#07 看護観は自分で選ぶための言葉になる
前回、承認の話を書きました。
存在を認められることが、自己肯定感を育てる。
そして自己肯定感は「自分はここにいていい」という感覚の土台になる。
今日は、その土台の上に育っていくものの話をしたいと思います。
看護観、というものについてです。
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看護観とは何か
「看護観を持ちなさい」と言われたことがある人は多いと思います。
でも「看護観とは何か」を問われると、少し答えにくい。
よく「患者さんに寄り添うこと」「全人的に関わること」というような言葉が出てきますが、それは看護観というより、看護の理念に近いかもしれません。
私が関心を持っているのは、もう少し個人的な話——「あなたはなぜ、その場面でそう動いたのか」という、行動の根拠としての看護観です。
看護観は、言語化されていなくても機能しています。
経験を積む中で、「こういうときはこうする」という判断の蓄積が、少しずつ形になっていく。
それはまだ言葉にはなっていないけれど、確かに働いている何かです。
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経験の中で、少しずつ形成される
コルブ(Kolb, 1984)の経験学習理論によると、人は「具体的な経験→振り返り→概念化→次の行動への応用」というサイクルを通じて学んでいきます。
重要なのは、経験そのものではなく、その経験を振り返り意味づけするプロセスが、学びを深めるという点です。
看護観も同じプロセスで形成されていくのではないかと思っています。
ある場面で悩んで、動いて、あとから「あのとき自分はなぜそうしたのか」を考える。
その繰り返しの中で、「自分はこういうことを大切にしているらしい」という輪郭が、少しずつ見えてくる。
言い換えると、看護観は最初から持つものではなく、経験と振り返りの中で育っていくものだということです。
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言語化されると、行動の根拠になる
ここで少し面白いことがあって、言語化されていない看護観と、言語化された看護観では、機能の仕方が変わってくると思っています。
心理学者のマクアダムス(McAdams, 1985)は、人は自分の経験を「物語」として統合することで、アイデンティティを形成していくと論じました。
自分がどういう人間で、なぜそう行動するのかを、語れる形にしていくことで、行動に一貫性と方向性が生まれるというものです。
看護観を言葉にするというのは、これに近いプロセスだと思っています。
「自分はこういう看護師でありたい」「この場面ではこういう理由でこう動く」と言葉にできるとき、それは単なる習慣や反射ではなく、「自分で選んだ行動」になっていく。
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外的な根拠と、内的な根拠
臨床では、判断を迫られる場面がたくさんあります。
「一般的に良いとされていること」「マニュアルに書いてあること」「先輩がそうしていること」——そういう外的な根拠は、判断の支えになります。
でもときに、外的な根拠と自分の感覚が揺れることがある。
「これが正しいとされているけれど、なんか違う気がする」という感覚です。
そのとき、言語化された看護観があると、「なぜ自分はそう感じるのか」を手繰り寄せることができます。
外的な根拠だけで動くのではなく、自分の内側に軸を持って選ぶことができる。
これは「自分で決める」という感覚に直結しています。
逆に、看護観が言語化されていないとき、判断の根拠が外側にしかない状態になりやすい。
「みんながそうしているから」「上がそう言っているから」という根拠で動き続けると、どこかで「自分はなぜこれをしているのか」という問いが浮かんできます。
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看護観は、一度作ったら完成するものではないと思っています。
経験が積み重なるたびに、問い直され、更新されていく。
中堅と呼ばれる時期は、ちょうどその問い直しが起きやすい時期でもあります。
「自分はなぜ、あの場面でそう動いたのか」——そのひとつひとつを言葉にしていく作業が、看護観を育てると同時に、自分で選ぶための言葉を手に入れていくことだと、私は思っています。
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*参考文献*
- Kolb, D.A. (1984). *Experiential Learning: Experience as the Source of Learning and Development.* Prentice-Hall.
- McAdams, D.P. (1985). *Power, Intimacy, and the Life Story: Personological Inquiries into Identity.* Dorsey Press.
- McAdams, D.P., & McLean, K.C. (2013). Narrative identity. *Current Directions in Psychological Science*, 22(3), 233–238.
