「真珠女」17話【葵】
【葵】
今日はとくに寒いと思いながら、ホームで電車を待っていると雪が降り始める。
しゃぶしゃぶ同伴から始まり、指名の席をあちこち移動してる中、この寒い日に半袖のシャツを着た男が店で飲んでいた。
最近結婚した売れっ子の俳優に似ている、長い黒髪を後ろで結び、色白でさっぱりとした顔立ち。その男と一瞬目が合ったような気がしたけど、自分の指名客に向き直る。
その男がずっと気になった。店長に「あの席に付きたい」と頼んだが、今フリー飛ばしはできないと言われてしまい、きっとあの半袖男と縁はないんだと諦めた。
しかし閉店まで残り1時間、私の指名客が1組だけになった時、店長が「今だったらあの席に飛ばしてあげれるけど、どうする?」と聞いてくれた。
やっと半袖男と喋れると思った……が、私が接客を頼まれたのは半袖男ではなく、その連れの大野という男だった。
「こんばんは、ミオです」
「可愛いねミオちゃん、俺らもうすぐ出なきゃいけないから早く乾杯しよう」
この人はきっと、キャバクラ遊びに慣れた羽振りのいい人だ。
話を聞いていると、半袖男は葵という名前で、近所のバーテン。大野は葵の客で、これから葵の店に行くという流れらしい。葵は隣に座るキャストに見向きもせず大野とばかり喋っていて、何のためにキャバクラ来てるんだと思っていたが、葵は所謂接待でこの店に来ていると知って納得した。
「ミオちゃんも来る?」と大野にアフターに誘われ、今までフリー客のアフターは問答無用で断り続けてきたが「行きます」と答えた。
会計になり、大野に「この後もう一度指名の席に戻ってお見送りをしないといけないから一緒にお店を出れないんです。後で合流します」と伝えて連絡先を交換した。
営業が終わり、急いで葵の店に向かい、朝の5時頃まで飲んだ。大野への対応で精一杯だった私は、結局葵と殆ど喋れなかった。
翌週、大野が部下を2人連れて飲みに来てくれてた。葵とは仲良くなれなかったけど、大野が指名で来てくれて嬉しかった。
22時頃から閉店の1時まで飲んでくれた大野に「今日も葵の店に行くけど来る?」と誘われて、大野の連れ2人が場内指名をしたリナとアユも一緒に、6人で葵の店に向かう。
大野との長いアフターは疲れる、けど今日はシャンパンを2本、それなりの金額を使ってくれたし、今日も大野が帰ると言うまで付き合おうと覚悟を決める。
アフターに付き合ってくれているリナとアユに「途中で帰りたかったら無理をせず、大野からタクシー代を受け取って下さい」と伝えたが、リナは3時頃に潰れてしまい、アユは4時頃に「ごめんなさい限界です」と言ってタクシーで帰った。無理もなかった、ダーツでテキーラを賭け、2人ともちゃんと飲んでいた。
私もかなり酔ってしまい、葵からペットボトルの水をもらって一気に飲み干し、全てトイレで吐いた。肝心の大野は寝ており、部下2人はずっとカラオケを歌っている。
潰れたリナを家まで送らないといけない、いつ解散になるんだろう。
「大変だよね」と悪戯っぽい顔をしながら葵が話しかけてきた。
「営業何時までだっけ?」
「客が帰るまで」
「大野さんていつも何時までいるの?」
「そろそろ起きて帰るって言うと思うよ」
「葵君!緑茶ハイ!」
2人の声で会話が途切れた。まだ飲むのか、元気だな、大野が起きるまで2人は飲み続けるのか、大野を起こさないのか、早く帰りたいとぼーっと考えながら、私は無意識に膝に抱えていた鞄に手を入れ、涼の香水を見つめ撫でていた。
「元彼の香水でしょ」
葵に聞かれ、涙が出そうになる。
「違う」
「その香水昔使ってた、ミオさんからは違う匂いがする」
「元彼じゃない」
「セフレだ?」
「元セフレかな」
「うわぁ、ミオさんて重そうだね」
デリカシーの欠片も無い男だ。
「セフレを大事にできない男なんてクズだよ、男としてクズ!セフレも大事にできない男なんてクズだよ忘れちまえ。ああ、でもミオさんクズ男好きそうだよね、幸せになれないよ」
こんな場所で香水を撫でて感傷に浸る程、涼の事が恋しくて苦しいのに、涼の事を「クズ」と葵に一言で片付けられたのが何故が少し可笑しかった。
「葵はセフレを大事にしてるの?彼女がいてもセフレを大事にするの?」
「彼女いたら彼女大事にするに決まってんだろ!馬鹿なの?」
あっちに行ったりこっちに行ったり、葵と話してると忙しい。葵に振り回され、自分が玩具になった気分だ。
やっと大野が起きて解散になった。潰れたリナを抱えタクシーに乗り、何とか住所を聞き出しマンションまで送った。リナが自分でオートロックを開き入って行くのを確認して、自分の家の住所をドライバーに伝える。時計を見ると時刻は朝6時を過ぎようとしていて、やっと帰れると思うと急激に眠くなる。
スマホが鳴り、大野だと思ったら葵だった。
「戻ってきて2人で飲まない?」
一瞬悩んだが、さすがに無理だ。「今日は帰る」とだけ送信した。鞄の中の香水を摩りながら、瞼が落ちる。
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