評価されない人や仕事が、組織を支えているという矛盾
はじめに
組織で働いていると、
「なぜこの人が評価されないんだろう?」
と感じる場面に出会うことがあります。
成果は出ている。
トラブルは減っている。
現場は確実に楽になっている。
それなのに、
評価は低い。
もしくは、ほとんど触れられない。
これは珍しい話ではありません。
むしろ、多くの組織で構造的に起きていることです。
よくある誤解
評価されない = 成果が出ていない
多くの組織では、評価は次のような形で測られます。
誰が前に立っていたか
どれだけ忙しそうだったか
どれだけ分かりやすく説明したか
誰の名前で成果が報告されたか
つまり、
**「成果そのもの」ではなく「成果が見える形」**が評価対象です。
ここで問題が起きます。
評価されない人が、実はやっていること
評価されにくい人がやっているのは、こんな仕事です。
誰かがいなくなったら止まる仕事を、止まらなくする
個人の判断に依存していた部分を、仕組みに移す
「なんとなく回っている」状態を、再現できる形にする
これらの仕事は、
うまくいけばいくほど目立たなくなります。
なぜなら、
トラブルが起きない
誰かがヒーローになる必要がない
成果が「当たり前」になる
からです。
構造の話をすると、こうなる
評価されない仕事が効いている理由は、とても単純です。
成果を生む「人」を変えているのではなく、
成果が生まれる「構造」を変えているから。
構造が正しくなると、
誰がやっても同じ結果が出る
特定の人に依存しなくなる
成果が個人の手柄ではなくなる
結果として、
「誰がやったか分からない成果」が増えます。
これは、組織にとっては健全です。
でも、評価制度とは相性が悪い。
なぜ、その人がいなくなると問題が起きるのか
よくあるのが、このパターンです。
評価されていなかった人が異動・退職する
数ヶ月後、なぜか成果が出なくなる
残った人が責められる
ここで初めて、
「あの人、実は重要だったのでは?」
という話が出ます。
でも、その時点ではもう遅い。
なぜなら、
その人は成果を残していたのではなく、
成果が出る前提条件を整えていただけだからです。
前提条件が崩れれば、
当然、成果は出ません。
成果は、プロセスが正しければ誰でも出せる
これは個人的な確信です。
成果は、才能の証明ではありません。
多くの場合、
判断基準
分岐条件
手順
責任の置き方
こうしたプロセスの積み重ねです。
プロセスが整っていれば、
誰がやっても成果は出ます。
逆に言えば、
成果が出ているのに再現できないなら、
それは偶然に近い。
評価されない仕事の本当の価値
評価されない仕事は、
組織の中では扱いづらい存在です。
数字で説明しにくい
ストーリーにしづらい
人事評価に落とし込みにくい
でも、こうした仕事がなければ、
組織は属人化する
成果は続かない
何度も同じ問題を繰り返す
つまり、
評価されない仕事ほど、
組織にとっては“効いている”
という矛盾が生まれます。
結論は出しません
もし、
成果が出ているのに、なぜか評価されない
自分がいなくなった後の方が心配になる
成果よりプロセスの方が気になっている
そんな感覚があるなら、
それは能力の問題ではありません。
ただ、
見ているレイヤーが違うだけです。
この違いに気づけるかどうかで、
次に選ぶ働き方は、大きく変わる気がしています。
