FBの全額日銀引受廃止(1999年)

今回も簡単な備忘録のためのメモです。今回も必要に応じて大幅にアップデイトします。

現在、Tビル(TDB)として流通していますが、かつてはTBとFBが別々に発行されていました。TBは要は国債なのですが、FBは一時的な資金繰りのための短期証券です。恥ずかしながら最近しったのですが、FBはかつて全額、日銀によって引き受けられていて、1999年の円の国際化という観点で、(為替介入資金を例外に)市中公募入札方式に変わったということです。

当時の状況について速水元日銀総裁が「強い円 強い経済」という著書で、下記のように記載しています。

そのときに一つだけ、自分が日本銀行に戻ってぜひ早急にやるべきだと感じた政策を申し上げた。それは政府短期証券(FB)の全額日銀引き受けの廃止である。私が日本銀行に戻った時点では、FBは未だに全額日銀引受になっていた。FBには①蔵券=一般会計の発行する大蔵省証券、②糧券=食糧管理特別会計の発行する食糧証券、③為券=外国為替資金特別会計の発行する外国為替資金証券の三種類がある。

そのうえで、

日本は中期・長期国債は市中で消化するようになったが、FBを全額日本銀行が引き受けるというのは、どう考えても先進国のやるべきことではないし、円の国際化にもならない。それに、金融市場の発展にも結び付かない。独立性が明記された新日銀法の下で、この遅れている点は真っ先に市場本位へと変えるべきだと思った。円の国際金融市場を作ることこそ、橋本総理がかねてから提唱しておられたビックバンの典型的施策だと思っていたので、この点を申し上げた。

これに合わせて当時の企画室トップを呼び、早くFBの全額日銀引受をやめるよう指示をした。担当官庁と話し合い、改革を進めるにはかなり時間はかかったが、翌1999年4月に金融機関を対象とするFBの市中公募入札方式での発行が実現した。これで短期の国債市場が大きく成長してきたと思うし、歓迎すべきステップだったといってよい。日本銀行が市場から短期国債買取オペを実施したのも、この年の11月からである。金融市場の正常化に向けた改革として、大きな前進だと思っているが、マスコミなどではほとんど書かれなかったように思う。

かつては①蔵券、②糧券、③為券の3つあったところ、1999年からFBの公募入札へ移行して、政府短期証券(FB)として統合されて発行されたということです。その後、FBは2009年にTBと統合されて、今に至るわけですね(下記も参考にしてみてください)。
国庫短期証券の呼び方:Tビル(T-Bill)とTDB|服部孝洋(東京大学) (note.com)

上記について一点、疑問に思ったのは、FBを公募にすることで市場機能を高めたいとか、日銀の独立性を高めたいというのは理解できるのですが、円の国際化というのは、例えば、為替制度などを改革するのであればわかるのですが、FBという円建ての割引債については、少しロジックとして遠いと感じました。この点についてはもう少し直接的なロジックが分かったら追記します。

追記
ちなみに、「ドキュメント 日銀漂流」という書籍に、このFBの一般公募について記載があります。この本では、FBの一般公募入札は日銀の悲願であったものの、旧大蔵省の反対にあったということです。しかし、日銀法が改正されればFBの一般公募入札は実現可能であると日銀は考えていたため、日銀法改正時には戦わなかったという見方をしています。

「稲葉ら法改正チームも当初、FB問題の全面解決を目指していた。しかし、大蔵省では国際金融局が介入資金を市場で調達すると情報が漏れるおそれがあると難色を示し、理財局も国庫管理の観点から反対の姿勢を崩さない。これに主計局も加わって議論を始めると、肝心の日銀法改正が着地できなくなる恐れがあった。このため稲葉らはFB問題を法改正の枠組みで扱うことを断念せざるをなくなる。」(p.93)
「だが、稲葉らは全く別の手を考えていた。新法が成立すれば大蔵大臣に業務命令権はなくなるため、その時点で日銀から『FBは原則として引き受けない』と宣言すれば、大蔵省は嫌でも一般公募入札に切り替えざるを得なくなる、と踏んでいたのだ。」(p.93)

いいなと思ったら応援しよう!