両親が出会っていなければ今の自分はいないし、両親の両親が出会っていなければ今の自分はいない
今年度から宮崎県立看護大の保健師の大学院コースで、保健医療福祉行政論を講義しています。
4月から8月までに毎月1回、土曜日の午前中に2コマ180分を担当しています。
これまで、4月と5月と6月の3回分が終わったところです。
一番最初のときは、スライドを100枚以上用意したのですが、全部は紹介しきれずに、2回目以降は60枚ほどにしました。
最初の経験で、一枚のスライドに約3分かかることを学習しました。
それに、一方的な講義ではなく、受講者ひとりひとり順番に指して質問を投げかけるので、時間がかかります。
担当の松本憲子教授のご厚意により、大学院生だけでなく、大学外の宮崎県職員も講義をオンラインで聴けるようにしてくれました。
その結果、講義内容が大学にいない人まで共有できることは、大きな驚きです。
自分がオンラインで講演を聴いたりすることはありましたが、自分が発するということはなかなかありません。

1回目は、オリエンテーションと公衆衛生の理念などについて話をしました。
2回目は、保健医療福祉の制度の変遷について話をしました。
3回目は、地方自治体や、財政の理念や仕組みについて話をしました。
教科書を見ると、何年に何があり、何年にナントカ法が成立したとか、無味乾燥な記事が並んでおり、全く面白くありません。
私も、昔はこうした記述を見ると眠くなってしまいました。
特に今でも思い出しますが、宮崎西高の日本史の時間は面白くなかった。
しかし、同じ時期に放映されていたNHKの大河ドラマ「獅子の時代」は面白かったです。

幕末の慶応3(1867)年に日本からフランスの万国博覧会に幕府から派遣された会津藩士の菅原文太さんと薩摩藩から派遣された加藤剛さんが、フランスでチャンバラをすることから始まりました。
翌年が明治維新の1868年(明治元年)です。
菅原文太さんが日本に帰ってきたときには、幕府が亡くなっていました。
菅原文太さんは、会津に帰って会津若松城で新政府軍と戦い、1869(明治2年)年の箱館五稜郭の戦いにも参加します。
一方の加藤剛さんは、新政府の司法省に入り佐賀藩出身の江藤新平司法卿の下で、司法権の独立を目指して裁判所の整備などを行います。
加藤剛さんは、フランスで学んだポリス(警察制度)を日本に導入しようして、西郷隆盛から了解を取り付けます。
1873(明治6)年の征韓論をめぐって西郷隆盛と江藤新平が明治政府を辞めて、加藤剛さんは大久保利通が創設した内務省に移ります。
1874(明治7)年に佐賀の乱が起きて、その首謀者となった江藤新平はさらし首になります。
1877(明治10)年に西南戦争が起き、加藤剛さんはポリスを率いて西郷軍と戦います。
西郷隆盛は城山で自害し、翌1878(明治11)年5月14日に大久保利通が紀尾井坂で石川県士族ら6名に襲撃されて亡くなります。
菅原文太さんは、北海道を脱出してから、東京で人力車をひいておとなしく余生を送ろうとしたのですが、大久保利通暗殺にも関与していると疑われて逮捕され、北海道の樺戸の刑務所に送られます。
後ろ盾の大久保を失った加藤剛は、北海道庁に左遷されます。
北海道で二人は囚人と官吏として再会することになります。
今から45年前のドラマですが、克明に覚えております。
単なる年号の暗記ではなく、会津藩士と薩摩藩士の二人の主人公が交差する歴史ドラマだったからだと思います。
どうもストーリーがあるものは記憶に残るような気がします。
そのため、宮崎看護大での講義では、歴史をストーリーとして捉えるようにと伝えました。

大久保利通が暗殺されてから百年後の1978年に、旧ソ連のアルマアタで、WHOとユニセフが主催する国際会議が開かれて宣言が出されました。
これがアルマアタ宣言です。
アルマアタ宣言が出された1978年は、米国に代表される資本主義諸国と、ソ連に代表される社会主義諸国が激しく対立した中で、ぽっかりと静かになった、そういう年でした。
アルマアタ宣言で、プライマリケアが世界に広がったのです。
住民の身近なところで、住民も参加してケアのあり方を検討して、公衆衛生活動を行いましょうというような宣言です。
この宣言の内容は、現代のSDGsに引き継がれています。
日本では、地域保健の主役が保健所から住民に身近な市町村に移りました。
国保保健師が市町村保健師へと身分が移管されました。
市町村保健センターの設置が進められました。
この年から開始された国民健康づくり運動は、現代の健康日本21へとつながりました。
市町村が実施主体となる老人保健事業(ヘルス事業)が創設され、これは現在の特定健診・特定保健指導となっています。
現代につながっていると分かれば、アルマアタ宣言というものは、どのような内容なのか、調べて見ようという気になります。
アルマアタ宣言はWHOが主導しましたが、SDGsは国連主導になっています。
つまり国連は、WHOの仕事を取り上げたわけです。
外務大臣に外交をまかせるのではなく、重要なことなので総理大臣や大統領が行う首脳外交に変わったということです。

歴史を知ると、その継続性がよく分かります。
いわば、先祖のようなものです。
自分の先祖のことを知ると、自分が今生きていることが奇跡のように思えます。
両親が出会っていなければ、今の自分はいません。両親の両親が出会っていなければ、今の自分はいません。
歴史を知ることは、いわばお墓参りをして、自分の存在を確認するようなものです。

公衆衛生やそれに伴う保健医療福祉行政の変遷を知ることは、今の保健所や県庁での仕事を確認するようなものです。
こうした自分の出自や起源を知っておくと、仕事に張り合いが出ます。
先祖からのパワー(霊力)のようなものを感じて、いろいろとやってみようという気になります。
そういう先祖や先輩方に感謝をすることによって、さらに霊力が高まっていきます。
実際に家をつくってきたご先祖さまや、制度を創設した諸先輩のことを知らなければ、感謝の気持ちはわきません。
歴史を勉強し、感謝することを増やしていくと、なんだかいいことがあります。
NHK大河ドラマ「獅子の時代」の挿入歌は、阿木燿子さんが作詞、宇崎竜童さんが作曲しています。
「アワー・ヒストリー・アゲイン」という曲名です。
サビの歌詞がかっこいい。
Ah
繰り返す時を見逃すな
熱く燃えて生きる
OUR HISTORY AGAIN
ハベレオ通信の応援ソングです。
