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恋愛小説【第12話】あの日、何も持ってなかったけど(夏、届かなかったもの)

【第3章】眩しさの裏で

あの日、何も持っていなかった僕は、
君と出会って、少しずつ世界を知った。

距離が近づくたび、心は揺れて、
手を伸ばせば届くと思っていた眩しさに、
いつの間にか、影が落ちていた。

届かなかった想いが、僕を変えた。
傷つくことでしか見えない景色がある。
眩しさの裏で、僕はようやく、自分の足で立とうとしていた。


📖前回のお話(第11話)

夜道で交わされた、たった一言が、すべての始まりだった。
大輝の表情に見えた“焦り”の理由を知ろうとするうちに、陽翔は、菜桜の過去に触れてしまう。

それは、踏み込んではいけない記憶。
けれど、その夜を境に、
三人の関係は、静かに変わり始めていた。

ーそして、夏が始まる。
それぞれの想いを胸に、
まだ誰も、終わりを知らなかった。


🧑‍🤝‍🧑登場人物紹介

🧁 長谷川 菜桜はせがわ なおパティシエ志望の高校2年生。お菓子作りが得意。夢はフランスに行くこと。
🏐西岡 陽翔にしおか ひろとバレー部。恋に不器用で、ちょっと奥手。友達は多く社交的。
🌟中森 大輝なかもり だいき菜桜の幼馴染。バレー部部長。先輩としても信頼され、男女問わず人気がある。
🎭佐々木 一生ささき いっせい陽翔の親友。ふざけてるけど、いいヤツ。
🎧松田 彰まつだ あきら陽翔&一生とつるむ落ち着き系ツッコミ担当。ニヤニヤしながら恋を見守る茶々入れ役。


【第12話】夏、届かなかったもの


🍔あと少しで届く距離

――あと一歩届かなかったその日、確かに何かが始まっていた。


あれから、菜桜の家で勉強会をすることはなかった。
けれど、休み時間や放課後に質問したり、要点を教えてもらった。
そんな短い時間の積み重ねが、陽翔には不思議と心地よかった。

(あとは、スペルミスがないようにして…)

休み時間に何度も単語帳を見直す。
視線は紙の上にあっても、心の中はどこか落ち着かない。

「あ、その単語。間違いやすいから、テストにもよく出るよ。」

ふいに声がして、顔を上げる。
菜桜が自席に戻りながら、陽翔の単語帳を覗き込んで笑っていた。

「え、あ…そ、そうなんだ…覚えとく。」

慌てて赤ペンを取り、単語の横に★マークをつけた。
声が少し上ずったのを自分でも気がついて、顔が赤くなったのを感じた。

「ごめん、驚かせちゃったね。集中してたのに。」

陽翔の声にくすっと笑って、菜緒は後ろの自席に腰を下ろした。
陽翔はそのやり取りだけで、胸がひとつ跳ねて嬉しさが込み上げてくる。


放課後、赤点組の追試が行われた。
陽翔は問題用紙に目を走らせながら、ある単語で手を止めた。

(あ…この単語……)

それは、菜桜がアドバイスしてくれた単語。
小さく息を吸い込む。
頭の中で菜桜の声がよみがえる。


(もし、90点以上取れたら…夏休み、遊びに誘ってみようかな)

そう思い、ペンを握る手に力を込めた。

すべての回答を終え、時間ギリギリまで見直しを続ける。
アラームが鳴り、試験終了の声が響いた。


「はい、おわり!答案を裏返して、一番うしろの人は集めてきて下さい。」


「なぁ、ヒロ、お前どうだった?手応えあった?」
一生が不安そうに聞いてきた。

「んーまぁ…ちょっと、自信あるかも。」

片方の口角をあげてニヤリとして答えた。

「は?何でだよ?お前、抜け駆け!?あれだろ?『俺、勉強全然してない!』とか言いながら、実はめっちゃ勉強してて、高得点とるやつだろ?裏切りだぁー!!」

一生が軽くお腹にパンチをしてきた。

「痛って。別に勉強してないとは言ってねーし。むしろ、休み時間も勉強してたの、知ってんじゃんか。」

お腹を前かがみになって押さえながら、一生を軽く睨んだ。

「だってよー。お前が菜桜ちゃんと楽しそうに勉強してたから、遠慮してやったんだぜ?むしろ、感謝して欲しいわ。」

両手の手のひらを上に向けて、肩をすくめてみせた。


「お前…いつからそんな呼び方してんだよ?」

「んー?気になる?帰りにハンバーガーのLLセット、奢ってくれたら教えてあげるよ?」

ニヤニヤしながら先に部室へ向かう一生。


「はぁ?なんで奢らなきゃ……っレギュラーサイズだかんな!」


「陽翔くん、僕にも奢って♡」

彰が肩に腕を回してくる。

「は?なんでお前まで!?」


笑い声が響く。
追試の結果はまだ分からない。
けれど、そんなことより今は、こいつらとボールを追いかけたかった。
久しぶりに胸が軽くなるような感覚だった。


💬足りなかったもの

翌朝、ホームルームの後にテストが返された。
手応えはあったが、結果は87点。
惜しくも、90点には届かなかった。

(…87か……)

答案を見つめたまま、紙がくしゃりと音を立てた。
もし90点を超えていても、あの言葉を本当に言えたかどうかは分からない。
──結局、勇気が足りなかったんだ。

「テスト、良くなかった……?」

菜桜が心配そうにのぞき込む。
思わず肩をびくっとさせた。

「へっ!?…っあ、いや、87点!おかげで合宿行けるよ!ありがとう」

「そっか、良かった。なんか悔しそうだったから、ダメなのかと思った。」

菜桜は安堵の笑みを見せた。
その表情が、ほんの少し幼く見えて、胸が痛くなる。

(心配してくれてるのに、俺は何してんだ……)

「目標90点だったんだ。あとちょっと届かなくてさ。」

適当に言い訳を付けて、ごまかして笑った。


(行け!教えてくれたお礼にってー。誘え!俺!)

目標には届かなかったけど、菜緒の笑顔を見て変わらなきゃと思った。
意を決して口を開きかけた瞬間ーー


「ひーっろくん!!どうだった?…俺、76点!今回70点最低目標とか厳しいよね??いやー危なかったー」

一生が大声で突っ込んできた。

菜桜はくすくす笑いながら席を立ち、綾佳と体育館へ向かっていく。
残された陽翔は、その背中をただ見送るしかなかった。


つまらない終業式を終え、夏休みが始まった。


「じゃあね、西岡くん。部活、頑張ってね。」

「あぁ、長谷川もバイト頑張って」

ありがとう、と菜緒は笑い、教室を出ていった。
その笑顔が眩しくて、言葉が喉に詰まった。

“誘えなかった”という悔しさが、胸の奥に残る。
陽翔はそれを、ボールにぶつけるように打ち込んだ。


🌻蝉の声の中で、溶けていくゼリー

体育館にこもる熱気が、夏の始まりを告げていた。


春高出場をかけた戦いが始まる。
地区予選を勝ち抜き、県大会へ。
部長の大輝を中心に、全員が「絶対優勝だ」と燃えていた。


試合の前、大輝と菜桜が話しているのを見かけた。

「長谷川、応援来てるんすか?」

アップ中、気になって陽翔は大輝に声をかけた。


付き合ってはいないと言っていた。
菜桜も、”お兄ちゃんみたい”だとは言っていた。

それでも陽翔は、菜桜も大輝のことが好きなのではないか
ーーそんな不安が胸の奥でざらつき始めていた。


「んーあぁ、俺の母親と一緒にな。」

大輝はさらりと答える。

「差し入れ貰ったんだよ。うちの女マネの立場を気にして、全員には持ってこなかったけどな。」

陽翔の心を見透かしたように、口元をニヤリとあげて笑った。

「菜桜の差し入れなんて、プロ並みのクオリティだからな。皆食いつく。」

得意げに言ったあと、顔つきが変わった。

「…うし、円陣組むぞ。」

そう言って、大輝が集合をかける。
ふとギャラリーを見上げると、菜桜とその隣に女性の姿。大輝の母親だろう。
ふたりは仲良さそうに話をしていて、菜桜は陽翔に気がつくと、手を振った。

陽翔は一瞬で体温が上がるのを感じ、慌てて深くお辞儀をした。


試合は互いに一歩も譲らない展開。
会場が息を詰める中、相手チームのマッチポイントを迎えていた。

エースの大輝は後衛。
ラリーも続き、全員が疲労を隠せない。


相手コートでトスがあがり、アウトサイドヒッターが高く飛ぶ。

(…っ絶対とめる!!)


ミドルブロッカーの陽翔は床を蹴り、腕を思い切り伸ばして跳ぶ。
だが、相手のスピードは予想以上に速く、僅かにタイミングがズレる。
ボールが指先をかすめた。


「ワンチーーっ!!!」

相手の強烈なスパイクは、陽翔のワンタッチで高く弾き上がった。

「ナイス、ワンチッ!!」

大輝が叫び、完璧なレシーブでボールをセッターへ。
ボールはふわりと弧を描き、セッターの指先に吸い込まれる。
相手側のブロックが3枚、セッターの指先からボールが離れると同時にレフト側に跳んだ。


(オポジット?いや、リベロが構えてる…)

陽翔の思考が一瞬で駆け抜ける。


(……いや!!)

セッターの手首の角度を見て、左から右へと走り抜けた。
タイミングを合わせ、ブロードでラインぎりぎりへと打ち込む。

相手のリベロがすかさず手を伸ばす。
けれど僅か数センチ届かず、
ボールは音を立てて落ちた。


陽翔の足が床についたと同時に、ホイッスルが鳴り響く。
審判の手が、静かに相手コート側に振られた。


ボールは、わずかにコートの外だった。


一瞬の静寂。


次の瞬間、湧き上がる相手チームの歓声。
陽翔の耳には、自分の呼吸と心臓の音しか聞こえない。
目の前が真っ暗になっていくようだった。


誰も責めなかった。
大輝は肩を叩き「ナイスファイト」と笑ってくれた。
けれど、それが一番堪えた。

「ありがとな。お前らとやれてよかった。」

そう言って、3年生たちは引退した。

陽翔はその背中を見送ることしかできなかった。
胸の奥が焼けるように痛かった。
自分の一撃で、終わらせてしまった――
その悔しさは、どんな言葉でも埋められなかった。


会場を後にしようとした時、聞き覚えのある声がした。
それまで、誰の声も耳に入っていなかったのに、
自分の名前を呼ぶその声だけが、鮮明に届いた。


「西岡くん!」

菜桜だった。
少し、息を切らしている。

「っ…はぁ…良かった、会えて…お疲れ様。」

そう言って笑顔を陽翔に向けた。
頬を少し染め、嬉しそうに笑う菜桜の笑顔に、陽翔の胸が締め付けられる。

「これ…本当は、試合前に渡したかったんだけど…会えなくて。ゼリー作ってきたの」

保冷バッグを開きながら、菜桜が言った。

「まだ冷えてるかな……あ、大丈夫そう。貰ってくれる?」

小首を傾げて差し出したのは、綺麗に並んだひとくちゼリー。


「ありがとう……頂くよ。」

「良かった。今日、とってもカッコよかったよ。また、学校でね」

そう言って笑うと、小走りで大輝のもとに駆けていき、大輝の母親と3人で帰っていった。


陽翔はゼリーを見つめて涙ぐんだ。
嬉しさと悔しさ、格好悪さで、胸の奥がぐちゃぐちゃになる。


「かっこよかったよ、陽翔くん♡」

一生が茶化しながら言うと、保冷バッグに手を入れ、ゼリーをひとつ掴んで口へ放り込んだ。

「あっ、一生!テメーふざけんなよっ!」

「いいだろ、いっぱいあるじゃんか!」

笑いながら一生は逃げていく。

「まぁまぁ陽翔くん。時にはじゃれ合いも必要なのだよ。」

彰も笑いながらゼリーをひとつ手にした。

「あ、お前まで!…時にはって…いつもじゃねぇか!!……何で俺より先に食うんだよ!」


ブツブツと文句を言いながら、陽翔もひとつ口にした。
キウイのゼリーはひんやりとして、ほのかな酸味が舌の上に残った。
その爽やかさが、胸の奥に残っていた熱を、すこしだけやわらげてくれるようだった。

「くっそ、うめぇ……」

涙を堪えて呟いた。

遠くで一生が叫んでいる。

「なぁー!ハンバーガー食って帰ろーぜー!」

「おう!今日は一生の奢りだかんな!!」

鼻を啜って答える。


蝉の声がやけにうるさく聞こえた。

熱の残る夏のあとに、ちょっとだけ胸が高鳴る季節がやってくる。
差し込む光の向こうで、新しい季節が動き出していた。


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