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【#創作大賞2024】ドシャえもん第8話

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ドロリ。今月も赤ちゃんは来ません。どうして欲しいところに赤ちゃんは来ないのでしょう。

「また来月頑張ればいいじゃん、それに、赤ん坊がいてもいなくても楽しいし。僕って赤ちゃん体型でしょ?会社でも言われるよ。向井さん、プクプク~って。気持ちい良いって女の子が飲み会の席で触ったりするんだぜ」

あまりに低レベルな自慢に呆れ、無言で洗い物をします。反応のない妻を見てがっかりしたのか、夫はまたTシャツがめくれ上がった状態でゴロンと横になりテレビを見て笑っていました。笑うたびに揺れるブヨブヨとした腹を見ているうちに私は吐き気を禁じ得ません。

この吐き気が赤ちゃんからくるものだったらどんなに良かっただろう。

どうして、夫は自分と赤ちゃんを同レベルで比べられるのでしょう。狭いリビングがその大きな体に占領されているのを見ているだけで、小さく清らかな存在を否定されたようで悲しくなります。以前、そのことをポロリと友人にこぼしたのですが、

「変に圧をかけないだけいいじゃん」
「気遣いができる優しい旦那じゃない」

と相手にもされません。育児で疲れた友人はその深刻さに気付いてくれないのです。私の話もそこのけで自分達がいかに大変だとか、自分の時間がないとか語ってきます。気づくと私の話ではなくなり、子どもと2人だけの疎外感や社会への後ろめたさ、夫や会社への不満が爆発していました。夫や社会、会社への不満は私も感じていたので、うんうんとうなずくことができます。しかし、私の、言葉にできない不安や悲しみは誰にも気づいてもらえないのです。私はヘラヘラとその場を笑って過ごしました。自分の時間を楽しめるのに他愛もないことで理解ある夫に不満を感じているお気楽な女、それが私に対する社会の認識なのです。

「子どもいたら君、自由な時間なくなるよ?」

この前、夫が信じられない発言をしました。

え?私、子どもがいない今でも自由な時間なんてありませんが?

私のことを気遣っている風に発言する夫は、自分だけ自由を満期する子どもに興味のない人間でした。外で赤ちゃんを見てもなんの反応も見せません。あの生命力に満ちた無垢な姿を見てなにも感じない夫を私は理解できなくなっていました。

「小さい子って可愛いよね」

と以前に話を振ったことがあります。その時夫は、

「え?なにが?」

と言っただけでした。赤ちゃんにも幼児にも興味がないのです。さきほど通り過ぎた子どもは大きな声で親になにかを話していました。かなり目立っていたと思いますし、通り過ぎる時にそのあどけなさに思わず微笑んでしまいました。だからこそ、子どもがいる世界を感じない夫の様子にぞっとしてしまうのです。昔、小さな子どもがいないことに気づかず、無意識なまま傘で目をついてその場を立ち去ったり、タバコで子どもの目を焼いてしまった人間がいましたが夫もその類の人間なのかもしれません。夫は外出をしても大人しか目に入らないのです。一緒に歩いていて見る風景が違うことに私は悲しみを覚えました。

「2人で暮らすのって楽しいなぁ」
「え?ええ……」

どう反応していいのかわからず、あいまいな返事をすると私が同意したと思い満足そうにうなずきました。夫の無神経な行動、思考がどんどん私をむしばんでいきます。

「男は子どもが生まれてから父親になるの」

義母はそう言いますが、私にはそう思えません。妊娠中から子どもを感じる女に比べ、男は生まれた子を見て親であることを実感するといわれていますが。実家暮らし末っ子と自分が一番で育った夫は、全てにだらしなく育ちました。ブヨブヨと太った腹を出してだらしなく笑っている夫を見ていると怒りが止まらなくなりそうです。早く目の前から消えて欲しくなり、風呂へ入るようすすめました。

「風呂、沸いたよ」
「先に入っていいよ」
「洗い物があるから」
「んーちょっと……あ、一緒に入る?」
「え?」
「ガス代節約になるし、ほら、最近入ってないじゃん」

無神経な夫の発言に思わず無言になります。私の不機嫌が伝わったのか、

「可愛くねーな」

とボソッと呟き夫は立ちあがります。自分のすることは全て正しいと思っているのが手に取るようにわかる表情で風呂場へといきました。これまでも自分のしたいようにしながら最後の決断を迫る夫は、今回の言い争いを私が悪いという方向で終わらせたのです。可愛い女ならここで素直にうなずくのでしょうか。赤ちゃんが来ないのも私が可愛い女じゃないからでしょうか。

ドロリ。

風呂場から鼻歌が聞こえてきます。どうして夫は私の神経を逆なでするのでしょうか。どうして夫に私の気持ちは伝わらないのでしょうか。

どうして
どうして
どうして

「あれ?やっぱ一緒に入る?」

気づくと私は風呂場のドアを開けていました。湯船につかるその腹はやはり白く、ブヨブヨとしています。その醜い腹を凝視する私を見て、

「ああ、そうなんだ」

とニヤつきながら夫が立ちあがります。私も無言で風呂場に入ります。

「ちょっ、服ぐらい脱ぎなよぉ」

嬉しそうに話しかける夫、そのたびに揺れる腹。夫が浴槽から足を出そうとした瞬間、

「あっぶっ!」

夫が湯船にひっくり返りました。無様に頭まで湯船につかっています。ブヨブヨと醜く太った腹が湯の中で揺れていました。

汚い。掃除しなきゃ。

「あぶっ、ふざけなっ!」
「土左衛門!土左衛門!土左衛門!」

ゴボゴボお湯を飲む夫。目は見開いています。起き上がろうとするたびに私は激しく棒でつつきました。つついているうちにだんだんと楽しくなってきます。祖母とその友達も、こんな風に楽しかったでしょうか。私には土左衛門を止める大人がいないので思う存分つつくことができました。

気づくと浴槽いっぱいに土左衛門が詰まっていました。

「土左衛門とね、赤ちゃんは違うんだよ」
「……」

一言も発しない夫をそのままに私は家を出たのです。

第9話につづく