(378) 大澤真幸「西洋近代の罪―自由・平等・民主主義はこのまま敗北するのか」
あの暑さはようやく収まり、短い秋です。
23日は二十四節気の霜降、霜が降りる頃で秋の終わりと冬目前の時期です。夏の疲れが出始めています。お気を付けください。
さて、今回の書評はここ数世紀世界を主導してきた、欧米型民主主義と資本主義に漂う腐臭と罪深さについての考察です。
大澤真幸「西洋近代の罪―自由・平等・民主主義はこのまま敗北するのか」朝日新聞出版 2025年
民主主義に危機が迫っていることを実感する。親和性が強く、共に進んで来たはずの資本主義との関係に齟齬が生じている。民主主義から独裁性が生まれ、資本主義の究極的発展は収奪の自由へと化している。著者は両者の離婚が近いと憂慮する。民主主義生誕の地、西洋近代の罪は、植民地主義と人種主義にあり、これらが世界を覆うトランプ現象につながり、更にイスラエルの暴走の源泉であると断ずる。日本の役割も問うている。
<今月の本棚>
後藤正治「文品―藤沢周平への旅」中央公論新社 2025年
藤沢の作品には悲しみと余韻がある。よく並び称される司馬遼太郎とは、そこが違うと思う。大上段に歴史を語り、主人公にはその歴史の具現者たる役割を与える作風。それとは対照的に地平に目を凝らし、時には不条理な人生と向き合う主人公を配する。必ずしも大団円ではなく、心に影を宿す、それが終わり方なのだろう。
彬子女王「赤と青のガウン―オックスフォード留学記」PHP文庫 2025年
皇族の心情がここまで語られるとは思わなかった。政治家や財界人には箔をつけるために海外留学する。何となく有難そうな資格を持って帰国して、経歴書を装飾する。彬子さんは通常なら修士で終わるところ、意欲的に博士課程に進んだ。本文中で語られているように、かなりの難行苦行だった。皇族は理系の研究をするのが、無難なコースなのだろう。彼女は日本美術を英国で研究しようと企図し、オックスフォード大学に籍を置き大英博物館などで指導を受ける。女性皇族の奮闘記としても興味深い。
榎本博明「絶対『謝らない人』―自らの非をけっして認めない人たちの心理」詩想社新書 2025年
こんな人がいるいる、と思わせる。自分の非を認めず、一方的に主張し続ける輩の何と多いことか。辟易する。周囲にもいるのだが、特に政界には盤踞している。昨日の発言と今日の立場が違っていても意に介さず、矛盾どころか論をなしていなくても平気。朝三暮四などは平然。著者は欧米文化と日本の文化の違いにも言及する。「自己主張や自己正当化を基本とする欧米の文化を自己中心の文化、思いやりや自己コントロールを基本とする日本の文化を間柄の文化と特徴づけている。」と。すると不当な主張をする輩は欧米型なのだろうか。
島薗進/一条真也「宗教の言い分―現代日本人の死生観を語る」弘文堂 2025年
宗教研究の第一人者と冠婚葬祭を生業としながら、その中での宗教の在り方を問い続けてきた作家との対談である。核家族化が進行し、孤独死が社会問題化している現在、葬儀の在り方弔い方に変化が生じている。死者を葬り、将来的に守っていけるのかが問われる。
平野啓一郎「あなたが政治について語る時」岩波新書 2025年
小説家なのに何故政治について語るのか?と問われ、小説家である以前に一市民であり、民主主義体制下で政治について語るのは、当然の事である。しかもこの世界に違和感を持っている市民だと書いている。本書に掲載されているコラムや評論は、いずれも真っ当であると思う。それは著者が社会の一員としての自身を規定し、見つめ続けようとする姿勢を保っているからであろう。
【神無月雑感】
▼ 新米が出始めたが、コメの価格が下がらない。5㎏4000円を大きく超えている。備蓄米も店頭に出たりでなかったり、これではなかなか買う気にならぬ。
「政治の役割は二つあります。ひとつは国民を飢えさせないこと。安全な食べ物を食べさせること。もうひとつは。これは最も大事です。絶対に戦争をしないこと。」これは菅原文太の言葉である。任侠モノやトラック野郎で活躍した俳優である。彼の憂いがいまや現実化している。
▼ 総理の座をめぐる各党各派の駆け引きが熾烈だった。テレビ画面での党首会談、幹事長会談などの面々を見ていて、情けない思いだ。大所高所から多党化時代の政治に如何に向き合うか、どのような政策を優先させるのかを語り合う論議ではない。いかに高く売りつけるか、有利なポジション取りをしようとマウントを取り合う。その顔には知性のかけらなし。飛ぶのはシラケドリ‼ 石橋湛山のような知性と見識を備えた、本格的な保守政治家は今いずこ。
思わず浮かんだのは論語の一節「子曰 君子和而不同、小人同而不和」。子曰く、君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず。
▼ もう一つ、故郷の北海道弁にズルイを強調する表現に「ナマズルイ」がある。さらにその上を行くのは「ヘナマズルイ」という言葉である。テレビで得意げに語るある政党の某幹事長の顔にはこの言葉がピタリと当てはまった。品のなさが顔に出ていた。
▼ 「ヘナマズルイ」から連想させられたのは政治の、と言うより永田町の奇々怪々さである。野党間の協力協議を重ねつつ、裏では自民党と談合をしていた。維新のしたたかさだ。美味しいものには目がない。イヤハヤ何をかいわんやだ。その結果、タカイチが首相に選出された。女性初の首相と持ち上げる提灯記事や番組を見せられるのかと思うと気が重い。男性女性と言う前に、一国の首相として尊敬に値する哲学、資質、見識、風格を備えているかが問われる。つまり人物評価が大切だと思うのだが。
▼ 高麗川沿いの散歩道に工事標識が出ていた。圃場整備と表示されていた。確か昨年も工事していたはず、昨今のコメ不足もあり、入り組んだ田んぼを整理するのだと思った。工事標識を確かめると、発注元と受注業者は昨年と同じだった。一連の工事は予算の関係上数か年計画で施工される。その際初年度に受注した業者が、継続工事と称して続けて落札することがある。発注元は埼玉県農業公社、県の外郭団体で役員は県幹部OBの指定席と想定される。施工業者にも技術系県庁OBが再就職しているはず。重機仕事が主で、人の手は少なめ、厄介な地下埋設物はなく美味しいだろうな、1枚の工事標識から、元土建屋はそんなことも想像してしまう。
☆徘徊老人日誌☆
10月某日 スマホ交換のため近くの家電屋へ。2年ごとに新機種に交換しなければ支払い額が上がるという指示に従った。ガラケー愛好者が已む無くスマホにした。ようやく使い慣れたのに新機種に交換しなければならないとは、何とも釈然としない。GAFAが仕組んだのか、携帯会社の商法なのか、だれかに踊らされ、余計な金を使わせられているような気がする。結局、仕組み不案内だったので交換に応じたが、余計な金を使う羽目になった。次回からは熟慮しよう。
10月某日 またもスマホの話。新機種へのアプリ移行は自分でやってくれとのこと。うまくいかず、苦戦の挙句au styleなるところのお世話になる。携帯の時代はそっくり移行してくれたのに、au系列の手を借りると支払いが生じる。不思議な話だ。アナログ人間受難の時代。
10月某日 居間とベランダ(屋根はないのでバルコニーが正しいようだ)の日よけを撤去する。真夏の強烈な日差しを和らげてくれた簾と日よけ幕に感謝。強烈な日差しも簾越しのそれは柔らかい。ささやかながら風も心地良く吹き込む。それにしても異常とも思える暑さは日常化するのだろうか。
10月某日 数十年前に松本清張の小説「火の路」を読んで以来、気にかかっていたのが飛鳥の地である。清張は酒船石、亀石、石舞台古墳などの謎の石造物の数々を、斉明天皇の特異な性格と併せてミステリー化し、そこに女性研究者の学説が重なるというストーリーを展開していた。ずーっと行きたかった、ついにその地に立った。
一泊二日の忙しいツアーだったが、随行するナビゲーターの解説で謎の巨石のほか、聖徳太子ゆかりの橘寺、飛鳥寺、通常非公開の都塚古墳、斉明天皇墓とされる牽牛子塚古墳、壁画で著名な高松塚古墳とキトラ古墳などを巡った。大和三山の天香久山、耳成山、畝傍山は意外と低く、すぐ近くにあるのは驚きでした。都人が行き交ったであろうお寺の前を、修学旅行生らしいグループがレンタル自転車で颯爽と通り過ぎて行った。教科書的歴史とは違う古都の香りが、そこはかとなく漂っていた。長年の念願がかない、有意義な旅だった。新幹線プラス近鉄の往復鉄道利用も楽しい。
10月某日 気温が急激に低下してきた。天気予報を見ると寒い釧路とほぼ変わらぬ最低気温。準冬服にして、床暖房のスイッチを入れた。寒くなると血圧が上がる。気をつけなくては。
自然豊かで四季のはっきりした麗しの国日本は、夏冬の二季になりそうです。緩やかで平衡の取れた政治・社会からであり、曖昧さが特徴的な風土は一転、右からの風が吹く穏やかならざる時代になりそうです。
季節は巡り、厳冬に備えなくてはなりません。どうぞお元気でお過ごしください。
