「5年めの感謝」と「透明な涙」
・5年目の感謝
本日4周年のバッチをもらいました。noteを始めるなら長く続けたいと考え、「1日1本」で投稿しだしたのが、昨日のことのように思えます。それくらいnoteは私にとってストレスフリーな場だったのでしょう。
気負いなく書き続けた結果、無事5年目を迎えられ感激です。これも、noterの皆様が優しく私の馬鹿話を受け流してくださったからだと思います。
優しいnoteの世界を作ってくださった公式さん。
noteの優しい世界を支えてくださるnoterの方々。
本当にありがとうございます。
これからもよろしくお願いします!
いつもなら、これまでの振り返りや私の脱力ぶりへと入るのが、6月24日の定番でした。
しかし、今年は父の話へと移らせていただきます。落ち着いたら話すと言いつつ、ここまで来てしまいましたので。はそやmについての解説は、これまでのご挨拶を貼り付けます。お時間のある方だけお読みください。
・1周年
・2周年
・3周年
・透明な涙
父が旅立ったのは5月12日でした。前日は文学フリマです。「ラージ大泉洋」から無事脱出、文学フリマ会場に入ったはそやm。ハイテンションで下部温泉でゲットした土産の包装紙をその場でバリバリ、お菓子を配って歩きました。色々なnoterさんと交流しテンションMAX。Xには「高校の文化祭みたいで楽しかった!」と投稿もしました。父の元へ通う車内で読む本もゲット。読み応え充分な本を手に入れられた文学フリマの空気、今でも忘れられません。
※「ラージ大泉洋」はそのうち投稿します。
文学フリマでいただいたパワーを父にも与えようと、5月12日は勇んで出かけました。妹とハーゲンダッツのバニラを今日こそ10g以上食べさせようと、張り切り挑戦。失敗して「次回は絶対成功させよう!」と笑いながら帰ろうとした時、看護師さんに声をかけられました。
1.ターミナルケア宣言からの1ヶ月半
話を「ターミナルケアに入ります」と宣言された3月31日に戻します。最初のうちは摂取量を報告すると喜んでくださった職員の方々も、2週間を超えると反応が薄くなりました。そりゃそうです。沢山の入所者のお世話があるのですから、1人の食事量に喜怒哀楽を示している暇なんてありません。
「これからも毎日通われます?」
と言われるくらい、父も元気になったので通い始めて3週間目から、1日おきに通うことになりました。父は飲み物なら三ツ矢サイダー、アイスはハーゲンダッツのバニラしか受け付けません。固形物は味がしっかりとついた漬けマグロ。
実は、これらを用意するのに、ちょっと時間が欲しいなと思っていたタイミングでの声掛けだったのです。施設の方が「毎日通われます?」と声をかけてくださったお陰で、父のところに行かない日は三ツ矢サイダーやマグロを購入する日に当てられました。コンビニでも手に入りますが、やはりスーパーの方が割安なんですよ。1日おきに通うことで無理なく父にも寄り添えました。施設の方の声かけに感謝です。
2.呑気な姉妹
このようにのんびりとした寄り添い方で父の元へ通い、妹とベッド横で「続・続最後から2番目の恋」「幸せは食べて寝て待て」「チョッちゃん」で盛り上がっていました。これが今年いっぱい続くと思っていた私達。そのため父の元へ通う合間に、家人に突然、旅に連れ出される「大泉洋シリーズ」のスモール・ミディアム・ラージもありました。
日常に影響を与えることなく、父のところにいく
父の前では笑顔でいる
妹と私の口にはしない密かな約束事でした。
5月12日は「スモール大泉洋」を投稿して父の元へ出かけています。今週は大泉洋シリーズ投稿だな、なんて呑気に思っていた私。妹も新しい仕事を請負っています。今、振り返っても呑気な姉妹でした。
父は10gの食事を1時間近くかけて終わらせるとすぐ寝てしまいます。食後、食べたものが喉に詰まらないか観察するために、30分は妹と父の横で馬鹿話。時には目に涙をためるまで笑いながら。父の眠りが深くなったのを確認して、帰るのが当たり前となっていました。
些細なこの時間が本当に好きでした。
3.お別れ
このように呑気な私達は5月12日、看護師さんに声をかけられます。
「明日も来られますか?」
1日おきに来ているのになぜ、全く来ないような言われかただなと、少しムッとしました。しかし、看護師さんは、いつ急変するかわからないから毎日来た方がいい、と言いたかったのです。センシティブなことなので気を使い過ぎて、伝わりにくい表現となったようでした。
「えっと、まだ残っていた方がいいですか?」
「いや、今日というわけでは」
と言われます。今日、ずっと居られるのは、好ましくないようでした。帰るタイミングがわからなくなりつつも、明日も来ますと伝えると、
「なにかあったらすぐ連絡しますから」
と言われ、帰ることを促されます。確かに、仕事中にドラマの話で盛り上がっている女2人がいるのは迷惑以外なにものでもないでしょう。
ちょっとモヤモヤし、なにかあったらは嫌だねと冗談めかしながら施設を後にしました。最寄り駅で夕飯の買い物をして帰ると、家人が帰宅。ああ、夕飯の支度をしなきゃなと台所へ行こうとした時、スマホが鳴ります。妹からでした。
「危ないって連絡が」
普段は明るい妹の声が震えています。「わかった。行く」と電話を切り、家人に夕食は作れないと言うと了解と言われました。
「今晩は帰れないかもしれない」
5月半ば、まだ夜は冷えます。施設で一晩を過ごすことを考え、厚めの上着を羽織り出かけました。どうしてあの時、帰っちゃったんだろう、あのままいれば良かったと後悔しながら山手線に乗り込んだ時、再びスマホが震えます。妹からのLINEでした。
「間に合わなかった」
施設を出て3時間の間に父は急変してしまいました。それまで我慢していたものが目から溢れそうになった私はなぜか、じゅんみはさんにLINEを送っていました。「ウミネコ童話集」の挿絵をお願いして以来、親しくさせていただいていますが、普段はほとんど連絡を取り合っていません。ただ、前日5月11日、文学フリマ会場で、じゅんみはさんに声をかけてもらっていたのです。
「三ツ矢サイダーを持って行こうか悩んだの」
noteに父が三ツ矢サイダーしか口にしてくれないと投稿したことを覚えてくれた優しさに、すがりたかったのだと思います。
どうしようどうしよう
父を1人で逝かせてしまった
どうしようを連発する私に、じゅんみはさんは沢山の優しい言葉をかけてくれました。妹の元に到着するまで涙を抑えることができたのは、じゅんみはさんのおかげです。
じゅんみはさん、あの時は救われました。
ありがとうございます。
「私が到着する10分前だったんだって」
と妹がポツリ。私同様、ライターの妹も施設に泊まることを想定し、PCを持ち込んでいました。
「用意なんてしないで飛んでくればよかった」
「帰らなきゃよかったね……」
父の横で呆然とする姉妹に看護師さんが優しく寄り添ってくれます。
「急だったんですよ。個室に移る直前まで意思疎通もできていました」
1週間前から普段は来ない看護師さんが来て、目の前で脈を計ったり「綺麗に枯れていってます」と言われたりしていました。この結果を受け止められるようサインを出し続けてくれていたのに、気づかなかった愚かな姉妹。そんな私達を慰めてくださる優しさは本当に染み入りました。父は元々、運が良いほうでしたが、この施設に入れたのもその幸運のひとつだったかもしれません。
葬儀社に父を安置(下町なので実家に帰ると大騒ぎになるため)、葬儀までの打合せを行い、実家に戻ると0時を過ぎていました。
「ビール飲む?」
「飲みます」
父も母も祖母いない実家で妹とビールを酌み交わします。
「見て見て、これ「青音色」っていうの」
「綺麗な表紙だね」
「昨日の文学フリマで買ったのよ」
「へー」
「パパのところに行く時に電車の中で読むように買ったんだ」
「……」
葬儀社の方の教えに添い、家族葬を行いました。1ヶ月半、三ツ矢サイダーだけで生き延びた父は、施設の方に「綺麗な枯れかた」と言われたこともあり、穏やかな顔をしています。
「なんだよ。殺すなよ」
そう言って今にも起き上がりそうです。参列者も集まり葬儀が始まります。お経を聞いている間、この1ヶ月半のことが思い出されます。
ハーゲンダッツを用意したら「かき氷!」って言われて、慌てて買いに行ったな。カリカリって音を楽しんでいたな。
「なんだよ。殺すなよ」
ああ、起き上がりそう……。
三ツ矢サイダーが最寄り駅のスーパーになくて困ったな。人生でこんなに三ツ矢サイダーを欲する時がくるなんてな。
「なんだよ。殺すなよ」
きっとまだ、三ツ矢サイダー飲みたいだろうな。
マグロの漬け食べて「美味い!」って言ってくれたな。
「なんだよ。殺すなよ」
涙が出そうになるたびに父のツッコミが入り、涙が上手く流れません。泣きそうになると棺から父が起き上がり「なんだよ。殺すなよ」と言いそうなのです。それくらい美しい表情をしていました。
火葬場についてもその妄想が離れず、今週は四十九日なのにまだ「なんだよ。殺すなよ」は脳内にこびりついたままです。母の時は病気で暴力的に命を奪われた感が大きかったので、かなり泣きました。思い出すたびに涙があふれ、今も心が痛みます。父のことも心が痛むのですが、上手く泣けないのです。綺麗に枯れてしまったからでしょうか。
でも、私は毎日泣いていると思います。見えない透明な涙を流している気がしてなりません。いつか、透明な涙が本物の涙になった時、私は父と決別できるのだと思います。
まだまだ透明な涙を流している最中ですので、note内のリアルイベントには参加できそうにありません。もう少ししたら、笑顔満開で出かけられると信じ、創作活動を続けています。
