【#創作大賞2024】ドシャえもん第5話
次に心愛ちゃんを見たのも、アパートの入り口にあるバケツの前でした。またなにかに夢中になっているようで、片手に小枝を持っています。蟻を沈めているのかしら?もし、そうだとしたらやめさせなきゃ。小さな生き物にも命があるということを大人として教えないと。あの父親ではとうていそこまで考えがいかないでしょう。少しでも心愛ちゃんのためになるならと、彼女に声をかけようと思いました。
今日の心愛ちゃんは蟻を拾っている様子はなさそうです。大家さんに相当怒られたのかしら?植木にやる水を蟻だらけにされたんだもの、そりゃ怒るわよね。
うちの大家さんは女性の割に体格も良くなかなかに迫力がありました。ヒョロリとした男性なら簡単に負けてしまいそうなほど、どこもかしこもパツンパツンと生命力がみなぎっています。会うと大声で話しかけ足止めをくらってしまうので、なるべく見つからずに外出をするよう心がけているくらいです。
この前は沢山の蟻の水死体のおかげで、そばを通っても声をかけられずに済みました。その点は心愛ちゃんに感謝をすべきでしょうが、でもやはり生き物は大切にしないと。そう考え、私は心愛ちゃんの方へ歩み寄ります。
近くまで来て声をかけようとしたとき、彼女がなにに夢中になっているのかわかりました。
「ヒッ!」
心愛ちゃんが夢中になっていたのは、カエルでした。カエルはバケツの中で白い腹を見せ手足をだらりと広げています。死んでいるのでしょう。つつかれてもピクリともしません。
「心愛ちゃん……」
驚いたせいか、声が思うように出ません。かすれた声で彼女の名前を読んでしまいました。その声は小さく、気づかなかったとしてもおかしくないのですが、心愛ちゃんは振り向きました。怯えた表情で私の顔色をうかがっています。
「心愛ちゃん……」
もう一度静かに呼ぶと、私を見ながらノロノロと立ちあがります。異様な輝きを放っていた時とは違い、その瞳は光が消えていました。まるで深沢に怒鳴られ殴られている時のようです。心愛ちゃんのしている遊びは良くありませんが、深沢のように怯えさせるのもよくありません。私は軽く呼吸を整え冷静さを保ちつつ、
「そのカエルさんどうしたの?」
とたずねてみました。心愛ちゃんは下を向いたまま足をモゾモゾとさせています。そっと肩に手を置くとこちらが驚くほどビクビクしているのが伝わってきました。いつも怒鳴られているせいかしら?必要以上に怯えるその姿を見て心に悲しみが広がります。
「怒ってないよ。話して」
とほほ笑み、心愛ちゃんが話し出すのを待ちました。しばらく体をクネクネさせ、視線をさまよわせていましたが、私が怒鳴りも殴りもしないことがわかると、
「道に……落ちてた」
と言いアパートを囲んでいる塀の方を指さしました。そうか、最初から死んでいたのね。だからといって死体をバケツに沈めて遊ぶのは注意すべきことなのですが、それでも心愛ちゃんがカエルを溺死させていなかったことがわかり、ホッとしている自分がいます。
「どうしてカエルさんをバケツに入れたの?」
安心したせいで聞きにくいことも質問できました。蟻だけでなくカエルまで。このまま禁じられた遊びを進化させてしまったら大変なことになります。大人として止めさせなければなりません。どうやってわからせようか思い悩んでいると心愛ちゃんは急に顔を上げ叫びました。
「ドシャえもんだから!」
それを聞いた瞬間、私は思わず彼女の肩から手を放してしまいます。ようやく理由を話した心愛ちゃんは、顔が生き生きとし始めますが、まるでなにかに憑りつかれたようです。
「アリさんもカエルさんもドシャえもん!ド~シャえもん~♪」
心愛ちゃんは再びカエルを棒でつつくのですが、その顔はキラキラと輝き異様な興奮に包まれています。
「ドシャえもん!ドシャえもん!」
心愛ちゃんのカエルをつつく速度が速くなります。嫌悪感が先に立ち軽い吐き気を覚えます。やめさせようとするのですが、私の目はカエルの白い腹にくぎ付けのまま。なぜかカエルの腹から目を離すことができないのです。カエルの腹はブヨブヨと白く、まるで土左衛門のように……
「まぁた、この子は!」
その時、大家さんの元気な声がして、私はカエルから視線を外すことができました。
「ぶはぁっ!」
なぜか私は長く潜った時のように息を吐き出していました。いつの間にか息を止めて心愛ちゃんの行動を凝視していたようです。大家さんは心愛ちゃんを捕まえようと手を伸ばしますが、小動物のように機敏にすり抜けます。無事、大家さんの手から逃れると「ドシャえもん!」と叫び、ものすごい勢いで2階へと駆けのぼりました。バタン!勢いよくドアが閉まります。部屋からは
「ドシャえもん!ドシャえもん!」
と叫んでいるのが聞こえました。いくら薄い壁とはいえ、ここまできこえるとは、どれほどの音量で歌っているのでしょう。
「ったく、いつもいつもあの子は……」
心愛ちゃんを捕まえられず、悔しそうにしていた大家さんはバケツへと近づきましたが、中を見るなりギャーっと叫びました。
「カ、カエルがっ」
さすがの大家さんもつつかれまくったカエルの水死体に衝撃を受けたようです。女性にしては体格の良い体をガタガタと震わせ顔を青くしながら、
「あの子、最近、バケツの中に妙なものばかり入れるんだよ」
と私に訴えます。私は今見た光景にショックを受け声を出すこともできず、カタカタと震えていました。大家さんによると、いつもどこからか動物の死体を持ってきて水遊びをするのだとか。
「この前はヤモリをね……気味悪いったらありゃしない」
と言い出すので、挨拶もそこそこにその場を離れました。私が軽い気持ちで言ったことが心愛ちゃんによくない遊びを思いつかせてしまったようです。でも、他愛のない昔話が1人の幼児にここまで影響を与えるなんて。
