東京大神宮と椿
電車に乗っていたら女子高生が数人。(当時はコギャルと言われていた時代)中でも一番派手に髪を染めていた子が「ブッシュってやばくない⤴」と熱弁していたが、周りの子はポカ~ン。私は微笑ましくみていた。
別の日、友人とDenny’sで食事をしていると、「生まれ変わったら職業何がいい?」と聞かれ「あ~ルパンかな~Louvreとか狙いたいね~」と私。友人は真面目な顔で「私は腕のいい外科医」と。
また、別の日、短気な友人がキレまくり「火事にしてやる!」(彼の口癖だ。私にも敵意むき出しの時もある)と怒鳴る。「信長の生まれ変わり?」(歴史好きな彼は、まんまと嬉しそう)と私。
当時の私は、相手が機嫌悪かろうが良かろうが関係なかった。常に面白い事、面白い話はないかと探していた。いい歳をして計画性は、まるで無かったし、気の向くままに暮らしていたと思う。電車やバス、カフェでは本を読むふりして、周りの人の話を盗み聞きして心の中で面白がっていた。(趣味が悪いですよね~)
引き寄せ?
私は知らない人によく声をかけられる。幼い頃から。例えば夏休みのラジオ体操の初日。当時小学一年生で、早くきた私は誰もいない公園のベンチで上級生を待っていたら知らないホームレス風のおじさんが隣に座り、お喋りをはじめた。(ご安心を。何も危ない事はなく優しいおじさんでした)上級生は怖がって近づかなかったが、それに気が付いたおじさんが静かにベンチを離れた。話の内容はラジオ体操についてだったと思う。
高校生になり学校の帰り道、知らない小学生に話しかけられ、今度の学芸会の演奏にきてほしいと招待された。本人がかなり自信ある風で、思わず観に行ったりした。
大人になって、スーパーで買い物していると店員ではない品のいいおばさまにサラダのドレッシングについてお勧めされたり、道を歩いていると500円玉を握りしめた高齢者にジュースの買い方を教えてくれと頼まれたり。
私は暇人に見えるのか?それともぼーっとしているのか?
鬱陶しいとは少しも感じなかった。
急いでいる時でさえ私は、面白ネタでは?と思うくらいだ。
あ~、今思えば、もしかしたら引き寄せていたのかもしれない。
東京大神宮と飯田橋
初めての就職先は飯田橋にあり東京大神宮の近くだった。その会社に在籍した三年間は就社前、退勤後、神社の前を通る度に門の外から挨拶させていただいた。
改めて考えてみれば、一番通ったかもしれない神社だったと思う。
地元に戻ってから、よく東京大神宮や飯田橋の夢を見るようになっていたので、お礼をしてから帰ってくればよかったと長年後悔していた。
飯田橋の、せわしない喧騒からわずかに外れた坂道。そこを登りきった先に、まるで都会のエアポケットのように佇むのが「東京大神宮」。鳥居をくぐると、驚くほど滑らかな静寂が身体を包み込む。見上げれば、青々とした木々の隙間からこぼれる木漏れ日が、石畳の上に不規則なモザイク模様を描いている。ここは「東京のお伊勢さま」と親しまれる場所。明治の時代、遥か伊勢の地まで足を運ぶことが叶わなかった人々のために、伊勢神宮の遥拝所として創建されたのがその始まりだ。つまりこの境内は、かつての将軍のお膝元、東京の地でありながら伊勢の神聖な空気へと思いを馳せられる特別な空間のように感じた。
満開の椿
東京へ行くのは、10年ぶりだったと思う。2時間打ち合わせするだけで特に他に予定がなかったので早朝、飯田橋に行ってみた。真冬でちょうど朝日が昇り始めた頃に改札を出ると外堀沿いのビルに朝日が少しずつあたっていく。ビルとビルの間の誰もいない道にも朝日が差し込み黄金色で綺麗だった。そっか、さすが東の都なんだなぁと実感がわいた。
空気が澄み鳥の声だけがする都会の静かな街を歩くのは気持ちが良かったが、それより、20年ぶりにきた街の印象は、それほど変わってはいなかった事に驚いた。新しいビルと私も知っている古い建物が混在している。あたりをキョロキョロしながら神社に着くと紅い椿が満開で出迎えてくれた。朝霧の中で浮かび上がるように咲く紅い椿を見た瞬間、不思議なくらい心が静かになった。何か特別な出来事があったわけではない。ただ、その景色を見ている自分の心が、以前より少し軽くなっていることに気づいた。早い時間で開いていないかもと思っていたが参拝客がすでに数人いた。一月末だというのに平日の朝早い時間に参拝って、どんな理由でと興味が湧いた。ちょっと気恥ずかしいい笑みを浮かべながら軽い会釈を知らない参拝者同志したのも、なんだか心地良かった。
無事に地元に帰れた事、東京にいた十何年も幸せに暮らせた事をお礼し、すがすがしい気持ちで神社を後に一服しようと駅ビルの喫茶店へ。小一時間にも満たないわずかな時間、煙草と美味しいコーヒーを楽しみ、このご時世、煙草吸える感動にひたりながらホテルに戻ろうと駅へ向かうと、ちょうど通勤ラッシュで女子高生二人とすれ違うと「ちょっと聞いてくださいよ~」と何やら面白そうな話題。聞きたいのをグッと我慢して改札の正面のエレベーターに入ると先に乗り込んでいたサラリーマンがこれ以上、乗せてはいけないという気迫の閉ボタンを連打。面白い。これもまた朝の風景なんだなぁ。
好奇心は私の希望
少し話を戻すと仕事が立て込んでいたし、真冬の東京に行くのは気が重かった。暗い気持ちの中、飛行機から富士山が見えてくると、そんな気持ちも吹っ飛んだ。飛行機が降下していくと、関東平野、川崎の工場地帯が見えてくる。電車から眺める無造作に建てられた看板、密集する建物を抜けると急にでてくる雄大な川も私はどの風景も好きだ。そして同じ電車の車両に乗っている、意気揚々とした人も疲れている人もスマホを見ている人も眠そうな人も大きなランドセルを背負う子も沢山の買い物袋を抱えている人も、なんだか素敵に思う。
私は自分の心が見えた気がした。
理科室で使った小さな金属のおもりを、一つずつ積み重ねていくように、魂の中に「嫌」を増やしていき「重たい魂」になっていた。
状況が悪いのか、余裕がないのか、責任?将来?何が不安なのか?
私の魂は重い。凄く重くなった。そんな重い私に自己肯定なんて無理に思えた。
でも、この東京での二日間の旅で、私は思い出したのだ。
私の好奇心が私自身を楽しませてた事を。軽やかだった時の自分らしさを。計画性がなく、おもしろければいい、そんな人生を。ゲームだって推理小説だってW杯だって、結果が分かっては面白くないのではないか。
いやいや、人にはお勧めしません。決して。
「生まれ変わったらルパン」って間抜けなトンチンカンな答えをしちゃう私だけの話。
とにかく魂が嫌悪感いっぱいになりたくない。
人の良いところを見つけましょうという話でもない。
ただ私は人々の「生きている瞬間」をみたいのだと思う。
人が生きている、その何気ない瞬間が好きだったのだ。女子高生の会話も、短気な友人も、閉ボタンを連打するサラリーマンも、それぞれが懸命に今日を生きている。その空気に触れることが、私には面白かったのかもしれない。
敵意むき出しの相手でも、機嫌が悪い相手でも、騙されても、利用されたとしても、馬鹿にされ無視されても。
そして美しい風景が無くなり心地よい音が聞こえなくなったとしても。
朝霧の中で見た紅い椿のように、私の心も少しずつ輪郭を取り戻していたのではないか。
私は私が思う幸せなオチを見つけたいと思う。
東京大神宮の神様が椿に囲まれ、いたずらな微笑みをしているような気がした。
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