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日中相互不信のメカニズム(2):地政学と戦略思想が暴く日中関係の真実

 皆さんこんにちは、ハトヤブと申します。前回は中国の反日の深層について解説しましたが、今回も引き続き、日中の相互不信のメカニズムについて深掘りを続けていきたいと思います。


戦略的互恵関係という甘美な幻想

「日中関係は戦略的互恵関係にある」という主張は多くのメディアや、専門家たちが主張していることです。確かに日中の貿易総額は2025年上半期分で21兆7980億円※1で、日本の対外貿易の20%を占める高水準であり、経済的な結びつきが深まっているのは事実でしょう。しかし、彼らの主張には、日中両国が互いの利益を尊重し、長期的な安定を築くという楽観的な前提が潜んでおります。残念ながら、これは一種の幻想を言わざるを得ません。(※1財務省、令和7年上半期分貿易統計(速報)の概要より)

 実際、一部の専門家から悲観的な論説もちらほらと出始めております。例えば日経新聞の論説委員の中澤克二氏はintelligence Nippon で、日中関係が民間交流も含めて、中国の都合によって左右されている実態に言及しております。

 日本の民間組織の対中交流も同じである。中国共産党が全てを決める中国の体制下では、厳密な意味での民間は存在しない。指示に従って「民間」も動く。だからこそ、長く対中関係に携わる人々が、様々なイベントで十年一日の「日中友好」を唱えてみても、大状況は変わりようがない。そこに多くの関係者がむなしさを覚えるのである。

(出典:中澤克二,全ては中国の都合次第──日中関係の奇妙な構造は打破できるか,https://www.intelligence-nippon.jp/2024/12/26/2263/)

 なお論文の最後では中国の内政や外交・安保政策を分析して、日本が主導的に動くべきと提言しておりますが、少々具体性に欠けており、未だに「戦略的互恵関係」という言葉に希望を持っていることが伺えます。

 日中関係の実態を客観的に示す情報として、ブロガーの「新宿会計士」が興味深い記事を発信しております。それによると、日本に滞在する中国人は増加傾向なのに対し、中国在住の日本人数は年々減少しており、永住者は6千人未満です。また邦銀の中国向けの与信は対外与信全体の1.61%に過ぎず、直接投資も中国への投資は全体の6%弱で、しかも減少傾向にあるとのことです。(参考:新宿会計士,【数字で見る】中国と徐々に距離を置き始めた日本企業,https://shinjukuacc.com/20250718-01/)

図1.中国在留日本人の推移(新宿会計士より)

 なぜこのような理想と実態の剥離が起き始めているのでしょうか? それは日中の「互恵関係」は、中国の目まぐるしい高度経済成長に、日本が便乗しただけという一方的な側面が強かったからです。中国は経済発展のために日本の技術や投資を必要とし、日本は中国の安い人材と巨大市場から利益を享受していました。一見すると、これはWin-Winの関係に見えます。しかしそれは中国が日本を超えた超大国になるまでの話。その過程で日本は、中国が水面下で進めていた地政学的な野心から、ずっと目を逸らし続けていたのです。

 今やそのツケは、軍事的な緊張や、厳しい外交的な駆け引きという形で表れ始めております。日中関係はもはや「経済」だけで語られる時代は終わっているのです。それはすなわちアジアの地政学の未来を巡る「見えない戦争」へ、その様相を現しつつあるのです。

 ここからは「戦略的互恵関係」という幻想のベールを剥がし、日中関係の真の姿を、地政学や戦略思想の視点から読み解いていきます。そこには単なる歴史的確執や感情論だけでは説明できない、決定的な利害の対立が横たわっているのです。

中国の「赤い海」に飲まれる日本

 冒頭で触れたように日本の多くの専門家たちは、日中関係の発展を望みつつも、中国への懸念を無視できなくなっています。その最たるものが、中国の軍拡と海洋進出でしょう。中国の国防予算は年々高い水準で増加を続けており、戦闘機やミサイルの配備数を飛躍的に増やしております。そして海軍の増強も積極的で、軍艦の数ではアメリカ海軍さえも上回る規模を誇っております。


図2.中国国防予算推移※2(左)と米中の艦艇保有数の推移※3(右)

※2 令和6年度版防衛白書より、※3 アメリカ議会調査局レポート「China Naval Modernization- Implications for U.S. Navy Capabilities—Background and Issues for Congress」をもとに著者が作成

 ここで「中国の軍事費はGDP比で考えたら多いとは言えない」という主張がありますが、詭弁です。GDPは人口に比例して増加するので、その理屈だと人口の多い国は皆軍事大国にになってしまいます。「日米の軍拡が原因だ」という主張も聞かれますが、それも中国の軍事的台頭に対応した結果、という事実から目を背けた屁理屈に過ぎません。

 ではなぜ中国は軍事力を急速に増強し、海洋進出を目指すのか? 地政学的な視点から解き明かしていきましょう。主に二つの側面から説明することができます。

中国の経済的生命線と海洋進出

 一つ目は中国の経済的生命線という側面です。日本にも言えることですが、経済発展を遂げた中国は石油をはじめとした多くの資源を輸入するようになっております。加えて高度経済成長がひと段落した2012年以降になると、内需だけでは国内の過剰な生産を吸収しきれないので、世界市場への進出に国運をかけることになります。それが一帯一路であるとともに、アジアインフラ投資銀行(AIIB)が発足した背景です。


図3.一帯一路 下の海洋ラインが生命線となる航路

 これだけ聞くと「なぜ軍事力拡大と関係あるのか?」と思うことでしょう。事実、家電や太陽光パネルなどに関しては、すでに中国が世界シェアを占めており、グローバルサウス諸国との経済協力も進んでおります。だから「中国は平和的台頭で世界覇権を握る」などという論説まで出てくるのですが、それはアメリカがすべてを許容した場合の話です。過去記事にも書いているように、2018年からアメリカは明確に中国の台頭を警戒するようになりました。特にTicTokの成功や人工知能開発の躍進はアメリカの主力産業を脅かすため、厳しい規制がかけられることになります。

 そうなると中国の海洋進出の意味が分かります。彼らのとって特に重要なのは、台湾海峡から南シナ海、マラッカ海峡を通る海上ルートです。そこを現在はアメリカのインド太平洋軍が支配しているため、万が一米中が戦争状態になれば、海上ルートが封鎖されてしまい、輸出も輸入もできなくなってしまいます。だからこそ、アメリカ軍の代わりに、中国の人民解放軍が航路を守る「新秩序」に変えようと試みており、それが海軍力の強化に繋がっているのです。

 しかしそれは日本の地政学的事情に大きな影響を与えます。言うまでもなく、日本も海外から多くの資源を輸入しており、それに必須となる安全な航路を、アメリカ軍に保証してもらっている状態です。しかしこれが中国にとって代わられた場合、日本は生殺与奪権を握られたも同然になります。反日感情が膨れ上がるかの国の意思一つで、いつでも日本を干上がらせることができてしまうのです。

米軍をアジアから排除する戦略

 二つ目の側面は中国の安全保障における事情です。かつて日中戦争では、国民党も共産党も内陸部へ逃げる戦略をとっていました。当時、日本は統制が取れた強い軍隊を保有していたので、彼らは真っ向勝負をするよりも退却を繰り返し、広大な領土を活用して敵(日本軍)の兵站を引き延ばさせたのです。兵站が脆弱になった軍は疲弊しやすいので、そこに付け込んで攻撃すれば、勝率を上げることができます。これは後述する中国の戦略思想が強く影響しております。

 しかし高度経済成長を経た現在、中国にとって沿岸部は重要な地域になったため同じ作戦は使えません。特に上海、深圳、広州などの沿岸都市はGDPの大部分を占め、貿易の拠点であるとともに、ハイテク産業の中心地です。一応、内陸部の開発も進められており、四川省では電子情報系やエネルギー化学など、パワープラント製造の工場が立ち並んでおります。しかしながら沿岸部には及んでおらず、あくまで予備空間の域を出ていないのが現状です。

 こうした事情から中国の戦略は海洋への拡張路線へとシフトしていきます。海洋を勢力圏に組み込むことで、日中戦争と同じようにアメリカ軍が攻めてきても、沿岸部に辿り着くまでに力尽きるようにしたいのです。例えば南シナ海では諸島の領有権を主張し、人工島を建設して軍事拠点化を進めております。東シナ海の方でも日本の尖閣諸島の領有権を主張し、日中中間線での開発を進めております。過去記事では「資源確保」や「台湾統一」への布石であると解説しましたが、地政学の視点からみれば、別の側面が見えてきます。それはすなわち「第一列島線」と「第二列島線」の掌握による、アジアからのアメリカ軍の排除です。

図4.現在の中国の勢力図と二つの列島線

 図4のように日本の九州から沖縄、台湾、フィリピン、ボルネオ島へと連なる列島を「第一列島線」、伊豆諸島から小笠原諸島、サイパン、グアム、パプアニューギニアに至る列島を「第二列島線」と概念づけられております。中国海軍は1982年からこれらのラインを突破し、接近拒否・領域拒否(A2/AD)を展開することを長期戦略としているのです。これらは中国の沿岸部を守るための、言わば「海上版万里の長城」です。彼らの戦略が成就する場合、アメリカ軍は中国沿岸部はおろか、アジア近海に近づくことすらままならなくなります。

図5.中国がアジア覇権を取った場合

 これが意味することは、やはり日本の安全保障の根本的な否定です。釈迦に説法かもしれませんが、日本の安全保障は日米安保を根幹としており、アジアにおけるアメリカ軍のプレゼンスが生命線となっております。それがさっぱり無くなるのですから、日本は安全保障上の危機に追い込まれるでしょう。

日中の利害対立は必至

 以上のように中国の軍拡と海洋進出には、中国経済のさらなる発展と、沿岸部の安全保障が関係していることがわかります。さらに付け加えれば、中国はロシアとの国境を2008年に正式に画定しており、インドとの国境画定にも取り組んでおります。地政学の権威である奥山真司教授によれば、今の中国は歴史上、大陸における隣国との対立が最も少ない状態です。そのため海洋への進出に軍事リソースを注ぐことができ、アジアを「地中海化」させることで、晴れて「海洋大国」として名乗りを上げようとしているのです。

 そしてその挑戦は、どうあがいても日本と真っ向から利害で衝突せざるを得ません。しつこいようですが現在の日本は日米同盟を根幹とし、アメリカ軍の庇護の下栄えてきました。しかしこれが中国にとって代わられた場合、日本は根本的な国家政策と価値観の見直しに迫られるでしょう。とある作家が主張したような「日中同盟」については、過去記事にて考察しております。はっきり言って、中国が日本を対等な同盟国と見なす可能性は極めて低いです。国家としての尊厳を奪い、共産党政権への忠誠を強制し、人民解放軍の駐留を要求するでしょう。

 国内の中国専門家(特に経済学者)はこうした視点が欠けていることが多いため、今更「中国の内政と安全保障を分析せよ」という周回遅れな主張をしてしまうのです。

孫子と毛氏に学ぶ「戦略的互恵関係」の正体

 次は戦略思想の視点で日中関係の真実を深堀していきましょう。中国は「国家100年の計」を立てていると言われるほどの戦略国家であり、日本人が好むような正々堂々の戦いは好みません。これはもともと漢人たちが戦争が不得手で、異民族に征服される歴史が多かったからです。日本の場合は武士の時代から強い軍隊を組織することに長けていたため、つい80年前まで外国に支配されたことがありませんでした。そのため、どうしても戦略的な思想が根付き難いのです。

 ここからは中国の戦略思想について「孫子の兵法」と「毛沢東思想」を軸に、解説していきましょう。そうすれば日中の「戦略的互恵関係」の真相も理解することができます。

楽して敵に勝つ「孫子の兵法」

 経済学者と違い、安全保障関係の専門家は中国問題に強い関心を払っており、その中で彼らがよく言及するのは「中国は戦わずして勝つ戦略で挑んでくる」というものです。その由来は「兵は詭道なり」で有名な孫子の兵法から来ております。紀元前500年頃の中国で活躍した戦略家が書いたもので、ビジネス書で引き合いに出されるなど、現代日本にも思想的影響力を残しております。

 しかし我が国ではいつしか「戦わずして勝つ」という言葉が独り歩きし、あたかも戦いを全否定して謀略に徹する、不戦の指南書であるかのような印象を持たれているのが気がかりです。孫武は決して反戦主義者ではありません。その象徴が「風林火山」でしょう。歴史通の人なら武田信玄を思い浮かべるかもしれませんが、これは孫子の兵法の軍争編の一説から引用したもので、内容を簡単に言うと「敵の裏をかいて、悟られずに素早く陣形を整えて侵略し、効果的に略奪と占領地拡大を行う」です。孫武も戦うべきときは戦うのです。

 孫氏の兵法を最も簡単に表現すると「絶対に負け戦をするな」であり、それも楽に勝利することを信条に掲げています。先述の「戦わずして勝つ」の一文も、元は謀攻編のこの一説です。

孫子曰、凡用兵之法、全國爲上、破國次之、全軍爲上、破軍次之、全旅爲上、破旅次之、全卒爲上、破卒次之、全伍爲上、破伍次之、是故百戰百勝、非善之善者也、不戰而屈人之兵、善之善者也、
(現代語訳)
そもそも用兵の原則は、敵国を傷つけずに降伏させることが最上であって、戦って打ち破るのはそれよりは劣る。
軍団を降伏させるのが最上であって、軍団を打ち破るのはそれより劣る。旅団を降伏させるのが最上であって、旅団を打ち破るのはそれより劣る。
大隊を降伏させるのが最上であって、大隊を打ち破るのはそれより劣る。小隊を降伏させるのが最上であって、小隊を打ち破るのはそれより劣る。
だから、百回戦って百回勝つのが最善なことではない。戦わずして勝つのが、最善なのだ。

(引用:左大臣光永,孫子の兵法、ホームページよりhttps://sonshi.roudokus.com/index.html)

 孫武の生きていた時代は春秋時代という中国の戦国時代のような世界であり、周辺国すべてが敵でした。しかしいちいち真面目に戦っていたのでは百戦連勝であっても国力が疲弊してしまい、勝てる戦いにも勝てなくなります。だから孫武は敵に「必ず勝てる戦い」を仕掛け、楽して降伏に追い込むのが良いと説いているのです。実際、形編では勝兵先勝而後求戰つまり「勝兵は先ず勝ちて後に戰(たたかい)を求める」と説いております。

 この思想を今の中国、すなわち中国共産党は国共内戦で生かしておりました。抗日戦争中、共産党は国共合作として国民党と共闘関係を結びますが、指導者の毛沢東は抗日戦争に充てる党のリソースを1割程度にとどめ、日本軍との直接的な戦闘を避けておりました。そして国民党が日本軍と戦っている間、党勢拡大に専念していたのです。事実、日本が負けた後の第二次国共内戦時には、共産党勢力が国民党を凌ぐ規模に膨らんでおり、鄧小平は台湾へ本部を移す以外の選択肢がありませんでした。まさに「勝兵は先ず勝ちて後に戰(たたかい)を求める」の典型でしょう。

 これを踏まえれば、日中の「戦略的互恵関係」が、単に日中が共通の利益を得て共存するものではないことは明らかです。その真相は、中国がアジアの大国になるために、お人よしの日本を利用した日中合作だったのです。そして大国になった中国は、その増強した軍事力を背景に、アジアの地政学に影響を及ぼそうとします。日本が懸念を表明しても、彼らは意に介さず居丈高に振舞います。それが意味することは、日本が孫子の兵法でいうところの、敗兵先戰而後求勝、つまり「戦ってから勝とうとする敗兵」に位置付けられているからです。

敵を分断し包囲する「毛沢東思想」

 毛沢東は今の中国を建国した父であり、彼が作り上げた「毛沢東思想」は中国を語るうえで欠かせない存在です。一方でその思想は過去のものであり、鄧小平路線によって上書きされているという認識が、日本では主流となっております。しかし実際はそうではありません。毛沢東思想は今の中国の外交や軍事戦略に大きな影響を与えております。平和政策研究所の西川佳秀氏は、習近平の対米を睨んだ世界戦略には毛沢東思想を反映したものが多く含まれていると分析しております。ここからは彼の論文「毛沢東思想から習近平の世界戦略を読み解く(https://ippjapan.org/archives/7892)」から、現代中国の戦略に毛沢東思想がどのように反映されているか、概略を引用してみましょう。

 まず習近平国家主席はアメリカとの覇権争いについて、対米戦は避けられないという認識を示しております。これは毛沢東思想における「戦争を消滅させるには戦争を通じるよりほかはないのであり、鉄砲を不要にするには鉄砲を手にしなければならない」(毛沢東「戦争と戦略の問題」)を反映したもので、軍拡路線を正当化させる柱となっております。

 一方で今の中国の軍事力ではアメリカ軍相手に勝利できないため、遊撃戦を中心とした持久戦に持ち込む外交戦略を実施しております。これは「敵が進めば我は退き、敵が留まれば我は乱し、敵が疲れれば我は打ち、敵が退けば我は進む」(毛沢東「小さな火花も広野を焼き尽くす」)を反映したものです。具体的には次のようなアプローチが「遊撃戦」に相当すると指摘しております。

1.敵内部の分断:自由主義国(特に日米欧)の内部に不信感や疑心暗鬼を生み出し、結束を乱そうとする戦術です。米国追従を嫌う仏大統領への厚遇や、欧州への経済協力の勧誘が例として挙げられます。

2.「平和の仲介者」外交:中東や中央アジア、アフガニスタン、ウクライナなどの戦略的要衝で、平和の仲介者として影響力を拡大させる戦術です。特にウクライナに関しては、表向き中立を装っていることを武器に、仲介外交を展開しました。

3.クローバルサウスの取り込み:グローバルサウス(GS)と呼ばれる新興国を取り込む戦術です。これは毛沢東の「農村で都市を包囲する」戦略の応用で、GSを農村に見立てて日米欧を包囲することで、戦略的優勢を勝ち取ります。

 以上が西川氏による習政権の世界戦略の深層分析です。このことからわかるように、毛沢東思想は現代の中国の戦略にも生きております。習近平を現代の毛沢東、アメリカを国民党軍に置き換えれば、その巧妙さがはっきりと見て取れます。かつて共産党の3倍の勢力を誇っていた国民党軍は、内部の利害対立に苦しみ、農村部からは不満が高まっていました。毛沢東はそれに付け込み、農村に共産党への支持を拡大させ、都市にいた国民党を文字通り「包囲」しました。

 一方、アメリカは最強の軍を保有する覇権国ですが、それゆえに国内外の分断に苦しみ、新興国では反米感情が強くなっております。習近平はそこにつけ込み、アメリカ一極に代わる「多極化世界」を提示することで、多数派である新興国を味方につけて、結束の乱れた自由主義国を「包囲」しようとしているのです。

 これもまた、日中の「戦略的互恵関係」の裏の顔を読み解くヒントになります。まず国際社会では日本と欧米の結束を乱し、日本を孤立に追い込む戦略であると想起できます。そして国内では、経済協力と文化交流を通して親中派を形成し、永田町を「包囲する」ことで、日本政治へ干渉する戦略も透けて見えます。実際日本国内では、鳩山由紀夫氏のように、中国の代弁者としか思えない人間が数多く居ます。彼らを利用することで、中国は日本の政策に介入し、アジア情勢での主導権を握ることができるのです。

二つの思想を使い分ける中国

 以上のように中国の戦略には「孫子の兵法」や「毛沢東思想」の影響を垣間見ることができます。それを踏まえて読み解けば「戦略的互恵関係」が必ずしも日本の国益に叶うものではないことがわかるでしょう。

 なお西川氏は毛沢東思想が「決戦」を重視した思想だから、孫子の兵法と異なる戦略であると論じておりますが、先述のように孫武も勝てる戦いを指南しているので、これらの戦略思想は極めて類似していると言うべきです。違いがあるとすれば、孫子の兵法が静穏的なのに対し、毛沢東思想は扇動的です。だからこれらの特性を生かし、表に出さない工作活動や水面下交渉には孫子の兵法、パフォーマンス重視の外交や宣伝戦では毛沢東思想が中国の戦略に統合される傾向にあります。

 そして注意すべきなのは、孫武も毛沢東も戦国的な世界観で戦略思想を構築しているということです。これは共存さえも敵を攻略する戦略の一部としていることを意味します。いかに美辞麗句に惑わされて彼らと手を握っても、それは持続的な友好を保証しません。いずれ国際情勢の変化次第では、容易に裏切りますし、こちらが弱ったときには、容赦なく侵略してくるでしょう。中国の辞書に「永遠の友好」など存在しないのです。

膨らむ日中相互不信がもたらす結末

 本稿で明らかにしてきたように、「戦略的互恵関係」という言葉が描く日中関係は、経済的な数字に焦点を当てた一面的な事実に過ぎません。その裏側では、中国の地政学的野心と、孫子や毛沢東の戦略思想に根差した軍拡や外交工作が、着々と進行してきました。中国にとって軍拡と海洋進出は、単なる大国のロマンではなく、経済の生命線安全保障を確保するための必然的な行動であり、これは日米同盟を根幹とする日本の体制への明確な挑戦です。

 しかしこれまでの日本は、中国の高度経済成長に便乗するのに夢中で、この決定的な利害対立から目を背けてきました。それも「戦略的互恵関係」の言葉に仕掛けられた戦略であり、中国は悟られることも競争することもなく、日本の技術とカネを存分に使って、日本を凌ぐ大国へ成り上がることができたのです。

 そして中国の高度経済成長が終わった今となっては、もう同じような関係を継続することはできません。中国は経済的な結びつきと軍事力のギャップを武器に、日本の政策に干渉を試み、日本の主権を犯し始めております。しかし中国の戦略に嵌った専門家と日本政府は、未だ「戦略的互恵関係」という言葉に囚われたまま、日中関係の重要さを説き、配慮という名の弱腰を続けています。これは日本国民からすれば、中国の軍事的台頭に無為無策な体たらくを見せられている状況であり、中国への不信感を膨らませる要因になります。

 一応、幸か不幸か親中政権であっても、日米同盟を根幹とする安全保障政策を堅持し、中国との「バランス」を取ろうとしております。だがそれに中国が反発するので、結局彼らの望む日中関係改善が遠のき、別の何かで中国に配慮しなけらばならないというジレンマに陥ります。親中派は経済と安全保障を切り離して考えているようですが、今の中国はそれを許しません。彼らは日本が思い通りにならないことへの、フラストレーションを容赦なくぶつけてきます。戦後80年の抗日戦争勝利記念式典の盛大さ、同時期のSNSで出回った昭和天皇を侮辱するヘイト画像は、そうした負の感情を前面に出したものでした。

 このように日中両国で膨らみ続ける、相互不信とフラストレーションは、いつか必ず爆発する時が来るでしょう。中国の軍拡は今後も高水準で続き、パワーバランスはどんどん中国に有利になっていきます。そして臨界点を超えた時、彼らは地政学的競争を決定づける、最後通告を日本に突きつけ、根本的な国家政策と価値観の変更を迫ってくるかもしれません。そんな時、これまで「戦略的互恵関係」を唱え続けてきた専門家たちや政治家たちは、その残酷な要求をどのように受け止めるのでしょうか?

(扉絵はBing Image Creator より作成)
(10/22 第一列島線の解説にボルネオ島の記述を追加)

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