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天使の約束(8)

第八章 迷子のママが帰ってきた日

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・・◆◇・・

春陽が家を出てから4年が過ぎた。

あの時なぜもっと親身になって春陽の気持ちに寄り添ってあげられなかったのか。
淡い後悔が、少しずつ大きくなり智の心の中に居座っている。

まだ二歳にもならない息子を手放してまで離婚を選んだ春陽のことを当時はただ未熟でわがままだと決めつけてしまった。

慣れない環境で辛い思いをしているのなら、一度この状態をリセットして、本人の気持ちを尊重して一人にさせてやりたいと思った。

でも本当にそれでよかったのか。
未熟でわがままなのは自分だけだったのではないか。
とは言っても、今更自分の力でどうなるものでもないか。

春陽と離婚して1年が過ぎた頃、母が言った。

「そろそろ、再婚のこと本気で考えたら?」

勇希が小学校に上がる前までに、できるだけ早いほうがいいわよ。
小さいときの方が新しいお母さんに楽になじめるだろうし。
春日さんのことは覚えていないんだから。
何もしないとずっとひとりのままよ。
いずれ父さんの後を継ぐのに、奥さんがいないなんて格好つかないわ。

最初黙っていた父も、離婚から2年を過ぎたあたりから、再婚のことを口にするようになった。今では2人揃ってことあるごとに、いい人はいないのか、お見合いや婚活ベントに参加はしているのかと言われる。

最初は軽く受け流していたが、いつの間にか母は仲人サービスに申し込み、知人にも声をかけまくり相手探しをしていたようだ。

ある日写真を二枚見せられた。

一人は父の仕事関係の知り合いの娘さんで加納愛さん。智より二つ年上だが、そうは見えない。大手書店で契約社員として勤務。結婚後は時短のパート社員に切り替えて家事を優先、子供ができたら仕事は辞めて子育てに専念したいらしい。

もう一人は仲人サービスからの紹介で、佐野菜々美さん。智と同い年だ。広告代理店の経理で正社員として働いている。結婚すればすぐにでも家庭に入りたいらしく、子供は大好きだという。

2人とも初婚だが結婚相手の婚姻歴にはこだわらないし、智に息子がいることも特に気にならないと言ったらしい。

「私は経理の人がいいかなと思うけど。とりあえずお二人とも会ってみる?」
「・・・」
「もう!会うかどうかだけでも、今決めなさい」

ふう。智は小さくため息をついた。

そうだな・・勇希の世話を押し付けてしまっているから、たまには親の言うことを聞いてみるか。

「わかった二人とも合うよ」
「そう、じゃあ善は急げ!ということで」

母はそう言うと早速日時の調整のために知人と仲人サービスに連絡を取った。

その日のうちに、今度の土曜日と日曜日に椿山荘のロビーラウンジでアフタヌーンティーの予約を入れたわと母に言われた。

初対面で、しかもカジュアルとは言えお見合いの席がアフタヌーンティーかよ・・と思ったが案外悪くないかもしれないなと思う。

・・◆◇・・

最初に会った人は広告代理店勤務の佐野さんだ。

20代の半ばを過ぎた頃から、親に勧められお見合いを何度かしてきた。だがその先のご縁が続かずに独身だったという。

「私、アフタヌーンティーを男性とご一緒するのは初めてなんです」
「僕はアフタヌーンティー自体初めてです。ここのロビーラウンジは素敵ですね」
「ええ、とても。今日はよろしくお願いします」

佐野さんがはにかんだ笑顔を見せる。容姿もいいし、とても感じがよく誠実そうな人なのに、ご縁がなかったという理由を想像してみた。こんな場合、本人に聞いてみてもいいのだろうか。いや、今日は過去に触れないでおこう。

お互いの趣味や仕事など簡単な自己紹介をして、一番大切なことを質問してみた。

「僕に息子がいることはご存じだと思います。もし結婚となったら、いきなり母親になってしまうけど・・いいのかと思って」

「もちろん、承知の上で今日お会いしました。私、実は過去の病気が原因で子供は望めないかもしれないといわれているのです」

なるほど・・。佐野さんはこのことが原因で断られてきたのかもしれない。最初に伝えてくれたのは、お付き合いを始めた後に伝えて結婚がだめになったら自分自身が深く傷つくとわかっているのだろう。

「あと、二世帯住宅で僕の両親と同居になるのですが・・」
「多分、大丈夫だと思います。お子さん‥いや、息子となる有希ちゃんのことで助けてもらうこともあると思うし。ありがたいです」

同居をありがたいと思ってくれることが、再婚する相手としては大切な条件かもしれない。ただ、実際に同居を始めてみるまで分からないよな・・と、智は思った。

春陽との離婚の原因を聞かれた時、どう答えればいいのか戸惑った。だが正直に、両親との関係性や価値観の違い、夫婦でしっかり向き合うことから逃げていた自分の非について正直に話した。

佐野さんはどのように思いながら智の話を聞いていたのかはわからなかったが、僕との関係を先に進めるかどうか迷っているようだった。

・・◆◇・・

二人目は書店で働く加納さん。書店員と聞いていたので、会う前は地味で静かな人だろうと思っていたら、とても元気がよい人だった。

店舗で来客対応をしているだけあって、相手へのさりげない気配がスマートで、機転が利く人なのだろうという印象を受ける。

「書店って意外と力仕事が多いんですよ」
「そうですよね。本は重たいですからね。きつくないですか?」
「もう慣れました。大変だと思う以上に、大好きな本に囲まれて働くことができて幸せです」

彼女も、結婚すればいきなり母親になることに関して抵抗はないらしい。子供は3人くらい欲しい・・あ、まだ早いですよねと言われ、智は照れ笑いして少し視線を外した。

加納さんにも、同居のことや離婚理由についてはきちんと話した。彼女も同居はどちらかというと嬉しいし、離婚の原因についても価値観の違いだから気にならないということだった。

それより、結婚後に二人の子供を授かることが出来れば、勇希やその子たちに本の読み聞かせをたくさんして家の中には綺麗な表紙の本をたくさん置きたいと、小さな夢を語ってくれた。

「図書館みたいな家になったりして・・って、智さんが困っちゃいますよね」
「いや、僕も本は嫌いではないので。仕事柄、お客様との雑談ネタにビジネス書は読むようにしているから。本はいいですよね」
「ええ。本が嫌いな方でなくてよかったです」

加納さんは僕のことを気に入ってくれたかどうかはわからないが、別れ際に交わした軽い握手からは彼女のやさしさと温かさがあふれていた。

この後買い物をしたいのでと椿山荘のエントランスで別れた。僕が向かう先と反対方向の駅へ向かい歩き出した加納さんを見送っていると、何度も振り返り手を振ってくれた。

ああ、素敵な人だったな。

この人とこれからの人生を歩くことになるかどうかは、神様の采配を待つことになるのだろうか。

・・◆◇・・

初めてで、しかも2日連続のお見合いを終えて智はどっと疲れた。

何だかなと思う。2時間ほどの時間を過ごしただけでは実際よくわからなかった。

どちらも断るか。そうはいっても、両方の相手から僕の方が断られるかもしれない。選択権は僕だけにあるわけではないのだから。

選ぶとしたら・・加納さん。自分と価値観が近いような気がするからだ。

だが、母は佐野さん推しだ。なぜなら、経理の知識があることやすぐにでも家庭に入ることを望んでいるところが気に入ったらしい。子供についても、もう貴田家には勇希という跡取りがいるのだから、2人目以降は授からなければ仕方がないという考えだ。

「ごめん。返事は明日まで待ってもらうことはできるのかな」
「大丈夫よ。3日以内に先方には返事をすると伝えてあるから」

・・◆◇・・

翌日の月曜日に仲人サービスから連絡があった。佐野さんからお断りの返事があったという。理由はわからないが、二世帯住宅とはいえ義両親と同居になることが気になったのかもしれない。

夕飯の食卓を4人で囲んでいると、母から聞かれた。

「もう一人の、加納さんとはどうするの? 先方さんは乗り気なようよ」
「僕も加納さんのこと、素敵でいいなとは思う」
「じゃ、加納さんで進めていいのね?」
「それは・・すぐに結婚を前提に付き合うって決めたわけじゃない」
「なに、それ?」
「もう一度、二人で会って話をする機会をもらえるのかな。その上で決めたい」

加納さんも、もう一度会ってから決めたいと思っていたようで、僕たちは、金曜日の夜に食事をすることとなった。

・・◇◆・・

両親が外食するのを見送った後、母が作り置きをしてくれた夕飯を温め、テーブルに並べていると勇希が僕に抱きついてきた。

「どうした?」
「あのね、今日ね・・」
「ご飯を食べながら聞くよ。さあ座ろう」
「うん!」

少しいつもと様子が違うような・・でも食欲はいつも通りだし気のせいかな。
今日は数字の数え方と折り紙をゆかり先生に教えてもらったそうだ。

「パパ、ちょっと待っててね」

勇希は自分の部屋に戻り、保育所へ通うときに使っているカバンもって戻ってきた。その中から折り紙を出して、テーブルに広げて数え出す。

いち、に、さん、よん、ご、ろく、なな、はち、きゅう、じゅう・・枚!!

「お、すごいね」
「すごいでしょ。・・でも」
「今日何かあったの?」
「うん。ママのことで・・」

ゆうきの元気がないのは気のせいではなかったようだ。保育園の誰かになぜママがいないことをからかわれたのか。自分のお迎えはいつもおばあちゃんだと言うことに違和感を感じるようになったのだろうか。

「ねえ、勇希。よく聞いて」
「うん」

「今、勇希のママはここにはいないけど、消えてなくなったわけではないんだ。
 保育園で、自分だけママがいないと思っているよね。馬鹿にされて辛かったね」

少し目に涙をためて、勇希は僕を見つめている。

「これから話すこと、おばあちゃん達には内緒にできるかな」
「できる!」

「実は、ママはね、迷子なっているだけなんだよ。勇希がもう少し大きくなったら帰ってくる。約束だから」

「迷子?約束?」
「そう、迷子」

「怖い目にあっていないかな?」
「勇希は優しいね。大丈夫。ちゃんと無事に戻れるようパパは祈っているから」
「じゃあ、勇希も祈る」

智は、アルバムが入っている箱から一枚の写真を取り出した。ウエディングドレスを着て微笑んでいる写真。フォトウエディングで着るドレスの試着をしているときに僕が撮ったものだ。

「ほら、これが勇希のママだよ」
「ママ、綺麗!」
「このとき、ママのおなかの中には勇希がいたんだよ」
「本当?・・・ねえ、この写真、勇希のお守りにしてもいい?」
「もちろん。大切にするんだよ」
「うん。内緒の宝箱に入れておく」

約束と言えば・・・

「ねえ勇希、ママの誕生日は10月4日なんだ」
「じゅうがつ、よっか?」

智は紙に、1から10の数字を書いて、4と10に丸をつけた。

「日本以外の国で、英語という言葉を使って話をする国があってね、数字の『10』のことを『テン』、『4』は『フォー』っていうんだよ」
「てんふぉ-」

「ははは。でね、フォーは日本語で『よん』のほかに、『し』とも言うこともある」
「『よん』は、し-」

「この10と4という数字、10は英語の読みで4は日本語の読みにして組み合わせると、天使になるんだよ」
「天使!」

「勇希が生まれた時、パパもママも天使が僕たちのところへ来てくれたと思ったんだ」
「天使って、いいものなの?」
「そうだよ。可愛くて、愛おしくて、世界で一番大切な人のことだよ」

「僕、パパとママに大切にされているの?」
「もちろん。だから約束。この話は誰にも言わないでね。ママはきっと帰ってくるから」

涙で少し潤んでいた勇希の瞳から一粒の涙がこぼれた。智は勇希を膝に乗せて、赤ちゃんのように優しく横向きに抱っこしてあげた。そして、ほっぺたにキスをすると勇希はぎゅうっと智に抱きついてきた。

「うん。約束。ママが帰る日を楽しみにしている」

僕たちは結婚を約束した日、3年後の10月4日に結婚式をあげて入籍する予定だった。妊娠が先になってしまったので、結婚式はせずにフォトウエディングで済ませた。

勇希が5歳くらいになったらちゃんと式を挙げようといっていたのに・・約束を果たしていないではないか。

今からでも間に合うだろうか。
ちゃんと謝ろう。
春陽がもう僕を必要とはしていないとしても、一度会って気持ちを伝えよう。

僕は春陽のことを、まだ愛している。戻ってきてほしい。勇希と二人で君の帰りを楽しみにしている。

膝に乗せていた勇希を抱き上げて、部屋に連れて行こうとしたとき、

「ねえパパ・・ママの誕生日って、天使の日で、ジューシーな日だよね。」
「え?」

なるほど。うまいこと言うな。よかった、冗談が言えるなら勇希は大丈夫だ。

さてと。佐野さんに会ったら、お付き合いすることはできないと伝えて謝ろう。

・・◇◆・・

佐野さんにはお断りと伝えたことを両親に伝えると、むっとしていた。

やっと、前向きに再婚を考えるようになったと思っていた息子のことを喜んでいたのに。紹介してもらった人にも顔が立たないわ・・とも。

また、再婚についてあれこれ言われる日々に戻った。あまりにも煩わしいので、今度は自分で探すからもう放っておいて欲しいと両親に伝えた。

自分で探すのなら、まあ、文句は言えないわね。できるだけ早く相手が見つかるといいわね。楽しみに待っているわという母の横で、父は静かにうなずいた。

両親が静かになってから3ヶ月が過ぎた。もう秋の気配を感じる。勇希は約束を守って、両親に何も話していない。

時々、箱からこっそり写真を出して何か話しかけている姿を見かける。昨日は、ママそろそろ帰ってくる?と勇希に聞かれて、やっと決心がついた。

春陽に定期的に送っている手紙に一行いつもは書かない一文を追加した。と同時に、ショートメッセーも送ってみた。電話番号を変えていなければ届くはずだ。

「いまさらだけど、来月、会ってもらえないだろうか」

手紙は届いているはずだが、読んでくれたかどうかはわからない。メッセージは既読になっているが返信はない。無視されているのか、どう返信しようか迷っているのか。

翌日、返信があるか確認したが、まだない。だが、その晩に着信があったようだ。
ちょうどスマホから離れていた時だったので気づかなかった。

折り返しの電話をかけようと思ったが、もう遅い時間だ。スマホをよく見ると、留守番電話にメッセージが残されていることに気づいた。

智は、スピーカーをONにしてメッセージを再生した。ああ、春陽の声だ。話し方も声も何も変わっていない。

「お久しぶりです。大切な話があるって、内容は全く想像がつかないけど。正直びっくりした。でも、連絡くれてありがとう。約束の日、忘れずにメモしておきます。では、また」

・・◇◆・・

「母さん。話があるんだ」
「何、改まって。誰か再婚相手でも見つけたの?」
「いや・・勇希を連れて家を出ようと思っている」
「は?」
「父さんの会社も継がない。独立して僕の個人事務所を作る」
「そんな・・」

独立して個人事務所を立ち上げることは、父さんにはそれとなく伝えていた。びっくりしていたものの、最終的には応援してくれると言ってくれた。だが、実家を出ることは伝えていない。

「ここを出て、独立までするなんて・・大丈夫なの?」
「もちろん、すぐじゃない。まだ何も準備ができていないし、勇希も就学前だし」

「再婚は?」
「戻ってきてもらいたいと思っている。春陽に」

「なんてことを・・そんなことあなたが言ったって、春陽さんもいつまでも一人じゃないでしょ。誰かと一緒になっているかも。よりを戻すなんて恥ずかしいことはやめて」

「何で恥ずかしいの? 家を出て僕たち3人家族で新しく生活を始めたいんだ。それに、春陽は一人だよ」

「父さん、母さん。これまでのことはとても感謝している。勇希の世話も、大変だったと思う。僕自身が仕事で成長して独立を決心できたのも、母さんが勇希のことをちゃんと見ていてくれたからだし」
「そうね。まあ、孫一人の世話くらいなんてことなかったけどね」
「僕自身、このままだといつまでも一人前になれない」

今この場で、両親から許してもらおうとは思っていない。でも、春陽が会うことを承諾してくれた。後は気持ちを自分の言葉で直接伝えるだけだ。

会って、それから・・・。きっと、3人の新しい生活をスタートできるよい返事がもらえると信じている。

・・◇◆・・

智は私と離婚したとき、会社を継ぐ準備や久しぶりの実家暮らしなど、環境が変わったことで精神的余裕がなかったらしい。

彼も、大変だったんだ。時間と距離を置いたこと、良かったのかもしれない

春陽は少し悩んだが、 智のプロポーズを承諾した。

「ありがとう。ゆっくり、元に戻っていこう」
「思いがけない申し出にとても感謝している。だけど・・・」

一度壊してしまった関係や離れてしまった気持ちを、以前の状態に戻すには時間が必要だと思った。はかない恋の終わりから立ち直る時間も欲しかった。

気がかりなのは、義理の両親と、息子の勇希のこと。彼らは、私のことを受け入れてくれるのだろうか。とても不安だった。

不安そうな表情を浮かべて小さくため息をついた春陽に、智は優しく微笑みかけた。

「ちょっと、ここで待っていて」

そういうと、智は春陽を残しカフェの外へ出て行った。戻ってきた智は、小学生くらいの男の子を連れて戻ってきた。それはもう会えないと思っていた成長した勇希だった。

「おかえり、ママ! 長い間迷子になっていたんでしょ?困ったもんだね」

なんだか大人みたいな口ぶりで言う。

「え?」 

迷子って、何の事だろう? 私が迷子になっていたって?

それより、離婚してからはずっと会っていなかったのに「ママ」って言ってくれるなんて・・・春陽は、嬉しくて涙が止まらなかった。

(第八章へ続く)

#創作大賞2024 #恋愛小説部門


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