」が主催で、ゲストは路上園芸鑑賞家・ライターの村田あやこさん、写真からまちの文脈を記事にするアプリ「timespaceZINE」を開発する株式会社timespace共同創業者COOの高山累さんと井口(TAKA)さん、そして僕、小島和人(ハモ)の4人。
このイベントの企画立ち上げから一緒になって作っていました。
ぶやぶや渋谷
https://fabcafe.com/jp/events/tokyo/20260718_buyabuya-shibuya
ゲストの村田あやこさんもnote記事をまとめてくださっています↓
僕はふだん大阪を拠点に、まちの体験価値を測る「まち感性指標」というものさしの研究と実践を、まち感性ラボという活動の中で続けている。
今回ワークショップとしては関東で初、東京では初、しかも渋谷で20人という大所帯。とても楽しみでした。

そしてこの日一番記憶に残ったのは、
感性指標ワークショップで、一番悩まれていた方の、その視点だった。
ぶやぶや、という測り方
まず、まち感性指標について。

用事は終わったのに帰りたくない。
最短の道より遠回りしたくなる。
まちにはそういった人流や売上では拾えない時間が流れている。
その「なんかいい」を気のせいにせず自分なりのものさしに変換してみる。それがまち感性指標。採点のためではなく心地よさをたしかめるための道具として、僕が感性都市論(Sensibility Urbanism)の中で育てている考え方です。
今回のワークの流れはシンプル。
まちを見る際の「視点を広げる」インプットトーク
まち歩きによる「視点の採取」
採取した視点から「まち感性指標をつくる」
まずゲストの村田さんに「路上園芸」のインプットトークを聞き、まちを歩く際の視点を広げ、TimeSpaceZineを活用して渋谷を歩く。
なぜか引っかかった風景を写真に採取する。ノールックで撮ってもいい。上でも下でも遠くでもいい。匂いや温度みたいな写らない感覚もメモしていい。そのあと会場に戻って一番気になる一枚を選び、なぜ気になったのかをペアで話し、最後にそれを指標のかたちに変換する。指標名、測り方、0の状態、100の状態、そして自分にとってのベスト数値。
ポイントは最後の「myベスト数値」にある。増えれば増えるほどいい、とは限らない。夕日の引力も強すぎると観光地化するし、雑さも多すぎると疲れる街になる。0と100のあいだのどこかに、その人のちょうどよさがある。
一番悩んでいた人の話
ワークが後半に入り、深く悩みながら手が止まっている方がいた。
写真は撮れている。でもそれを指標に変換するところで固まっている。でもこれは自然な事で、感覚を数直線に置き換えるのは、かなり身体に負荷のかかる作業。しかし、その矛盾こそが「まち感性ラボ」の本質。
そしてその方が見立てた指標の兆しが、この日一番、僕の想定の外からのものだった。
その方が見つけた視点(写真)は、意外にも、高速道路の高架がデカデカと映った、「いかにも現在の渋谷らしい」写真だった。
「どのようなことが気になりました?」と問いかけると、その方は、写真の真ん中に小さく写っている何か?を指差して、こう答えられた。
「この、真ん中に小さく"ミヤシタパーク"がうつっているんですけど、
高速道路が上下に走っていて、ビルが立ってて、その間に小さくミヤシタパークが見えたのがなんかいいなと思って。」
めちゃくちゃ面白い。
その方との感性指標のデザインが始まった。
その方は
ミヤシタパークが写っている事そのものが良い。というわけではない
高速道路の高架やビルそのものが良いというわけではない
つまり
高速道路やビルで、切り取られた景色。
メタファーでいうと"人工物で額装された遠くの景色"
が面白いと感じた。

デザインした指標名は「まちの中のがくぶちの数」。
窓でも構造物でもなんでも縦と横の線を額縁に見立てて、そのあいだにランドマークや景観がちょうどハマっている箇所を数える。
0の状態はビルの密度が高すぎてスキマがなく何も見えない。100の状態はスキマだらけで額縁が成立しない。

少し数値は少なめ。、雑なスキマから、"たまに"ランドマークが面白く見えてしまう状態。"見つけた感覚"に、ちょうどよさがある。
つまりこの指標では、高層ビルや高速道路の高架が、景色の邪魔者ではなく額縁の材料になっている。
まちあるきのワークでは多くの場合、視線は足元や近景に向かう。
路上の植木鉢、味のある看板、消えかけた文字。小さな気づきを採取する思考が働く。
感性を大事にする人ほど高層ビルや高架にはネガティブな印象を持ちがちで、再開発の賛否の文脈では、だいたい「壊す側」に置かれる構造物でもある。
その巨大構造物を感性的に捉えたからこその景色に、脳内で変換していた。かなりの遠景で。僕自身まったく想定していなかった視点だった。
まちあるきの前に配った「目線のクセを外す」というヒントカードが効いたのかもしれない、と自分では思っている(我ながら、ですが)。
ただ本当のところは、悩んだ時間そのものが効いたのだと思う。すぐに変換できてしまう感覚は、たいてい既にどこかで言葉になっている感覚。変換に苦しんだ感覚だけが、まだ誰のものさしにもなっていない。



犬と、イタズラと、円谷プロ
この日は27の指標が生まれた。いくつか紹介したい。
「公的にYesとは言えないけれど、警察につかまらないくらいのイタズラ」。標識の邪魔にならない程度のステッカーみたいな、第三者の小さな自己主張を測る指標。myベスト数値は50。嫌な気持ちになる人がいないのが大事、という但し書きがついていた。0はできたての信号機だけの真っさらな街。100はぎりぎり何の標識かわかるくらいのイタズラを見てクスッと笑える街。

「散歩中の犬との遭遇率」。渋谷の駅近くは散歩向きではないかもしれない、でもどんな町にもペットと歩けるゆとりがあるといいな、という願いが、30分に2〜3組という数値に変換されていた。

「渋谷景観 円谷認定率」。ウルトラマンの円谷プロっぽい昭和特撮的な風景に遭遇する率。myベストは30〜33で、渋谷にまだ残された絶妙なレトロ感を掘り出した満足感を味わえる、とのこと。

「新品と、渋谷に10日間おいたあとの査定額の差」。BOOK OFFに持ち込んで差額を比べるという測り方まで含めて想定されている。

「木を見上げる人の数」は、100になると街路樹でお花見が始まる。

「樹木の根に引っかかって転ぶ率」は、myベストが0。転ばない方がいいけれど、樹木には気づいた方がいい。この一枚のカードの中に安全と豊かさの両立という都市計画の宿題がそのまま入っている。

どの指標も正しさではなく、機能だけではなく、その人の身体が反応した何かから始まっている。
ズレを集めると、まちの価値が立ち上がる
ワークの中でペアになってもらったのは視点のズレを確認するためだった。自分が気になったこと。他者が気になったこと。そしてtimespaceのAIが写真から示唆したこと。三つを並べると、必ずズレが出る。
このズレが、指標の種になる。
全員が同じものに反応するなら、それはもう人流データで測れている。自分だけが反応した何か、他者にしか見えなかった何か、AIが拾ってきた文脈。そのあいだの差分にだけ、まだ名前のついていないまちの価値が眠っている。
そして今回わかったのは、この変換は誰にでもできるということ。都市計画の専門知識も、写真の技術もいらない。必要なのは、自分の「なんかいい」を気のせいにしない意思と、変換に悩む時間だけ。一番悩んだ人から一番遠くまで届く指標が生まれたことが、その何よりの証拠だと思っている。
渋谷の次は、うだうだ梅田?
「ぶやぶや渋谷」という名前には続きがある。
うだうだ梅田。すますま烏丸。ぷべぷべ別府。地名の音から地域を知りなおす「オノマチさんぽ」という構想が、すでに動き始めている。まちの名前を口の中で転がすと、そのまちの手触りがすこし変わる。濁点だけ残した渋谷が「ぶやぶや」した質感のまちに見えてきたように。
指標は、つくって終わりではない。渋谷で生まれた27のものさしは、渋谷を測るためだけのものでもない。あなたのまちの高架は、額縁になっているだろうか。あなたのまちのイタズラは、クスッと笑えるだろうか。
まちは、感じることからできている。そしてその感じ方は、測ってみるとちゃんと人と違う。その違いこそが、これからのまちの資源なのだと思います。
まち感性指標の全体像はsensibility.cityにまとめています。あなたのまちの「オノマトペ」も、いつか一緒に測れたら嬉しい。
