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戦争の最大の抑止力は「報復されるのが怖い」という単純なものである。報復されないとわかれば容易に介入してくる

ロシアとウクライナ戦争では、当初は、ロシア軍は大量破壊兵器である生物化学兵器や核兵器を使用するかもしれないと危惧されていました。

現時点では、大量破壊兵器は使用されておりません。

大量破壊兵器の使用に踏み切るかどうかは、国際的な批判を浴びるとかいろいろありますが、一番の理由は、「自分たちが報復されるかどうか」にかかっています。

化学兵器が史上初めて登場したのは、第一次世界大戦のドイツ対フランス・イギリス連合軍の戦いにおいてです。

場所は、ベルギーの西の端にある都市イーペルです。

両軍が塹壕の中で向かい合って、膠着状況となっていました。

1915年4月22日の夕刻、ドイツ軍側から風が吹いてきました。

それに合わせて6000本のボンベから塩素ガスが放出されました。

空気よりも重く、這うように向かってきた高さ1mほどの白い煙は、フランス・イギリス連合軍の塹壕の中に沈んでいきました。

白いガスを吸い込んだ兵士たちは、たちまち目が充血して、口から泡を出し、嘔吐しました。

連合軍は約5千人が死亡して、1万5千人が中毒となりました。

これが世界初の化学兵器で、塩素ガスによる攻撃でした。

しかし、風まかせの攻撃でしたので、風向きが変わると自分たちの軍隊が被害を受けることがありました。

これを防ぐために、砲弾の中に液体ガスをあらかじめ入れておき、弾着した衝撃で気化するように仕組んだ毒ガス攻撃が主流となりました。

両陣営では、塩素ガス、青酸ガス、マスタードガスなどの毒ガスを開発して、大々的に使用しました。

第二次世界大戦においては、更に強力な、サリンやVXガスなどの神経ガスが開発されていましたが、使用はされませんでした。

その理由は、極めて単純で、ドイツ軍などの枢軸国、イギリスなどの連合国の両軍とも、相手からの報復を恐れたのです。

ヒトラーは、第一次世界大戦に従軍して毒ガスを浴びた経験があり、ドイツ軍での使用を許可しませんでした。

史上初めて毒ガスが使用されたベルギーのイーペルには、昭和天皇が皇太子時代に視察をしています。

米軍が硫黄島を攻撃する際に、地下要塞化している硫黄島を攻撃すると米軍への被害が大きいと予想して、毒ガス使用を検討しました。

しかし、日本軍も大量の毒ガスを保有していることから、報復を恐れて使用はしませんでした。

日本から風船爆弾を飛ばせて、米国本土を攻撃する作戦では、風船の中に生物兵器である牛疫ウイルスを入れることが検討されました。

アメリカの牛は、アジアで流行している牛疫に関する免疫を持たないので、感染させれば牛を皆殺しできるほどの威力がありました。

しかし、陸軍の梅津参謀総長は許可を与えませんでした。

それは報復を恐れたからです。アメリカは米を枯らす生物兵器を持っており、それを飛行機から撒かれるという恐れがありました。

戦争の最大の抑止力は、「報復されるのが怖い」という単純なものです。

逆に言えば、報復されないとわかれば、容易に介入してきます。

戦力の空白域ができると、そこは戦争が起こりやすくなります。

報復力は免疫力と考えるとよくわかると思います。

免疫力が低下したときに感染しやすくなるように、報復力が低下したあるいはないときは、リスクが高まることを歴史は教えてくれます。

ミサイルが配置されたところは攻撃を受けやすくなるという報道がされますが、逆です。

報復を恐れて攻撃をしなくなるのです。

攻撃されないように平和を守ることは、広い意味での公衆衛生です。

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