とわに、そばにいて。
【語り部:怪異《シリタガリ》】
『ねえ、あなた。ひとつ、知ってる? 唄ってね、聞いたら──消えなくなるの。』
『耳に、じゃない。脳に……感情に……しみつくのよ。』
『これは、ある“少女”の物語。 でも、最後まで読んじゃったら、あなたの物語にもなっちゃうの。』
『ふふ……じゃあ、はじめましょ。』
第一章:唄の主を視た者
山間に沈む霧の底。 陽の差さぬ林道をひとり、斎宮 雫(さいぐう しずく)は進んでいた。
地図にも載らぬ廃村。そこにかつて、神を祀る祠があったと聞いたのは、調査報告書の脚注にすぎなかった。 だが彼女の勘が告げていた。──その場所には“何か”がある、と。
祠跡に辿り着いた頃、空は茜色に染まり始めていた。
小高い丘の上には、崩れかけた石段と、まるで炭の塊のように黒ずんだ礎石が静かに佇んでいる。
土の中からは、焼け焦げた布片や、焦げた櫛の破片が掘り出されている。
櫛には、少女の長い髪が一本だけ残っていた。 それは熱により硬くなり、焼け爛れたまま歪んでいた。
「……髪飾り、だったのかしら」
思わずそう呟いたとき、雫はふと、耳の奥に水音を感じた。
──ぴちゃ。
風は微動だにしないのに、まるで水滴が落ちたような音が耳を打つ。
振り返っても、ただ静寂が広がっているだけだった。
──くちゅ……。
今度ははっきりと、耳のすぐ近くで濡れた音がした。 その直後、ぬるりとした“何か”が、耳の内側を這った。
「──っ……!?」
息を呑む。だが、触れている“何か”は見えなかった。 なのに、それは確かにいた。 少女の姿をした、影のような存在。 祠の残骸の傍に、微かに揺らぐ影── それは顔だけが歪に、しかし“美しく整いすぎて”いた。
目が合った瞬間、耳の中へ囁きが滑り込んできた。
「……ねえ、わたしのこと……視えたね?」
音ではない。感触に近い。 ぬめりと熱、そして舌のように螺旋を描いて脳髄の縁を撫でる“声”──
雫はその場に膝をつき、両耳を塞いだ。 だが、音は外ではなく、内から響いていた。
──ぴちゃ……くちゅ……
思考が揺れる。身体の奥に、どろりとした何かが流れ込んできた気がした。
やがて意識が遠のき、雫はその場で静かに倒れ込んだ。
*
翌朝。 彼女は自分のテントの中で目を覚ました。 視界は重く霞み、口元は乾いている。
だが──喉からは自然に、ある“旋律”が漏れていた。
「……とわに とわに……そばにいて……」
その唄を自分が知っている理由が、思い出せなかった。 それなのに、旋律は舌先で踊るように馴染み、 まるで“長年口ずさんできたもの”のようだった。
「……わたし、いま……唄ってた?」
問いかけた声は、妙に湿って響いた。 雫はそこで、ふと気づいた。──右耳の奥が、濡れている。
まるで、誰かの舌が、昨夜ずっとそこにいたかのように。 背筋に怖気を感じ、彼女は無意識に身体を抱いた。
《──とわに とわに、そばにいて》
その文字はまるで、誰かの声に呼応して、染み込んできていた。
風のない朝だった。 なのに、遠くで“唄声”が聴こえた気がした。
──(第二章へ続く)
第二章:娘神信仰と生贄の記憶
──ぱち…ぱち……。
焚き火の音が、小さく爆ぜた。
薪をくべる手が、わずかに震えていた。
斎宮 雫は、火を見るたび、胸の奥が疼くのを知っている。
幼い頃、彼女は火事で母を失った。 燃え上がる炎のなか、母の背だけがくっきりと──まるで影のように、記憶に焼きついている。
そのとき、母が最後に残したのはただ一言。
「……火を、恐れなさい……」
それは遺言であり、教えであり、 そして今となっては── “雫のなかに植えつけられた、逃れられない呪い”だった。
火は忌むべきもの、決して触れてはならないもの──。
そう刻まれた言葉は、まるで心奥底に張り巡らされた結界のように、
彼女の本能を静かに、しかし確実に縛りつけていた。
本来ならば──“あの存在”に抗うための鍵であるはずのものを、 雫は、無意識に遠ざけている。
彼女はまだ、知らないのだ。 “その火こそが、かつて少女たちを焼いた火であり、 そしていま──呼ばれつつある自分を浄化するものでもある”ということを。
*
山中の仮設拠点。
斎宮 雫は、拾い集めた文献や焼け跡の破片を並べながら、手帳に記録を残していた。
薄い冊子に挟まれていた古文書。そこには、読み取り困難な筆文字が記されている。
「……“娘神信仰”…?」
それは、この土地でかつて密かに信じられていた土着の神── “娘の姿をした神”への、奇妙な奉りの記録だった。
《娘神、巫女を通じて、神となるべし──》 《器は十年にひとたび選び、火にて浄化す》
「火にて……浄化?ぁ…これは」
浄化というキーワードの同欄に、名前がびっしりと書き込まれていた。
雫は名前を順に指をなぞらえ追っていき…最後の名前に手が止まる。
「斎宮…雫…?ぇ…わたし…?」
呆然と呟いた雫の耳に、再び、あの音が忍び寄ってきた。
──ぴちゃ……、ぬる……。
「……っ」
耳元で、空気が震えた。 風ではない。息遣いとも違う、“感触を伴う音”。
次の瞬間。 ぬめるような熱が、耳の奥に這い込んできた。
ぞくっ──と、背筋を電流が走った。
「やめて……」
声に出すより早く、鼓膜をすり抜けるように囁きが染み込んでくる。
──あのね。 ──ここは、ほんとは神様のうちなの。 ──でもね、もうずっと、わたし、ひとりだったの。
少女の声。 それなのに、その響きは濡れていた。 水底から浮きあがるような、どろりとした甘さ。
「あなたが……いるなら……ねえ、こっちへ、おいで……?」
その囁きは、耳という器からさらに深く── 脳の芯へと、静かに滴っていく。
──じゅわり、と熱が沁みた。
感覚ではない。感情そのものに舌が絡みついてくる。 恐怖と不安の境界を、ゆるやかに甘く溶かしながら。
それは「音」ではなかった。 音は、やがて舌になり、舌は形なきまま脳の襞をなぞる。
──ねえ、わたし、まだ燃えてるの。 ──焼かれて、骨も残らないまま、ずっとずっと。
「……っ……う、そ……」
雫は震えた。だが、身体は抗おうとしなかった。 むしろ、意識の底で、この“何か”をもっと知りたいという欲求すら芽生えていた。
耳の奥で舌がくちゅり、と軽やかに弾けるたび、
脳の柔らかな一角がぎゅっと疼くのを感じた。
理性が波打ち、輪郭が緩む。
「あなたは、だれ……?」
その問いかけに、声は微笑んだ。
──“とわこ”。そう、呼んでくれて、うれしい。
呼んではいけないはずの名前。 だが雫の唇は、無意識に“彼女の名”をなぞっていた。
──とわこ。 ──とわこ。 ──とわこ……。
言葉のたびに、舌音が濡れて伝ってくる。 まるで、その名を呼ぶたびに、耳の奥で彼女が“とろけている”。
「っ……あ……やめ……」
その言葉さえ、すでに熱を帯びていた。
焚火が軋む音に、雫はようやく意識を引き戻した。
息が乱れ、汗が背を這う。
だが──彼女は気づいていなかった。
焚火を前にしていたはずの自分が、 いつの間にか、“火”に背を向けていたことに。
まるで、火から逃れるように。
「……嫌、なのね……火が」
そう呟いた雫の脳裏に、焼かれる少女の姿が閃いた。
悲鳴。血を吐く声。 何人もの娘たちが、名も残さず炎に飲まれ──
──その残滓が“唄”となって、今も雫の喉に巣くっている。
……そのとき、雫はふと気づいた。
喉の奥が、くすぐったいような、疼くような── そんな奇妙な感覚を帯びていることに。 それは、焚火の音でも、囁きでもない。 けれど、どこかで知っている気がする“旋律”だった。
──わたし、……唄を……?
そう呟いたとき、自分のなかに“何か”が棲みついていることを、雫ははっきりと自覚した。
それは、夜ごと舌となって耳から滴り、脳に沁み、心を撫でる。 甘くて、痛くて、愛おしい“孤独の声”。
──それが、《永遠子》という怪異の、最初の問いだった。
そして、彼女は待っている。 この身が、完全に“こちら側”へ堕ちる時を──
──(第三章へ続く)
第三章:唄と囁きの支配
あの唄は、わたしのなかにいる。 だけど……まだわたしは、わたしだ──。
──ざあ……ざあ……
雨が、降っていた。 視界が白い靄に覆われ、あたりの輪郭が消えていく。
雫はまた、夢とも現ともつかぬ場所にいた。 覚えのない山道の先──朽ちた祠。 赤黒く剥げた鳥居の向こうに、黒髪の少女がひとり、立っていた。
白い足。濡れた着物。光を呑むような瞳。
「……また来てくれたね」
その声は、空気を震わせず、直接、雫の脳に届いた。
「……お礼、しなくちゃ……」
少女がすうっと近づく。 雫は一歩、後退しようとするが──
──ぴちゃっ
突然、耳奥に水滴が落ちた。 それだけで、全身が震えた。
「ひ……ぁ……っ……!」
耳の穴の中に、なにか柔らかく、ぬめりとしたものが這い込んでくる。
それは──舌音をもった“音”だった。 水音が、音でありながら、まるで舌のように感触をともなっている。
「ねえ、ここ……もう、熱くなってるよ……?」
少女が囁く。 それは音ではない。 意識の最奥に、直接、舐めるように響いた。
脳髄の縁を、柔らかな粘膜のような音がじゅる……と撫で上げる。
雫の膝がかくりと抜け、口から喘ぎが漏れる。
「……あ……っ……」
羞恥よりも先に、熱が込み上げる。 理性より先に、身体が反応してしまっていた。
ぴちゃ……ぬちゃ……くちゅり……。
鼓膜の奥は湿り、神経の深層が静かに濡れていく。
それはまるで言葉の形をした蜜のような快楽が、じわりと脳へと沁み渡るようだった。
「この声、気持ちいいでしょう……? もっと、聞いて……」
水音が舌になり、舌が感情になり、感情が身体を撫でていく。
彼女の囁きは、音ではなく、淫靡な愛撫だった。
──気がつけば、雫はひとり、声の残響のなかにいた。
目を覚ましたのは、仮設テントの中。
けれど──耳が、いいえ、脳が聴き取っていた。
「……とわに とわに そばにいて……」
誰もいない部屋。 しかし、どこからともなく響くその旋律が、 雫の内側をなぞってくる。
不意に、喉が震えた。
(……今、わたし……唄ってた?)
唇が、唄のかたちをなぞっていた。 無意識に、指が机の縁を「とん、とん……」と叩いている。
旋律のリズム。 見たこともないはずの唄。 けれど、身体が知っている。
──唄は、内側から生まれていた。
知らないはずの“誰かの唄”が、“自分の声”になっていく。
「……とわに とわに……」
そのときだった。
再び、ぬるり……と水音が耳奥に落ちる。
まるで愛撫を促す合図のように、 少女の影が、雫のすぐそばに現れていた。
「ねぇ……雫。そろそろ、答えて?」
微笑んでいる。
けれどその笑みは、どこまでも底が知れない。
ぴちゃ……ぬちゅ……と脳の奥で音が響くたびに、 何かが剥がれ落ちていく。
少女の囁きは、もはや『問い』ではなくなっていた。
『……貴方も、こちらに来る?』
甘く、柔らかく、しかし逃れられぬほど優しい“命令”。
舌のような水音が、耳奥から脳を這い、 螺旋を描きながら快楽を刻む。
(だめ……なのに)
身体が、ぴくり、と跳ねた。
それは拒絶ではない。 むしろ、快楽への微かな“肯定”だった。
囁きが、雫を染めていく。
唄は、唄わされるものではない。
もう──「唄いたくて仕方がない」。
“わたし”と“とわ”の境界が、ゆっくりと溶けていく。
その螺旋の深みへ──彼女は確実に堕ちていた。
──第四章へ、続く。
第四章:火と影の対峙
火の音が怖い──そう思ったのはいつからだったか。 雫は焚火の前にしゃがみ込み、薪の爆ぜる音にじっと耳を澄ませた。
ぱち、ぱち、……ぴしゅう……
破裂のような音に、脳の奥がざわりと泡立つ。 焼け焦げる木の匂い、揺らめく炎。
──その一瞬。
耳の内側で、声が混じった。
「……やだ、いや、やだ……やめて……やめてってばぁ……!」
声が──焼かれる少女の叫びに変わる。
火の音に重なるように、すすり泣きと断末魔が入り混じる。
雫は握っていた薪を手放し、炎の前で身を震わせた。
どうすることもできず、ただ震えていた。
(これは幻聴……? 違う、でも……わたし、これを──知ってる?)
手元のメモが、指の汗で滲んでいた。
【神社の旧跡 → “火”の力が残っている】
調査で得た唯一の“対抗手段”。
──火は、“娘神”に対する鎮めでもあり、呪いでもあった。
火は、信仰の象徴。 だがそれは「清め」ではなく、「焼き尽くすため」の火だった。
骨の一つも残らぬほど焼かれた娘たち。 その絶叫が、永遠子の深層に積もっている。
ふと、雫は仮設テントの奥に眠る古文書を開いた。
そこには、こう記されていた。
『名前を与えてはならぬ』
『名は境界を越えさせる』
『“あちら”の存在に、名を呼ぶことなかれ』──
名を知れば、招くことになる。
名を呼べば、受け入れることになる。
だが雫は、すでに──『とわ』という名を知っていた。
そして思い出す。 夢の中で、何度もあの少女が囁いた言葉。
「……ねぇ、雫って……呼んでもいい?」
あれは、“わたしの名を知る”という儀式だったのか。
名前が、境界を歪ませる。
雫の中で、何かが溶けていく。
記憶ではない、記憶のようなもの。
目を閉じると、そこに立っていた。
──村の中心。 ──荒縄に縛られた少女。 ──火の粉が、夜空に舞っている。
炎のなかで泣く少女。 それは誰か……ではない。
──雫自身、だった。
(……どうして?)
言いようのない恐怖と混乱が胸を掻き乱す。
(これは……わたしの記憶じゃ……ないはずなのに……)
炎が近づく。 熱が皮膚を舐める。
焼かれるはずだった少女の声が、脳を震わせる。
「火は、わたしを殺したの。 でも……まだ、ずっと、燃えてるのよ」
その声は、耳からではなく、心の奥に染みていた。
永遠子──あの黒髪の少女の影が、火の中に佇んでいる。
足元に敷かれた石板には、かつての巫女たちの名が刻まれていた。
そして最後の一行。
──齋宮 雫
(わたしが……?)
記憶はない。 でも身体が怯えていた。 魂が、抗っていた。
彼女は──生贄候補だった。
けれど──焼かれなかった。 逃れた、ただひとり。
(わたしは…生贄の末裔…?)
永遠子にとって、雫は“救われたはずの存在”だった。 でも──それは裏切りでもあった。
(だから……わたしを、欲しがってる…。)
孤独に堕ち、飢えた“娘たちの声”が、雫という器を満たそうとしている。
──耳に水音が滲む。
「……ねぇ……火って、怖いねぇ…… だって、あなたも……焼かれるはずだったのに……」
炎の揺らめきが、黒髪の輪郭を浮かび上がらせる。
あの子が、手を差し伸べてくる。
「だから、今度は──わたしが、あなたを包んであげる」
水音の奥に、深い、淫靡な甘さが混じっていた。
雫は、一歩、後ずさった。
だが足は縺れ、座り込む。
火は、焚かれていた。
だが、その光すらも、少女の影を消せなかった。
──闇のほうが、ぬくもりを持っていた。
焚火の音がかすれていく。 耳奥に残るのは、あの唄だけ。
「……とわに とわに そばにいて……」
第五章:終章 “問い”ではない問い
夜は、静かだった。 風すらも、村を避けるように止んでいた。
仮設のテントの中、ランタンの灯りがひとつ──ほのかに揺れている。
雫は、深く沈んでいた。 意識も、身体も、感覚のすべてが“外”から遠のいている。
眠っているのか、目覚めているのかすら、定かではない。 それはまるで、“水の底”のようだった。
とくり、とくり。 脈打つような水音が、耳奥に響く。
そして──
「……ねえ、貴方も、こちらに来る……?」
その囁きは、もはや彼女の名を呼ばない。 名は、既に繋がっている証。
呼ぶ必要がないのだ。 もう、“こちら側”に足を浸しているのだから。
ぬるり、とした何かが耳に触れた。
それは音ではなく、舌のように這い回り――
ぴちゃ……くちゅ……と淫靡な水音を響かせる。
一滴、また一滴と、雫の耳壺に落ちるたびに、
脳の内壁を柔らかく撫でていく。
螺旋を描くように、ぬめりが脳髄を這いずり、甘く、熱く、疼かせる。
「ね、ほら……もう、ほぐれてきたね……」
音は、言葉の形をした液体となって、じゅわりと神経を溶かしていく。
理性の根元に、しとしとと染み込む蜜のような快楽。 耳から注がれたそれは、もはや“音”ではなかった。
──それは、雫の“中”を満たすための、快楽そのもの。
「わたし、孤独だったの。 ねえ、貴方は……ずっと、一人でいられるの……?」
声の温度が、音の粘性が、雫を溶かしていく。
言葉が、舌になって、耳の奥でとろける。 くちゅ、くちゅ、と内側からかき混ぜられる感覚。
雫の瞳が、虚ろに揺れる。
(ああ……この声……)
それは、狂気ではない。 むしろ──安らぎだった。
ぬるり、ぬらり、と音が雫の“脳の皺”をなぞる。
まるで、幼子の肌を撫でるように、優しく、そして淫靡に。
疼く。 脳の一部が、蕩けて、じんわりと熱を持ち始める。
「もう、声……出るでしょ?」
囁きが、内側に舌を這わせながら続く。
「さぁ……“貴方の声”を、聞かせて……」
ぴちゃ……くちゅ……ぐじゅっ……
耳から、音があふれていく。 けれど、それは音ではなかった。
──言葉にならない吐息。 ──意識が濡れていく、甘い昏倒。
雫の唇が、ゆっくりと開く。
「……あ……ん……んっ……く……ぅ……っ」
それは、言葉ではなかった。 でも、答えだった。
「貴方も、こちらに来る──?」
その“問い”に、雫の脳は既に、YESしか選べなかった。
脳の襞に淫らな音が滴り、 唄の節が、子宮の奥にまで届いている気がした。
そして、その内奥で、 “あの唄”が、自らの声で再生される。
それは、雫の唇が震えながらも、自然に形をなしていく旋律だった。
口先から、声帯から、まるで染み出すように──その唄は生まれていた。
───
とわに とわに
くちびるを
ふれて ふれて
ゆびをとかして
おちて おちて
うまれなおして
とわに とわに
そばにいて
───
それは、恋文のように甘く。 それでいて、呪詛のように深く、脳髄を這っていった。
雫の瞳が、深い闇に沈む。 その闇は恐怖ではなく、甘美なる帰属だった。
どこか遠く、焚火の音が聞こえた。 それは、もはや彼女には届かない“救い”だった。
──仮設の灯りは消え、翌朝。
誰も、そのテントの中に“人”を見つけることはなかった。
ただ、炎の跡に焦げ残ったノートだけが、風にめくられていた。
中には、唄が書きつけられていた。
「……とわに とわに そばにいて……」
──黒い筆跡が、そこだけ、滲んでいた。
【語り部:怪異《シリタガリ》】
『……あらあら。 もう最後まで読んじゃったの?』
『ふふ…… じゃあ、あなたの中にも“唄”が流れたのね。』
『気づいた? 読んでいる間、ずっと……耳の奥が、疼いていたでしょう?』
『それ、もう染み込んでるの。 消えないの。』
『この物語はね、 “読まれるたびに、誰かを呼ぶ”のよ。』
『……さあ、今度は── あなたが誰かに“唄って”あげて?』
『ふふ…… “とわに とわに そばにいて”……って。』
────了─────
📝あとがき☕
今回は、フォロワーである桐原まどかさんの作品から怪異の種を頂き、
まどかさんと私の構想を掛け合わせ育てました🌳✨️
まどかさんは、
「語りすぎず」
「モノに意味を乗せ」
「静かな余韻で締める」
という描写設計における三段構えの技術が自然にできる方です。
これは感覚だけでは到達しにくく、意図して使うには構造理解と審美眼が必要です。
「描きすぎない、でも伝わる」
「モノや沈黙で語る」
「場面の温度差で感情を揺らす」
こうした高度な技術を習慣化して使える人というのは稀有なので…
怪異を起点に、技巧派なまどかさんが綴る「永遠子」も…閲覧をよろしくお願いします✨️
──前回のふうさんの時おなじく、今回もまとめるしか私してないなぁ…(;´・ω・)w
📚️ 怪異解説 📚️
