【#創作大賞2024】ドシャえもん第4話
「ドシャえもんに聞こえた?」
「うん」
突然、会話が成立したことに私は戸惑いを覚えました。しかし、初めて会話が成立したのです。心のドロリが消えたような気がして嬉しくなり、言い間違いをスルーしようと思ったのですが。心愛ちゃんが間違って覚えてしまっては可哀想だと考え直し、訂正することにしました。
「あれはドシャえもんじゃないよ、ド……」
そこで、ふと祖母の昔話を思い出しました。ブヨブヨとした青白い肌、川に浮かぶ土左衛門。
「ドシャえもんって土左衛門に似ているね」
「ドシャえもん?」
「ふふふ。言えないか」
心愛ちゃんの幼い口調ではアニメの主人公も土左衛門も同じ発音になってしまうようです。そこでアニメの題名とストーリーを説明してあげたのですが、それほど興味を持った様子に見えません。きっと心愛ちゃんはアニメを見たことがないのでしょう。もし、私が話したせいでアニメを見たいと心愛ちゃんが言い出してしまったら。深沢は我儘だと殴る可能性があります。
アニメに興味がないならそのままでもいいか。
「私のおばあちゃんが言っていたんだけどね。土左衛門は水に落っこちて死んじゃった人のあだ名なの」
と土左衛門の説明をしだしました。
「水に落ちて亡くなると昔の人は土左衛門って呼んでたんだって。近くの川に死んだ人が流れてくると土左衛門だ!って子ども達が集まって棒でつっつくんだよ。変な遊びだよね」
年端もいかない子ども相手に私はなにを説明しているのでしょう。そうは思うのに、なぜか口が止まりません。祖母から聞いた話が次から次へと口からあふれ出します。土左衛門はブヨブヨなんだよぉ、肌が青白いんだってぇ。だからつついて遊んだのかなぁ。
「遊ぶ?」
「怖いよね。変な話してごめんね」
そう言って話を切り上げようとしたのですが。
「遊ぶ……棒!」
心愛ちゃんの真っ暗だった瞳が急に輝きだしたのです。しかし、その光は気味の悪さを伴ったものでした。その薄気味の悪さに私は思わず心愛ちゃんから体を離してしまいます。先ほどまでは私と距離を取っていたはずなのに、いつの間にか彼女の顔は私の鼻先まで近づいていました。悲鳴を上げそうになるのをこらえ、心愛ちゃんから少し距離を取ります。
「ドシャえもん!ドシャえもん!」
「ちょっ心愛ちゃ……」
彼女のあまりの興奮ぶりに狼狽えていると、
「こ……心愛!」
と粗暴な声が聞こえました。パチンコ帰りの深沢です。私を見て
「誰?」
と心愛ちゃんに尋ねます。昨日もここで会ったのに。会釈のひとつもしません。相変らず失礼な男です。
「ドシャえもん!」
私へ向けたテンションそのままに父親に駆け寄ると、心愛ちゃんは大声で叫びました。
「ふ、ふっざけんなよぉぉ」
馬鹿にされたと思ったのでしょうか。心愛ちゃんの頭をバシンとはたきました。ギャーっと大声で泣く心愛ちゃんは引きずられ帰っていきました。
あまりの出来事に呆然とし、深沢親子が帰る姿を見ていたようです。気づくと2人の姿は消えており、周囲はすっかり暗くなっていました。夜の暗さが私の心に入り込みそうです。ドロリ。
嫌な気持ちを抱えたまま私はアパートへと帰り眠りにつきました。その夜見た夢には不気味なドシャえもんの歌が流れていました。
それからしばらくは深沢親子に会わない日が続きました。次に心愛ちゃんを見たのは半月ほど過ぎた頃です。心愛ちゃんはアパートの入り口にしゃがみ込んでいました。一心不乱に蟻を見つめています。小さい子が蟻を見ている姿は何度か見かけたことがあります。心愛ちゃんも好きなのか、と微笑ましく眺めていると彼女の手が蟻の方へ伸びました。
「ド~シャエモン~♪」
心愛ちゃんはうろ覚えのメロディで歌いながらつまんだ蟻をバケツの中に入れました。そのバケツは大家さんが植木に水をあげるためにいつも満杯にしていたものです。遠くからですが中を確認すると、やはりバケツにはなみなみと水が汲まれているのがわかりました。心愛ちゃんはその水の中に蟻を落としているのです。
「ド~シャえもん~♪」
次々に蟻が放り込まれていきます。ある程度放り込むと今度は反対の手に握っていた小枝で、
「ドシャえもん!ドシャえもん!」
と激しくバケツをかき回し始めたのです。いや、かき回しているというより、激しくつついています。水がビシャビシャとそこら中に飛んでいます。心愛ちゃんは蟻を土左衛門に見立てて遊んでいる、そう気づいた時、私はゾッとして階段を降りれなくなりました。心愛ちゃんのはしゃぎっぷりが激しかったのでしょう。大家さんが出て来て
「なにやってんだよ!この子は!」
と怒鳴りつけました。
大家さんの声を聞いた途端、心愛ちゃんは小枝を放り投げ一目散に階段を駆け上がりました。私とすれ違う時、
「ドシャえもん!」
と叫び、ニタリと笑って自分の家の中へ消えました。
「あーあ、こんなにこぼして!な、なんだい!蟻がいっぱい浮いているじゃないの!」
大家さんが気味悪そうに水を捨てています。心愛ちゃんの幼い子とは思えない気味の悪い笑顔を思い出しながら、私は階段をおります。ブツブツと文句を言う大家さんの横を黙って通り過ぎ商店街の方へ歩いていきました。
あれは見間違い……見間違いよ!
