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法律の専門家でも、一般人と同じような認知バイアスの影響を受ける


はじめに:専門家は本当に「公正な判断」ができるのか?

「法律の専門家である裁判官の判断は、公平で合理的である」と思う人は多いかもしれません。長年の訓練と経験を積んだ専門家だからこそ、冷静で客観的な判断を下せるはずだ、と考えたくなるものです。しかし、心理学と法学の研究によると、裁判官も一般の人と同じように認知バイアスの影響を受けることが明らかになっています。

スコットランドでは、強姦事件の有罪判決率を向上させるために、陪審員なしの裁判官単独審理の試験導入が検討されています。しかし、Curley & Neuhaus(2024)の研究では、裁判官の判断が必ずしも公正であるとは限らず、陪審員と同じように認知バイアスに影響されることが示されています。むしろ、陪審員の多様な視点によってバイアスの影響を抑える可能性があることが指摘されています。本記事では、この研究の内容を紹介しながら、専門家の判断に潜む認知バイアスについて考えていきます。

専門家は本当に優れた判断を下せるのか?

裁判官のような法律の専門家は、豊富な知識と経験を持ち、迅速に適切な判断を下す能力があります。そのため、経験をもとに「認知のショートカット(ヒューリスティック)」を活用して意思決定を行います。ヒューリスティックスは短時間におおよそうまく行く判断結果をもたらします。しかし、このショートカットが常に正しい判断を導くわけではありません。

心理学では、知識と経験を積むほどに自信過剰になりやすいことが知られています。経験があるために「自分の判断は正しい」と確信し、異なる意見を軽視する傾向があるのです。

たとえば、「トンネル・ビジョン」という現象があります。これは、一度「この人が犯人に違いない」と思い込んでしまうと、他の可能性を無視してしまう認知バイアスです。裁判官が被告人の過去の犯罪歴や外見、社会的背景をもとに「この人物は有罪の可能性が高い」と考えてしまうと、証拠を客観的に評価できなくなる可能性があります。

また、裁判官が認知バイアスの影響を受ける例として、人種や性別に対する判断の偏りがあります。実際の研究では、黒人被告人の量刑が白人被告人よりも重くなる傾向が確認されており、裁判官の「認知バイアス」が判決に影響している可能性が指摘されています。

裁判官 vs. 陪審員:どちらの判断が公正なのか?

裁判官が陪審員よりも優れた判断を下せるとは限らない理由の一つに、「一貫性のなさ」があります。司法の場では、同じような事件でも裁判官によって判決が異なることがあるのです。これは、人が判断する以上避けられないことです。一般市民が判断する陪審ではより大きなぶれがあり、判断のブレがあることをもって直ちに不公正とは言えません。

また、同じ裁判官でも状況によって同じような課題に対する判断結果が異なることがあります。ある研究では、裁判官による判決の厳しさが、昼食前と昼食後で変わることが示されています。空腹や疲労といった要因が、判断の厳しさに影響を与えている可能性があるのです。もし裁判官が「絶対に公正な判断ができる存在」ならば、このような変動は起こらないはずですが、実際には人間的な要因が大きく影響していることがわかります。

一方、陪審制度には、多様な視点を取り入れるというメリットがあります。陪審員は異なるバックグラウンドを持つ人々で構成されており、議論を重ねることで集団の評議でバイアスに基づく意見が是正され、公正な判断につながる可能性があるのです。もちろん、陪審員もバイアスの影響を受けますが、より多人数で評議することによって、バイアスの影響が和らぐことが期待されます。

日本の裁判制度への示唆

日本では、重大事件において「裁判員裁判」が導入されていますが、その割合はごくわずかであり、大半の裁判は裁判官のみで行われています。そのため、司法制度を考える上で、裁判官の認知バイアスの影響の問題は重要です。

裁判員制度に対しては、「一般の人々はバイアスの影響を受けやすく、適切な判断ができないのではないか?」という懸念の声があります。しかし、Curley & Neuhaus(2024)の研究が示しているのは、裁判官も一般人もバイアスの影響を受けるという事実です。裁判官のみの判断が常に公正であるとは限らず、陪審制度が持つ「多様な視点を取り入れる」利点を無視することはできません。

もちろん、陪審制度にも問題点はあります。陪審員が適切な判断を下せるようにするためには、認知バイアスや法的知識に関する教育の強化が必要です。たとえば、性犯罪の裁判では「レイプ神話(誤った性犯罪に関する固定観念)」が陪審員の判断に影響を与える可能性があります。そのため、裁判前に適切な教育を行い、偏った見方の影響を最小限に抑える工夫が求められます。

より公正な司法制度のために

法律の専門家である裁判官も、一般の人と同じように認知バイアスの影響を受けます。専門知識があるがゆえに「自分の判断は正しい」と過信し、バイアスの影響を認識しにくいという問題もあります。

公正な裁判制度を実現するためには、市民参加制度の長所を活かしつつ、教育やバイアス対策を強化することが重要です。多様な意見を適正に取り入れる仕組みを整えることで、より公平な司法が実現できるのではないでしょうか。

法律の専門家であったとしても、必ずしもバイアスの影響を受けない判断を下せるとは限りません。私たち自身も、日常の意思決定において同じようなバイアスの影響を受けていることを意識し、冷静な判断を心がけることが必要なのです。

Curley, L., & Neuhaus, T. (2024). Are legal experts better decision makers than jurors? A psychological evaluation of the role of juries in the 21st century. Journal of Criminal Psychology, 14(4), 325–335. https://doi.org/10.1108/JCP-12-2023-0079


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