股間にゴルフボールが直撃すれば、それは超弩級の大ヒットの予感である
売野雅勇さんの「砂の果実 80年代歌謡曲黄金時代疾走の日々」(河出文庫)を読みました。
売野さんは、作詞家です。
上智大学文学部英文科を卒業して、コピーライター、ファッション誌副編集長を経て、1982年に中森明菜さんの「少女A」の大ヒットになり、作詞活動に専念しています。
以来、チェッカーズ、近藤真彦、河合奈保子、シブがき隊、郷ひろみ、ラッツ&スター、稲垣潤一、オメガドライブなどへの数多くの作品により80年代アイドルブーム、シティ・ポップブームの一翼を担う。
90年代以降は、坂本龍一、矢沢永吉から中谷美紀、GEISHA GIRLS、SMAP、森進一まで幅広く作品を提供する一方、映画・演劇にも活動の場を広げる。
そのように文庫本のカバーにありました。
私が今まで強烈に意識した作詞家は、なかにし礼さんと阿久悠さんの二人でした。
80年代の黄金時代に誰もが耳にしたヒット曲の作詞を手掛けた才能の持ち主の自叙伝には、大いに感動しました。
その中から公衆衛生学的なエピソードを紹介させていただきます。

大ヒットした中森明菜さんの「少女A」を作詞した売野さんには、仕事の依頼はほとんどありませんでした。
作曲した芹澤廣明さんと共に、売野・芹澤のコンビは「一発屋」と思われたのかもしれません。
続くヒットが書きたくて仕方なかったのに、レコード会社からは注文がありませんでした。
「それはそうと、ヒット祝いをしてやろうじゃないか」と社長が言い出しして、阿久悠さんの別荘が近いゴルフ場に行き、帰りにその別荘に寄ることになりました。
8番ホールで「事件」は起こりました。
隣のプレイヤーが放ったゴルフボールが、売野さんの急所を直撃したのです。

キャディさんが差し出したクラブを受け取ろうと手を伸ばした瞬間、下半身に衝撃を感じ、同時に強烈な熱さが下腹部あたりに一気に広がった。
何が起こったか理解する間もなく、ぼくの目には、キャディさんが両目を見開き、口を開けた驚きの表情が映った。
それから一秒とおかず、悲鳴を上げずにはいられないほどの激痛が、急所を思い切り叩きはじめた。
次に、ぼくがみたものは両足の真ん中あたり、緑色の芝の上に落ちている真っ白なゴルフボールだった。「!?」。
状況を理解したその瞬間、ぼくはどっと倒れこみ、叫び声を上げながら、芝生の上を転がり、のたうち回った。
涙が両目からあふれてきた。
(中略)
芹澤さんと社長が駆け寄ってくる姿を、涙で霞んだ視界に見たような気もした。
「跳ねろ! 跳ねろ!」
社長が、必死な声で、ぼくの耳元で怒鳴っていた。
「金玉打ったんだろ!? なら、売野ッ! 跳ねろ! 跳ねるんだ!」
「こんなに痛くて、跳ねられるわけがないだろう」そう叫んでやりたかった。
そのときの状況を売野さんは、このように書いています。
読むほうも痛い!

その後、ゴルフ場の副支配人が、売野さんを車で病院に連れて行き、外科の女医から診察を受けました。
パンツを脱いで診察を受けました。
女医はビニールの手袋をして睾丸のあたりを触診しました。
「あ、ここが痣になっていますね」と、左の内股を人差し指で押しました。
「よかったわね。ボールが上手い具合に急所を避けて、この内股に当たったのね」
「いえ、でも、あの痛みは、急所を避けた痛みとは、思えませんけど」
「うん、急所は急所なんだけど、芯を食わなかったのね」
「先生、器官的には、支障はありますか? 子供ができなくなるとか?」
「大丈夫だと思います。いま睾丸が腫れているわけじゃないから」
「海綿体が損傷しているってことも、ないですか?」
「それも心配ないですね。海綿体が切れてたりしたら、大きさが、そんなもんじゃないから」
女医は、売野さんの幹部に黄色い湿布薬を塗って、パンパースを付けて帰るように言いました。
念のための痛み止めの薬を処方しました。
病院の診察料は、ゴルフ場の副支配人が払いました。
阿久悠さんの別荘に行く途中に、社長は、言いました。
「こんなことが、目の前で起こるんだからなあ、君ら、これ、一発屋どころじゃないぞ。かならずでかいのが、もう一発くるよ。安心して待ってなよ」
阿久悠さんのお別荘のリビングからは、真っ青な海が見晴らせました。
阿久悠さんは、太平洋を眺めながら、つぶやくように言いました。
「これは、ひょっとすると、超弩級の大ヒットを当てるという、そういうことかもしれんねえ」
それから半年後、芹澤さんと売野さんは、九州の久留米から上京してきた7人組のドゥワップ・グループに出逢うことになります。
チェッカーズの時代が始まろうとしていました。

芹澤・売野コンビの「涙のリクエスト」は大ヒットしました!
「悲しくてジェラシー」、「星屑のステージ」、「ジュリアに傷心」などのヒット曲を連発しました。
「星屑のステージ」は、ちあきなおみさんの「喝采」をイメージして作られた曲です。
「このバラードは、悲しい物語が見える、ドラマチックな歌詞にしてください」という依頼に応えたものでした。
「思いっきり泣かせる。お客さんが、あれ、これってチェッカーズのリアル・ストーリー?なんて思ってくれたら成功かな。ちあきなおみさんの『喝采』みたいな詩です」
言われてみると、そんな感じです。
俺の歌届くかな お前のその空へ
最後まで夢だけは あきらめないでねと お前が心に告げる
暗がりにひとつだけ 空のシート光 お前が愛した場所さ
星空で手をたたく お前の拍手だけ聴こえない
当時私は、「お前」と呼ばれる女性が、故郷の久留米市に実在しているのかと、想像しました。
「ジュリアに傷心」は、5回も書き直しをしています。
何度も書き直したお陰で、その歌詞は密度の濃いものになった。
それ以降、このレベルの密度の濃さが、自分のスタンダードになった気がする。
それゆえ、自分を苦しめることにもなるのだけれど、本当の作詞家にやっとなれたように思った。
売野さんは、このように書いています。
股間にゴルフボールが当たっただけでは、ダメだと理解しました。
公衆衛生的にも、股間の痛みを乗り越えて、脳髄を絞り出す、たゆまぬ努力が必要です。苦しい結論となり恐縮です。
