コーヒーを飲んで医学の王子様「アビセンナ」を想い、シチリア産の白ワインを飲んで医薬分業の生みの親フリードリヒ皇帝を想う
熊本の小国町の北里柴三郎記念館で、マグカップを買ってきました。
黒と白があり、両方買いました。
毎朝、この2つのマグカップを交互に、コーヒーをいれて飲んでいます。
北里柴三郎先生の公衆衛生のパワーが、五臓六腑に染み渡る気がしております。
コーヒーはもともと薬でした。
この薬効を世界に広めたのが、アビセンナ(イブン・シーナ)です。
1025年に書き上げた「医学典範」は、アラビア医学の最高峰とされています。
医学の王子様とよばれたアビセンナの医学典範は、アラビア語からラテン語に訳されました。
アビセンナの死後600年間にわたって、西ヨーロッパの医科大学で広く使用されています。
ギリシャで生まれた西洋医学は、アラビアのイスラム諸国に伝わり、東から来たインド医学と融合して、ヨーロッパに逆輸入されます。

地中海は、イスラムやアジアとの交易が発達して、それまでに手にしたことがなかった珍しい薬物が流入しました。
それらの貴重な薬物の取扱いを巡って、各地で調剤師と香辛料商人などの間で争いが勃発します。
シチリアの神聖ローマ帝国の皇帝フリードリヒ二世は、新しい時代に適合した「医薬勅令」を発布しました。
1240年頃のことです。
地中海海域で拡大した交易圏からもたらされる多種多様な貴重な薬物に対し、フリードリヒ皇帝は高額な税金を課す見返りに、特定の技術を持つ薬剤師に限ってそれらを扱う特権を認めました。
当時のヨーロッパでは、医師が自ら薬草を調合して患者に与えるのが一般的でした。
しかし、このように医師が薬を売って儲かる仕組みだと不要な薬や高額な薬を大量に処方するインセンティブが働いてしまいます。
当時は医学・薬学が発展途上であり、毒と薬との境界線が曖昧でした。
診察する人と薬を作る人間を分けることで、暗殺(毒殺)のリスクを減らし、調剤ミスをダブルチェックする体制が必要だったのです。
薬勅令の内容は、次の5つです。
1 医師と薬剤師の完全な兼業禁止
医師が自ら薬を調合して販売すること、また薬剤師が患者を診察して処方することを禁止する
2 薬局(薬商)の開業許可制
国が認めた一定の基準を満たした場合のみ薬局の開設を認める
3 医師と薬剤師の癒着の禁止
医師が特定の薬局と裏で手を結び、患者に高額な薬を売りつけて利益を分け合うような行為(リベート)を禁止する
4 公定価格の性知恵
薬の価格を国や地域がコントロールし、薬剤師が暴利をむさぼれないように上限を設ける
5 官吏(医療検査官)による法定監査
薬の品質が保たれているか、粗悪な成分が混ざっていないかを定期的に検査する仕組みの設置
この医薬勅令が医薬分業の始まりとされています。
フリードリッヒ皇帝の医薬法の勅令では、当時ヨーロッパの医学の最高峰とされていたサレルノ医学校が認めていた「ニコラの大方鑑」に従った薬の処方が規定されていました。
このシチリアでの試みが基礎となり、その後のヨーロッパ各国の薬事法のモデルとなりました。
医薬分業は、シチリアから始まりました。

先日、ワインセラーを買いました。
まだ、ガラガラで、ワインは入っておりませんが、これからは、シチリア産のイタリアのワインを入手しようと思います。
公衆衛生の歴史を知ると、楽しくなります。
気の持ちようかもしれませんが、「母親の破壊」と言われたジンを飲んで、英国の公衆衛生の歴史を振り返ってみたり、オーストリアのワインを飲んで、ジエチレングリコールのことを考えたりすることができます。
北里柴三郎記念館で買ってきたマグカップにあった文字は次のとおりです。
Sophia kai Ergon
KITASATO UNIV.
「きたざと」ではなく、「きたさと」だったのですね。

また、文字が読めなかったので、写真を撮ってGeminiに聴いてみました。
すると、すぐに答えが返ってきました。
ギリシャ語でした。
Sophia は「叡智」「知恵」
kai は「~と」「及び」で、英語の and に相当します。
Ergon は「実践」「業(わざ)」「仕事」「行動」
「叡智と実践」あるいは「知恵と行動」を意味するとのこと。
北里柴三郎は、医学・医療や生命科学の発展において、「ただ知識を蓄えるだけでなく、それを実際に社会や人々のために活かす(実践する)」という実学主義を貫きました。
こうした実践主義の精神が込められた北里大学のマグカップでした。
公衆衛生にふさわしいと思いました。
コーヒーを飲んで医学の王子様「アビセンナ」を想い、シチリア産の白ワインを飲んで医薬分業の生みの親フリードリヒ皇帝を想う……。
生活で公衆衛生へのこだわりを見つけると、楽しいです。
