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「真珠女」21話【ドエム】

【ドエム】

1時間半で支度を済ませるために、家を散らかして出てきたのを玄関に入ってから思い出した。
濡れたバスタオルがソファに置いたままで、ドライヤーも出しっぱなしで、部屋着と下着が脱ぎっぱなしの部屋を見て笑いながら「2時間くらい待ったのに」と葵に言われ顔から火が出そうになる。

「1時間半って言うんだもん、謝ってよ」
「ミオさんの部屋散らかってるな、なんて思ってないよ」

嘘つき。嘘をつかないで。

ソファに座った葵の上に跨り抱きしめると、頭を撫でられキスをした。葵が欲しくてたまらない、押し倒し首筋を舐めると髪の毛を鷲掴みされ「Mなのに責めるんだ」と昨日初めて2人で話した時と同じ、悪戯っぽい顔をして葵が言った。
「早く気持ちよくしてよ」首を絞められ右頬に平手打ちを喰らう。右頬から顳顬にかけて、ジュワッとした痛みが熱を帯び広がる、熱が脳に届き子宮まで急降下する。
葵は私がドMのメンヘラだと最初から見抜いていたんじゃないか、先週初めて店で目が合った時から今に至るまで、全てが葵の思惑通りだったんじゃないか。私に香水を捨てさせ、一緒にいたいと言わせ、跨りキスをさせるまで全部。
殴ってくれとも首を絞めてくれとも誰にも言った事は無かった。首を絞めてくれと懇願し首を絞められても、それは私が首を絞めさせた、服従させた事になる。まだ顔の上に乗ってくれと言われ顔面騎乗してる方が、相手の欲望を満たしてあげてる私、で興奮できる。首を絞めてくる男と付き合ってた時はラッキーだと思った、その時もその男が全てだった、涼を愛していた気持ちと同じくらい愛していた。
葵は私が失った物も、望むものも全部与えてくれるのかもしれない。葵の湿った掌が愛おしい、自殺未遂なんて馬鹿な事をした、私の生死は葵が決めるんだ、葵が死ねと言えば死に、葵に生きろと言えば生きる。私が自分勝手に死んだり生きたりしてはいけない、私は葵のものだから。

本当に長い間溺れ続けて、沈んでいく私の体を葵があっさりと引き上げてくれた気がした。涼の事を「死んだと思えばいい」と言われて、尻込みをした私に変わって葵が殺してくれた。体がすごく軽い、葵のためだったら何でもできるし、何にでもなれる。

「葵の事が好き」
「セックスの後の好きって信用できない」
「好き」
「嘘っぽい」
「本当に好きだよ、大好き」
――好きと口に出す度に、どんどん自分の身体が熱くなる。このまま葵の身体に溶けて染み込んで、葵そのものになってしまいたい。

「俺はセックスする前からミオさんの事好きだと思ってたよ」

幸せを手にする時は、自分でコントロールしなくても流れるように辿り着く、呼吸してるだけで手に取れる。そんな気がした。葵が私を引き寄せて、ちゃんと捕まえてくれた。あんなに長い間冷たくて暗い海の底で、水面を見上げようともしなかった孤独な時間さえも、葵が私を見つけてくれるためにあったんじゃないかと思えた。これからはずっと葵が私の手を引き導いてくれる、駄目な事をしたら叱ってくれて、守ってくれる。私は葵が進む方向を信じてついて行く。

「ミオさんって、本名?」本名は奈帆だから奈帆って呼んでほしいと言うと、慣れないから最初はミオさんって呼んじゃいそう、なんでもっと本名に近い源氏名にしなかったんだと怒られる。「ミオさん」とさん付けで葵に呼ばれるのも嫌いじゃない、それになかなか奈帆と呼べない姿が可愛らしく思えた。

2週間も経たないうちに葵は私の家に住むようになり、私は毎日葵が帰ってくるまで起きていた。一緒に布団に入り大きな体に埋もれ葵の鼾を聞いてるとすぐに眠れる。私が二日酔いの日は「酒弱いくせに」と言いながら、具が何も入ってない味噌汁を得意げに作って飲ませてくれる。葵からの愛を確かに感じる毎日、目に見えるもの全てに感謝して過ごした。


#創作大賞2024
#恋愛小説部門


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