恋愛小説【第15話】あの日、何も持ってなかったけど(変わらず、そこに)
【第4章】見据えるもの
あの日、届かなかった想いを、
僕はまだ胸の奥で握りしめている。
手を伸ばしても届かないなら、
今度は、自分の足で近づけばいい。
悔しさも、焦りも、
いつかは誰かを支える力になると信じて。
失った痛みの向こうに、
新しい光が、確かに見えていた。
📖前回のお話(第14話)
文化祭最終日。
陽翔は、菜桜と大輝が図工室に向かう姿を見て、胸の奥がざわつく。
「行ってどうする」と自分に言い聞かせながらも、気づけば二人の後を追っていた。
そこで見たのは――ガラス越しに重なるふたつの影。
唇が触れたように見えたその一瞬が、陽翔の世界を止めた。
逃げ出すように廊下を駆け、
“勝てるわけがない”という思いが胸を締めつける。
けれど、走り続けた夕暮れの道で、彼はひとつの決意を胸に刻む。
――「超えてみせる」
燃えるような夕日を前に、
陽翔の胸には、大輝を超えたいという熱が、静かに灯っていた。
🧑🤝🧑登場人物紹介
🧁 長谷川 菜桜(なお):パティシエ志望の高校2年生。お菓子作りが得意。夢はフランスに行くこと。
🏐西岡 陽翔(ひろと):バレー部。恋に不器用で、ちょっと奥手。友達は多く社交的。
🌟中森 大輝(だいき):菜桜の幼馴染。元バレー部部長。3年生。先輩としても信頼され、男女問わず人気がある。
🎭佐々木 一生(いっせい):陽翔の親友。ふざけてるけど、いいヤツ。
🎧松田 彰(あきら):陽翔&一生とつるむ落ち着き系ツッコミ担当。ニヤニヤしながら恋を見守る茶々入れ役。
🎀 上原 綾佳(あやか):菜桜の親友。ズバズバ言うけど、実は繊細。
【第15話】変わらず、そこに
🔥焦燥の向こうに
「なぁ、陽翔、最近ちょっと変わったよな。」
体育館の隅で水を飲みながら、彰がぽつりとつぶやいた。
一生は視線をコートへ戻し、軽く肩をすくめる。
「キャプテンになったからじゃね?そりゃ気合も入るだろ。」
陽翔はネットの向こうで、後輩のスパイクを相手に必死でブロックを跳び続けている。
何度も、何度も。
その姿に、空気が少し張りつめた。
「…なんか、それだけじゃないんだよな。」
彰がタオルで汗をぬぐいながら言う。
「焦ってるっていうかさ。夏の試合、まだ引きずってんのかな。」
「……」
一生は言葉を飲み込んだ。
なんとなく、わかっている。
陽翔が今、何にぶつかってるのか。
「っかれしたぁぁ!」
掛け声とともに練習が終わり、部員たちは次々と体育館を後にした。
冷えた夜気が流れ込み、息が白くなる。
「じゃ、また明日なー。」
彰が手を上げて帰っていき、残った二人は並んで歩き出した。
街灯の光が淡く道を照らす。
「すっかり暗いな。ちょっと前まで、この時間でも明るかったのに。」
陽翔が息を吐く。
その白さが風に散った。
「あっという間に、受験生になっちまうんだろうなぁ…」
一生がうんざりしたように言った。
「ヒロ、お前は進路決めた? 親、大学希望だろ?」
「んーまだ。…でも俺はあんまり行きたくないんだよなぁ。」
もうひとつ、白い息を吐いた。
「なんで?菜桜ちゃんいないから?」
「…っ!はぁ!?…っんっで、そこで長谷川がでてくんだよ!?」
「またまたぁ、真っ赤になっちゃって。ヒロトくん、かーわいい♡」
予想通りの反応に、一生はニヤリと笑う。
「うぇ、気色悪りぃからやめろよ、それ。」
陽翔が苦笑しながら小突くと、一生は肩をすくめた。
「……で、本当のところ、どうなん?」
ふざけていた口調が、少しだけ真面目になる。
「文化祭のあと、ヒロ、ちょっと変だけどさ。何かあった?
中学のこと、まだ引きずってんの?」
その声には、からかいじゃなく、心配が滲んでいた。
いつだって、一生は大事なところで真っすぐだ。
「……好きだよ。長谷川のこと。」
言葉にした瞬間、胸の奥がきゅっと締めつけられた。
初めて、誰かに打ち明けた。
けどそれは、どこか苦しくもあった。
「中学のことは…気にしてないって言ったら、嘘になるな。」
一生が、少し間を置いて問いかけた。
「言わねーの?」
「……大輝先輩と、付き合ってる。」
「え?ただの幼馴染だって言ってたじゃん。」
一生の足が止まる。
陽翔は、視線を落としたまま歩き続けた。
「あぁ、あのときは、まだな。…文化祭の日に、見たんだ。」
それ以上、言葉はでなかった。
勝手に他人に言いふらすのは、菜桜に悪い気がした。
それでも、一生には伝わったようだった。
「あー…それはきちぃな。」
一生は小さく息を吐くと、歩調を合わせて隣に並んだ。
「で、お前は大輝先輩を超えるために躍起になってると、そういうことね。」
「…っんで、わかんだよ。お前、ほんと気持ち悪りぃな。」
「何年、一緒にいると思ってんだよ。お前の単純な思考くらいわかるわ。」
軽く笑う声に、いつもの調子が戻る。
それが、少しだけ救いだった。
「一生ってさ、バカそうだし、アホそうだし、何も考えてなさそうなのに、意外と周りのこと見てるよな。」
「すげー失礼なこと言ってる、自覚ある?」
「まぁいいけど。」
ハハッと乾いた声で笑う。
「お前さ、ほんとにバカみたいに真面目なんだよ。」
「……え? 褒めてる? それ。」
「褒めてるよ。ヒロ、優しいし、人のことちゃんと見てるし。
差別とか、区別とかしないだろ?平等っていうの?
モテてんの、気づいてないだけだって。」
「今日のお前、まじで気持ち悪りぃな。
別に、モテなくていいし。」
「おい、褒めたのに。」
「いや、男に言われても引くだろ。」
陽翔が苦笑いを漏らすと、一生もつられて笑った。
その笑いは、どこか温かかった。
「……でも、ありがとな。嬉しいよ。」
陽翔がぼそりと呟く。
本心だった。
何があっても、一生はいつも隣にいてくれた。
💬言葉の奥にあるもの
「いや、だからね?本題はそこじゃなくてさ。」
「え?うん?」
「俺からしたら、お前は、俺にないもんが、たくさんあるわけよ。」
一生は、陽翔の肩に肘を置いた。
「菜桜ちゃん、1年のときから同じクラスだったけどさ。
俺、一回だけ話しかけたことあんだよ。軽いノリで。可愛かったし。」
「長谷川、可哀想に。」
「あ?どういう意味だよ?
…まぁ、で、見事にスルーされた。
今のお前みたいにちょっと引いて、“あ、そうなんですねー”って。
接客みたいに。」
「そりゃ、そうだろ。」
「え?酷くない?ヒロは俺の味方でいろよ。」
「お前の味方はいねぇよ。」
冗談めいて笑って言った。
一生がいつも味方でいてくれるから、
陽翔もまた、そうでありたいと思っていた。
「ヒロくん酷い!」
陽翔が笑うと、一生はわざとらしく肩を落としてみせた。
裏声でぶりっ子のポーズを取る一生。
そのくだらなさに、陽翔は思わず吹き出した。
「まぁでもさ──」
笑いが落ち着いたあとで、一生が少しだけ声を落とした。
「2年になって、お前と話してるときの菜桜ちゃん、
なんか、すげぇ嬉しそうなんだよな。
“あの子って、あんな顔するんだ”って思った。」
言葉のトーンが、ほんの少し優しくなった。
「綾佳も言ってたよ。“最近の菜桜、良く笑うようになった”って。」
夜風が二人の間を通り抜ける。
陽翔は何も言わなかった。
けど、胸の奥が、じんと温かくなっていた。
ふと、陽翔は前から気になっていたことを口にした。
「……なぁ、一生。前から思ってたけどさ。」
「あん?」
「お前、上原と付き合ってる?いつから?」
「あー。バレた?修学旅行のあとくらいかな。」
一生は悪びれもせず笑った。
「げ。結構前じゃん。なんだよ。言えよ。俺に気ぃつかってんの?」
「いや。別に隠してたわけじゃねぇし。
わざわざ言うことでもないっていうか。
変に気を遣われるのがイヤだから。今までと同じがいいんだよ。」
「ふーん…あぁ、だから、“菜桜ちゃん”呼びになったのか。」
「そ。綾佳が『菜桜が菜桜が』ってずっと話しすっからさ。
最初はノリで菜桜ちゃんって言ってたけど。
なんか馴染んじゃって。
ま、俺のキャラならアリっしょ。」
一生はニカッと笑ってみせた。
「あーはいはい。そうですね。」
陽翔が呆れたように笑う。
そのやりとりの自然さが、少しだけ救いになった。
「俺のことはどうでもいいんだよ。でもさ──」
一生が、ふっと笑みを和らげた。
「綾佳の話聞いててもさ。
大輝先輩のことより、陽翔の話してることのほうが多いらしいぞ?」
「……は?」
「え?俺?…長谷川と上原が?
女子の間で話題にされるとか、普通に怖ぇんだけど。」
「それな。恐怖だよな。
でも、菜桜ちゃん、変なこと言ってるわけじゃないらしいぞ。
“弟とゲームしてた”とか、“ゼリーあげた”とか。
そういう“事実”だけ、らしい。
それについてどう思ったか、とかは菜桜ちゃん言わないんだって。」
「じゃあ、なんとも思ってないってことだろ。」
その瞬間、胸の奥がちくりと痛んだ。
自分が話題にされた──たったそれだけで、
ほんの一瞬、期待してしまった。
菜桜の心のなかに、自分がいるのかもしれない、と。
でも違う。
彼女はただ、出来事を並べただけだ。
花が綺麗だった、とか
今日は寒いね、とか。
そんなのと一緒だ。
陽翔は、自分の中の熱が静かにしぼむのを感じた。
その余韻に、夜の風がやけに冷たかった。
「あー……まぁ、そうとも取れるな。」
一生の声が、どこか気まずそうに揺れる。
「なんだよ、お前。結局、何が言いたかったんだよ。」
「んー……そうだな。
ヒロくん、愛してるよ。ってことかな?」
「なんだよ、それ。ほんっと気持ち悪りぃ。」
陽翔は顔をしかめた。
でもその声には、少しだけ笑いが混じっていた。
🌙変わらないものを胸に
「…でもさ、一生と話してて思ったけど。
中学の時のこと、思い出すと怖ぇよ。今更、大したことでも無いのかもしれないけど…
でも…また、同じことになったらって、考えるとさ。」
「うん。」
一生の声色に、わずかな緊張が混じった。
「あの時の俺、何が悪かったのかも、まだわかんねぇんだよ。」
「ヒロ、お前は悪くなかったよ。」
いつもより少しだけ低く、優しさを含んでいた。
「……うん。」
「だからさ、俺、蓋してたんだよ。
誰も好きにならないように、特別にならないように。
全員に、同じように接することにしたんだ。
全員、好きでいようって。
…それなら、苦しくないから。
お前が平等だと思ったのは、そのせいだ。」
「…そっか。辛かったな。」
「……うん。」
少し間を置いて、陽翔は顔を上げた。
「けどさ…長谷川さ。アイツ、すげーんだ。」
陽翔の瞳が、少しだけ光を取り戻す。
「同い年なのにさ、自分の芯がしっかりしてて。
俺なんかよりずっと、辛いことも苦しいこともあってさ。
それでも”なりたい自分”になるために、めちゃくちゃ頑張ってんだよ。」
「かっこいいな。」
「あぁ。」
「なのに俺はさ、すげー格好悪りぃじゃん?
…それでもさ、長谷川は俺のこと否定しなかったんだよ。」
あの時の菜桜の言葉と表情が思い返される。
「夏の試合、まだ引きずってて情けねー、って言ったんだ。
長谷川は”それでいい”って。”その後悔が強くしてくれる”って言ってくれたんだよな。」
「それは女神だな。」
「…あぁ。」
陽翔の声がわずかに震えた。
「言われたんだ。その時、長谷川に。
『無いものよりも、あるものを数える』って。」
「仏だな」
「…あぁ。」
陽翔はプッと吹き出した。
「俺、その言葉聞いてさ。
大輝先輩と比べて、兄貴と比べて、
“無いもの”ばっか数えてたことに気づいたんだ。」
「あー、お前の兄貴も、なかなかの優良物件だしな。」
「失礼だな。」
笑いながら、陽翔は自分の掌を見つめた。
「だから、俺もやめたんだよ。
俺も、あるものを探そうって。
まずは、バレーをもっと頑張ろうって思ったんだ。」
開いた掌をぎゅっと握りしめる。
「バレー、好きなんだ。本気で勝ちたい。
……だからこそ、超えたいんだ。大輝先輩を。」
「俺はさ、ヒロ。お前についていくよ。キャプテン。」
「…おう。」
「それと──菜桜ちゃんのことも、諦めてないんだろ?
俺は、応援するよ。」
陽翔は目を丸くして一生をみたあと、視線を前に戻し、穏やかな声で話し始めた。
「……うん。今は好きだよ。
でも今の俺じゃ、隣には立てない。
今の俺は、自分が好きじゃないんだ。
…たとえ、長谷川に恋人がいなくても、告白はできない。」
再び一生の顔を見て、少し悲しげに笑った。
「ちゃんと、自分を好きになってから、伝えるよ。
その時、長谷川に誰かいたとしても。」
「女神すぎて、高みにいくのも大変だな。」
「そうだな。…でもこの先、彼女以上の人はいない気がする。
どっちに転ぶとしても、この気持ちに、いつかけじめはつけるよ。」
そう言う陽翔の表情から、悲しみの気配は消えていた。
「そっか。…やっぱ、お前変わったな。
俺から見たら、充分格好いいけどな。」
「サンキューな。一生……お前もな。」
「おう!」
一生の笑顔が、街灯の光に溶けた。
夜風が通り抜ける。
ふたりの影が、ゆっくりと並んで伸びていった。

陽翔の支えとなった菜桜の言葉はこちら▼
1話はこちら▼
