赦しの言葉は、人を変えるエネルギーになる
木下晴弘さんの、人生の見え方が大きく変わる「対」の法則 逆境を生き抜く「バランスマインド」とは(青春出版社)を読みました。
なかなか示唆に富む本で、感動しました。
この中に四国の愛媛県の話がありました。それはこのような話です。

小学校に入ったばかりのお孫さんが、放課後に自転車で遊びに出かけ、道路に飛び出したところを運送会社のトラックに轢かれて亡くなってしまいました。
葬儀の日、運送会社の社長さんと運転手さんは、孫を失ったおばあさんに土下座をしたまま動きませんでした。
それで赦されるとは思えない。でも、そうする以外になかったのです。
すると、おばあさんは、こう言われたそうです。
「どうか、頭を上げてください。この子はこの年齢でこの世を去る運命だった。そのきっかけとなる、こんな嫌な役目をあなた方に背負わせてしまって申し訳ない」
その言葉を聞いて、運送会社の社長さんと運転手さんは肩を奮わせながら、その場で泣き崩れました。
そして、3年後。なんと、事故を起こした運送会社は、警察から最も安全運転に力を入れて、愛媛県の事故率減少に大きく貢献した会社として表彰を受けるまでになりました。
もう二度と絶対にあんなことは起こさない。運送会社の社長はじめ社員全員が信念を貫いた結果でしょう。
このおばあさんは、相手を赦したのではないのです、とありました。
自分の怒りを自然な形で手放したのだ、と木下さんは解説を加えていました。
真の赦しのエネルギーは人を変えることがある、とも言っておられました。
これを読んで、全く同じエピソードを思い出しました。

宮崎交通の創業者の岩切章太郎さんの「無尽灯」(鉱脈社)という本の中に、このような話があります。
バス会社を創業してまもない昭和3年12月29日に、会社のバスが大淀川に落ちて、市内のある工場長が亡くなりました。
この事故で、岩切社長は、遺族に弔慰金を支払いました。
新聞は「市街自動車」ではなく、「死骸自動車」だと悪口を書きました。
株主は前途を失望して、今のうちに株を売ると言い出します。
岩切社長は、初めての仕事で人を殺した痛手がこたえたのか病気にかかって療養を余儀なくされました。
転地先から帰ってくると、会社の重役と株主有志の話し合いの結果、株を売却することに決まったという報告を受けました。
しかし、岩切社長は、「市民の足」となるように始めたバス会社を完成ぜずに処分することに絶対反対だ、と言い会社を継続します。
事故は会社にとっても、岩切社長にとっても致命的な打撃でしたが、心に残った言葉があったのです。
それは、亡くなった工場長の兄の言葉でした。
「死んだ弟はしかたがないが、岩切さん、どうか弟を犬死にさせないようにしてください」
岩切社長は、療養先でこの言葉を一生懸命に考えていたのです。
どうしたら犬死にさせないですむか。
そうだ!
会社がもし「無事故の会社」になれば、死も尊い意義が生まれる。
岩切社長は、さっそく会社の再建に立ち上がります。
第一は事故対策です。中古品の車を全て入れ替える方針を立てました。
第二は従業員の精神的向上対策です。毎月29日を修養会の日と定めて、無事故に精進することにしました。
やがて宮崎交通は市民の足となります。
岩切章太郎社長は、フェニックスを植えて、「宮崎観光の父」とも呼ばれるようになりました。
その原点は、バス転落事故で亡くなった工場長の兄の「犬死にさせないでくれ」という言葉にあったのです。
もしこのとき、株を売って会社を手放していたら、宮崎にはフェニックスがなく、橘公園や堀切峠、日南海岸もないと思うとぞっとします。
赦しの言葉は、人を変えるエネルギーになると感じました。

それにしても、フェニックスのない宮崎は想像もできません。
フェニックスは宮崎の象徴です。
フェニックスは「不死鳥」を意味します。
宮崎のひなたが世界で一番似合っていた巨人軍の長嶋監督の言葉を使えば、「宮崎は永遠に不滅です」。
