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米国は、朝鮮戦争に従軍した兵士の遺体を収集して、個人識別の上修復して、合衆国国旗にくるんだ棺桶を遺族のもとに届けていた

昭和25年6月25日の日曜日の早朝に、北朝鮮軍は南に向かって奇襲攻撃をかけてきました。

このとき、マッカーサー元帥は、東京の寝室で眠っていました。

油断していた日本にいる米軍の部隊は、急遽、朝鮮半島に送られました。

日本を守る軍事組織が空白になったので、
マッカーサーは、
日本政府に警察予備隊の創設を「許可」しました。

文書の形式は「許可」ですが、命令です。

これが後に自衛隊となります。

東大にいた人類学教室の日本人の研究者が集められ、北九州の小倉に送られました。

人類学の研究者の仕事は、個人識別をすることでした。

米国は、朝鮮戦争に従軍した兵士の遺体を収集して、その遺体が誰であるかを特定し、さらにその遺体を修復(エンバーミング)して、当時の値段で1箱10万円もする棺桶に詰めて、合衆国国旗にくるんで、米国の遺族のもとに届けていました。

今なら100万円以上するでしょう。

米国の個人識別の技術は、進んでいました。

恥骨結合で、年齢を推定する方法も確立していました。

こういったことを全く知らなかった日本人の研究者たちは、人類学者として恥ずかしかったと回想しています。

現在なら遺伝子検査がありますが、当時は、遺体を発見した場所、所属する部隊、作戦命令、年齢、人種、体格、皮膚の色、入れ歯、入れ墨などで識別しました。

この個人識別をする部隊は、
松本清張の小説「黒字の絵」にも登場します。

この「黒字の絵」をかなり参考にしているなと思ったのが、故森村誠一先生の「人間の証明」です。

どちらも入れ墨のある黒人が登場します。

厚労省の審議官をしていたときに、
自民党の「エンバーミング議連」に参加するように
言われたことがあります。

恥ずかしながら、エンバーミングについては、
全く知識がありませんでした。

そこで、エンバーミングの業者を視察させてもらいました。

亡くなった後に、全身の血を抜いて、防腐剤を注入して腐敗の進行を止めます。

防腐剤処理したご遺体は、49日間はご自宅に置いても腐りません。

抗がん剤の治療を受けて、
副作用で痩せて頬がこけた顔貌を、
元気だったもとのふっくらした状態に
修復します。

顔面に大きな腫瘍がある場合は、
それを除去して
元通りの顔に修復することもできます。

健康なときの姿のままのご遺体なので、
ご遺族にとって癒やしが得られるそうです。

エンバーミングの実力を、
まざまざと見せつけられました。

病院には臨終セットというものがあります。

ご臨終の後に、看護師が顔をきれいに拭いて、化粧をしたり唇に口紅をさしたりすることがありますが、比べものになりません。

人身災害の後に、こうしたエンバーミング技術が必要になる場合があります。

外国でテロにあって亡くなったご遺体を、
そのままの形でご遺族に引き渡すと
ショックを受けることが大きいので、
エンバーマーが事前に修復をすることがある
と言ってました。

エンバーミング技術を養成する学校があります。

ちなみに、一番有名なのはタレントの壇蜜さんで、彼女はエンバーミング学校の卒業生です。

「故森村誠一先生」と書いたのは、
私が東京にいたときに森村先生が主催する
小説教室に通っていたからです。

先生のご自宅に
一度おじゃましたことがあります。

一軒家の1階の部屋を囲むように本棚があり、
ぎっしりと詰まった本は、
すべて先生の著書でした。

驚く教室員たちに、
あと100冊書くと言っておられました。

昨年、宮崎日日新聞で「ひまわり」を連載した
宮崎出身の新川帆立さんも、
同じ小説教室に通っていました。

デビュー作「元彼の遺言状」は、100万部売れています。

いつか追いつかねばと、小説のネタを構想中です。

朝鮮戦争での個人識別やエンバーミングの話は、埴原和郎先生の「骨を読むーある人類学者の体験」(中公新書)に詳しいです。


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