【#創作大賞2024】ドシャえもん第7話
「こ……答えっは……」
クラスにどっと笑いが広がる。俺は緊張すると言葉が出ない。ふざけていないのに、普段はふつうに喋れるので親でさえ信じてくれない。
「あっ……う……」
真似をした児童を見て笑っていた先生が俺に怖い顔を向ける。俺がふざけていると思っているのだ。ふざけているのは真似をした奴なのに。中学に上がっても俺のことを理解してくれる先生はいなかった。喋るとふざけていると言われるので、なにを言われても返事をしなくなる。すると今度は反抗的だと怒られた。
「ち、違っ……」
「何が違うんだ言ってみろ!」
「反抗的な目で見やがって」
「なにが不満なんだ」
「真剣に取り組むってことができないのかっ!」
小学校の高学年の頃から背が急激に伸びたせいだろうか。中2くらいで身長が170の後半になると、黙っているだけで反抗的な顔だと言われることが増えた。俺だって面白い時も悲しい時もある。しかし、周囲は俺へ良い評価を与えてくれない。学校に絶望した俺は高校へは進学しなかった。いや、しなかったというよりできなかった。言葉が出ないことで勉強が苦手になったのだ。いつも授業中は周囲の目を気がになり内容が頭に入ってこなかった。
母さんは、
「陽大ちゅきちゅきぃ」
とギュッと抱きしめ撫でまわしてくることもあれば、
「黙ってねぇでなんか喋れよ!」
と怒鳴る女だった。母さんの機嫌はクルクルと変わる。なにを言えば喜んでくれるかわからない。どうして怒り出すのかもわからない。母さんに気持ちを伝えたいのだが、上手く喋りたくても言葉がつまる。母さんに甘えたいのにどうやって伝えれないいのかわからない。
わからない
わからない
わからない
父さんは小さい頃からなにかあると俺を殴る。そばにいるだけで「グズ」とか「ノロマ」とか言い、少しでも目が合うと「生意気な顔しやがって」とビンタをする。いつもドロンとした目で殴る機会を探されている気がするので、ビクビクと過ごしていたのだが、それが気に障るらしい。だから父さんがいる時は黙っているようようにしていた。
「なに考えてるかわんねーよ!」
喋っても黙っても俺は殴られた。中学の卒業式が終わった夜もそう言いながら殴ろうとした。殴られたくない!慌てて手で払うと、なぜか父さんがひっくり返る。
「と、とう……」
慌てて、父さんを抱き起そうとしたのだが。
「陽大!父さんになにすんだよ!」
目から火の出るようなビンタを母さんからくらう。驚いて2人を見ると、父さんは鼻から血を流し目を見開き俺を見ていた。どうして鼻血を?驚きで固まっていると右ひじに痛みがあることに気づく。ひじを見ると赤くなっていた。払った拍子に父さんの鼻が俺のひじに当たったのだ。そうか、だから父さんは鼻血を……。
「お、俺、そ……」
真っ青な顔で唇を震わせている父さんを見て緊張が高まる。上手く言葉が出ない。真っ赤な顔で泣きわめきながら「出ていけ!」と言う母さん。
こうして俺はどこにも居場所がなくなる。なにが正しくてなにが悪いのか判断が出来ないまま家を出ることになった。
わからない
わからない
わからない
18の年まで、日雇いの仕事で食いつないだ。ある日、
「今日、泊めてくれない?」
そう言ってすり寄ってきた女がいた。ピンクのツインテール、白い肌、ポッテリとした唇。伽羅と名乗る女は俺のアパートに転がり込んできた。小さくてやわらかい、俺とは違う生き物にしか思えない女は
「陽大は大きくて頼もしい」
と体をぎゅっと押し付けて囁いてくる。その年の冬は今まで感じたことがないほど暖かかった。心の底から感じる愛おしさ……伽羅のおかげで初めて知ることができた感情だ。自分の心にも優しい気持ちがあるとわかってうれしくなった。
「無口でクールな陽大が好き」
伽羅はそういうが、俺はデレていたと思う。子どもの頃から表情がないと言われていたのが伽羅にはクールと映ったようだ。伽羅に言葉が出ないことを知られたくなかった。だからあまり喋らなかったのに。伽羅はそれを「無口でクール」と喜んでくれた。黙っていることを初めて肯定されようで嬉しかった。
「そ……うかな」
「ふふふ。その話し方、好き」
すごく幸せだった。幸せだったのに。しばらくすると伽羅の様子が変わってくる。妊娠したのだ。
「なんで!なんで伽羅に赤ちゃんができなきゃいけないの!」
「だ、だって、お……俺達、ふ……ふう、ふだし」
「ただ一緒に住んでるだけじゃん!伽羅、赤ちゃん欲しくないもん!」
伽羅は腹が膨らむにつれ悪態が酷くなった。
「なによ!こっち見んなよ!睨むなよ!」
伽羅のことが好きで見ているだけなのに睨んでくると責める。
「に……にら」
「ちゃんと喋れよ!」
興奮した伽羅が暴れて窓を壊したせいで、大家さんに通報される。駆けつけた警官は、
「もうすぐ父親になるんでしょ?奥さん大事にしなきゃ」
と俺を諭した。暴れて窓を割ったのは俺だと思ったのだ。伽羅は泣いている風を装い警官にしなだれかかる。その様子を見て頭にカッと血が上りそうになった。違う!俺じゃない!伽羅、なにやってんだよ!
気が付くと俺は伽羅の服をつかみ警官から引きはがそうとしていた。泣きわめく伽羅。
「この男!乱暴なんです!助けてお巡りさん!」
「落ち着け!奥さんお腹が大きいじゃないか!」
警察にすごまれ手を放す。そして黙って頭を下げる。本当のことを告げられない自分がはがゆかった。俺はますます表情を作れなくなっていった。
伽羅は女の子を産むと、妊娠中の荒れっぷりが嘘のように可愛がった。
「小っちゃくて可愛いぃ。心愛ちゃん、可愛いぃ」
俺も可愛いと思った。触りたいと思った。でも伽羅が触るな、と言う。俺が心愛を見る目が怖いというのだ。
「赤ちゃんになにするかわからない。あんた、不気味なんだよ!」
唯一、俺を認めてくれていると思っていた伽羅も向こう側の人間だとわかりがっかりした。
心愛を溺愛しているように見えた伽羅だが、1歳を過ぎ始めた頃から家に帰らなくなる。駅前で男といたのを見たので問い詰めたが「兄さんだ」と言う。それを信じていたのだが、伽羅は兄さんという男といなくなってしまった。
心愛を1人にしておけない……俺は仕事を辞めた。一度、ヤクショカラキタヒトというのが訪ねてきて心愛が仕事がどうのとか言っていたが、難しくて話が理解できない。
「か、帰れ!」
そう言った瞬間、ヤクショカラキタヒトは青い顔になりクルリと後ろを向いて足早に去っていく。俺より頭の良さそうな人なのに、話をしている間ビクビクとしているのが不思議だった。俺のことがそんなに怖いのか?どこが怖いんだろう?そのうち複数人で来るようになり、病院とか施設とか色々と言う。居留守をし続けたがあまりの五月蠅さに、心愛とその街を離れた。
今のアパートは人が少なくて住みやすいと思っていた。もう、俺と心愛を引き離す奴はいない。そうホッとしていたのに、隣の女が最近やたらと心愛に声をかけてくる。河原で会った時は誰だかわからなかったが、心愛にドシャえもんなんてふざけた名前を教える妙な女だった。そんなおかしい女がなぜか心愛に声をかけてくるのだろう?この前は部屋までやってきた。心愛がかんしゃくを起こして泣き叫んだ時だ。その女は気味の悪い目で俺の後ろにいる心愛を盗み見した。
こいつもヤクショノヒトとかっていう種類の人間かもしれない。俺はドアを慌ててしめた。
心愛は可愛い。笑っているのも泣いているのも可愛い。俺が心愛を好きなことをあの子はわかっている。いつも俺の後をついてくる。仕事だと言えばアパートでも河原でもどこでも待っていてくれる。俺が呼べばすぐに飛んでくる。でも、わけのわからないことを言うので思わず殴ってしまう。車に轢かれそうになった時は心愛がいなくなってしまう恐怖で頭を殴ってしまった。俺はわからなくなると手が出てしまうのだ。可哀想だと思う。悪いと思う。でも止められない。俺も殴られて育ったから。この前、心愛に向かって笑って見せたら、
「おとしゃん、困ってる。ヨシヨシ」
となでられた。笑った顔が困ったように見えるようだ。
「違ぇーよ!」
気づくと俺は心愛を殴っていた。どうすれば俺は笑えるのだろう。どうすれば俺は心愛を乱暴に扱わなくなるのだろう。とてもとても大切な存在なのに。
わからない
わからない
わからない
