恋愛小説【第4話】あの日、何も持ってなかったけど(その横顔に、ふれた夜)
甘くて、ちょっと苦い。
パティシエを目指す菜桜と、恋に奥手な陽翔。
まだ気づいていない――これは、恋が始まる少し前の物語。
“あの日、何も持ってなかったけど”ふたりの距離は少しずつ変わり始めていた🧁🌱
📖前回のお話(第3話)
修学旅行の初日。
陽翔は、手作りのマカロンを差し出す菜桜の笑顔に、胸が少しざわめいていた。
キャンプファイヤーの火を囲みながら、ふたりは初めて、ゆっくり言葉を交わす。
過去のこと、夢のこと──
その奥にある、どこか寂しげなまなざしに、陽翔は気づき始める。
──夜はまだ終わらない。
キャンプファイヤーのあとは、肝試しが待っていた。
🧑🤝🧑登場人物紹介
🧁 長谷川 菜桜(なお):パティシエ志望の高校2年生。お菓子作りが得意。夢はフランスに行くこと。
🏐 西岡 陽翔(ひろと):バレー部。恋に不器用で、ちょっと奥手。友達は多く社交的。
🎀 上原 綾香(あやか):菜桜の親友。ズバズバ言うけど、実は繊細。
🎭 佐々木 一生(ささき いっせい):陽翔の親友。ふざけてるけど、いいヤツ。
🎧松田 彰(まつだ あきら):陽翔&一生とつるむ落ち着き系ツッコミ担当。ニヤニヤしながら恋を見守る茶々入れ役。
【第1章】まだ知らない横顔
第4話:その横顔に、ふれた夜
🌙 夜の闇に取り残されて
キャンプファイヤーの後は、肝試しだった。
…といっても、ただのナイトウォーク。
ホテル近くの山道を、グループで進み、目的地まで行ってカードを取って戻って来る。
今どきこんなぬるい肝試しも早々ない。
それでも、修学旅行といういつもと違う環境が、皆をワクワクさせていた。
前のグループが出発して、5分後に次のグループが出発する。
脅かし役もなんにもない、高校生には何の面白みのない企画だった。
菜桜のグループが出発した。その次が、陽翔たちの番だった。
「綾佳、手、繋いでもいい?私…夜の山って苦手で…」
菜桜が、ほんの少し震えた声で言った。
「あれ?菜桜って意外と怖がり?大人びてるから、こんなの何でも無いかと思ってた。いいよ。はい。」
綾佳はケロッとして、左手を差し出した。
「ありがとう。うーん、おばけとかは平気だけど…虫もやだし…」
菜桜は、綾佳の手をぎゅっと握りしめた。
「あぁ、虫は私も無理だ。ということで、アンタ達頼んだよ。」
綾佳は、前を歩く同じグループの男子に向かって言った。
「え〜俺も虫はやだわー。つーかさ、脅かし役もないとか、つまんなくね?」
「あ〜それな〜ぬるいよなぁ。」
「なぁなぁ、前のグループの奴ら、脅かしに行かね?」
「お!それいいな!あっちの道から先回りできそうじゃね?行こーぜ!」
そう言って、男子3人は横道に入っていった。その時、ひとりがスマホを落として、気づかずに行ってしまった。
「あ…ねぇ!スマホ!落としたよ!!全く…か弱い女子ふたりを置いてくなんて信じられない!」
綾佳が叫ぶも、3人は行ってしまった。
もぉ〜と怒る綾佳。
「ちょっとスマホ拾ってくる。菜桜ここで待ってて。すぐ戻るから。あそこ、虫とかヘビとか出そうだし。はいこれ。懐中電灯持ってて。」
そういって、繋いでいた手を離し、菜桜の手に懐中電灯を持たせ、自分はスマホのライトで足元を照らして、横の細道に入っていった。
「あ、待っ……!……っ!」
一緒に行こうと、足を踏み出しかけた瞬間、何かにつまずいた。
足元を見ると、靴紐がほどけていた。
震える手で、なんとか結ぼうとしていると──
「いやあぁぁっ!!!」
綾佳の叫び声が、木立の向こうから響いた。
「綾佳!? どうしたの!? 綾佳!! 返事して!!」
……返事はなかった。
空気が、急に変わった気がした。
聞こえてくるのは虫の声と、ガサガサと風に揺れる葉の音。
菜桜を不安と恐怖が襲い、足が震えて動かない。
「あ………いや……ひとりは…いや…………誰か………」
菜桜はその場でうずくまり、耳を塞いだ。
小さく丸まり、呼吸が浅くなる。
暗い山の中の光景が脳裏に浮かんでくる。
それを消そうとすればするほど、恐怖は色濃くなった。
・・・・・息が苦しい。
目の前の現実が遠ざかっていくようで──意識が飛びそうになるのを、必死で堪えた。
🌒 闇に光をかざした夜
「なぁ、あそこ誰かいねー?」
懐中電灯を向けながら言ったのは一生だった。
その先を陽翔が見やると、うずくまる誰かの姿があった──。
菜桜たちのあとに入った陽翔のグループが追いついたところだった。
「長谷川?」
陽翔が気付いて、菜桜に近づく。
「どうした?大丈夫?」
しゃがみこんで蹲っている菜桜の顔を覗き込むように、膝をついた。
(震えてる……)
菜桜の肩が小さく震えている事に気がついた。
「ひとり?上原は?」
菜桜の肩に触れようとして、それは止めておいた。
その代わり、できるだけ優しく、安心できるようなトーンで声をかけた。
「あっち…入って…綾佳の叫び声……返事…なくて…」
綾佳が入っていった小道を、指さした。
その手も声も震えていた。
(泣いてる…ただ事じゃない…)
菜桜の怯え様から、陽翔は思った。
「一生!上原が、小道に入ったきり戻らないって!叫び声が聞こえたらしい!」
陽翔の言葉を聞いて、一生が小道に走っていった。
「立てる?一緒にホテルに戻ろう。上原は一生がいるから大丈夫だよ。」
菜桜に触れることを少し躊躇ったが、菜桜の肩を支えて、手を取り立ち上がらせた。
菜桜は、小さく頷くと、陽翔の手を取ってゆっくりと立ち上がった。
「彰、長谷川、体調悪いみたいだからホテルに連れて行くよ。お前、石田たち頼むわ。」
陽翔は彰に懐中電灯を渡して、同じグループの女子たちを連れて行くように頼んだ。
自分は、菜桜の足元に落ちていた懐中電灯を拾って、菜桜の手を引いて入口に引き返していった。
ホテルの明かりが近づくにつれ、菜桜の震えも徐々に収まっていった。
入口にいた教師に陽翔が事情を伝え、菜桜も小さな声で、ゆっくりと何があったのかを説明した。
そのとき、陽翔のスマホが鳴った。画面には“一生”の文字。
「上原、見つけたって。今戻ってるってよ。」
菜桜に優しく話しかけた。
大きな虫に驚いて、気づかないうちに奥まで行ってしまったらしい。
後で男子3人は、教師にこっぴどく叱られた。
「よか……良かった……綾佳に……なんかあったのかと……」
綾佳が無事だと聞いた菜桜は、その場でぽろぽろと涙をこぼした。
陽翔はびっくりして、目を見開いた。
こんな時、慰めるべきなのか、どうしていいかわからず、伸ばした手のやり場に困った。
(ちょ……どうすりゃいいんだよ……!)
ただ、そっと──泣きじゃくる菜桜の横に立ち尽くすことしかできなかった。
「菜桜!!」
綾佳の声がして菜桜は振り返る。
「綾佳!よかった……なんか…あったのかって……こわ…かった…よかった…無事で……」
「うん、ごめんね。独りにして。…不安にさせて。こんなおっきい蜘蛛がでてね。もう、超怖くて逃げたら、迷っちゃって。不覚にも佐々木にときめいたわ。」
綾佳は両手で輪をつくり、蜘蛛の大きさを表した。
「不覚にもってなんだよ!惚れただろ?颯爽と駆付ける俺。超カッコよかったろ?」
一生が得意気に言う。
「え?あーはいはい。超カッコよかったよ。それより菜桜は?大丈夫だった?本当にごめんね。まぁ、全部あの三バカが悪いんだけどね。もう部屋戻ろ。そんで、温泉行こ。」
綾佳は一生を適当にあしらうと、菜桜の肩を抱いてホテルの部屋に戻っていった。
「ねぇ、ヒロくん…あれ、酷くない?俺、結構頑張ったんだよ?割と真剣に心配してさ…超探したんだよ?それなのに、あの態度酷くない?」
陽翔に甘えるように言って、一生はがっくりと肩を落とした。
陽翔はまぁまぁ、と一生の肩をポンと叩いて慰めた。
「長谷川は?大丈夫だったの?」
ふっと短く息を吐くと、一生が聞いた。
「あぁ、大丈夫みたい。」
口ではそう答えつつも──
陽翔の頭から、さっきの菜桜の怯えた顔が離れなかった。
確かに、夜の山は少し怖い。けれど、あれはただの怯え方じゃなかった。
泣き方も、声の震え方も──まるで、あの暗闇に“何か”を見ていたような。
小さな子どもじゃない。一本道。電波も入る。ホテルの明かりも近い。
それなのに、あそこまで取り乱すなんて──
ーー随分と重いものを背負ってる気がするのーー
祖母の言葉がまた頭に浮かんだ。
🌤️ 優しさに触れた手のひらに
修学旅行最終日、3日目の朝。
バスの乗車を待つ集合場所は、朝から生徒たちの声でざわざわと賑やかだった。
陽翔は、昨日の菜桜の涙が、まだ頭に残っていた。
彼女の無防備な姿を見たのは、きっと初めてだった。
朝、集合場所で顔を合わせたとき、少しだけ目が合って、菜桜が陽翔に近づいてきた。
「西岡くん、おはよう。昨日は、ありがとう…本当に。泣いてたことも、周りに気づかれないようにしてくれたよね?やっぱり、デリカシーのある人だったんだね。ちょっと…うーん、だいぶ?イメージ変わったかも。」
声を少し潜めて、くすっと笑いながら言った。
その表情は今まで菜桜が陽翔に見せてきた笑顔のどれとも、違っていた。
「あ、いや、別にたいしたことは…俺は引き返しただけだし。活躍レベルでいったら、一生がMVPだよ。」
陽翔はちょっと気恥ずかしそうに頭をかいた。
「…てか、俺、今までどんなイメージだったの?そんなチャラい奴に見えてた?」
「うーん、チャラいっていうか……パリピ?」
菜桜は少し肩をすくめて、おどけたように言った。
「えぇ〜…違いあんまなくね?わかんねーよ。つーかどっちでもねーし。」
陽翔は呆れたように言いながらも、顔はほんの少し、緩んでいた。
「あはは、そっか。ごめんね。じゃあこれからは、もう少し透明度の高い色眼鏡でみておくよ。」
菜桜は両手で輪っかを作って、目元に当てると、輪っかの中から陽翔を覗くように見た。
「え?それって、色ついてんの?透明なの?」
「ん〜わかんない!」
と、いたずらっぽく笑ったあと、菜桜はふと綾佳のほうを見た。
「…あ、綾佳が呼んでるから、またね。…本当に、ありがとう。」
遠くなっていく菜桜の後ろ姿を見つめながら、陽翔は自分がドキドキしていることに気がついた。
(あれ…これなんだ……なんか…今、すっげー可愛く見えた…)
「彰さん!臨時ニュースです!西岡陽翔さんが、恋に落ちた模様!現場からは以上です!」
「一生さん、中継ありがとうございます!それは大事件ですね。引き続き、取材をよろしくお願いします!」
陽翔の周りで一生と彰がふざけ始めた。
「だぁーっ!もう!お前らうっせーわ!」
口では否定しながらも、陽翔の胸の奥は、少しだけムズムズしていた。
「あれ?菜桜、なんかいいことあった?」
「え?特に無いけど…何で?それより、待たせてごめんね。バス乗ろう?」
「いや、なんか、嬉しそうな顔してるから。」
ふーんと、綾佳が少しニヤっとして菜桜をみた。
「そうかな?修学旅行が、楽しいからじゃない?綾佳と一緒にいられるしね。」
そう言って、くすくす笑いながら、バスに乗り込んで行った。
そして、バスがゆっくりと動き出す。
昨夜、陽翔に手を引かれて歩いた夜道の山が、少しずつ遠ざかっていく―。
菜桜の中に、冷たい記憶が蘇る。
何もできずに、ただ手を握っていた。
暗くて、静かで、ひとりきりで。
祈り続けた、あの夜。
どこにも温もりのなかった、冷たい記憶──。
でも昨日は──ちがった。
繋がれた手が、確かにあたたかかった。
菜桜は、窓の外を見つめながら、そっと右手に力を込める。
陽翔のあたたかさが、残っている気がした。

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