卒前教育における「地域医療」の実習は不可欠であり、大学内の「蜃気楼」では勉強できない
全国地域医療教育協議会の監修による「地域医療学入門」(診断と治療社)を読んでいます。
2024年の改訂第2版で、一番新しい「地域医療学」の入門書となります。
執筆陣には、自治医大学長の永井良三先生を始め、自治医大の医学教育センター及び地域医療学センター地域医療学部門に所属する先生が多くいますので、日本で一番地域医療を実践している自治医大の関係者が多く関与しているのだと感じました。
最初に「本書の使い方」が示されておりました。
「地域医療をはじめて学ぶ人達のための入門書」というポジショニングです。
まず、文部科学省の医学教育モデル・コア・カリキュラムに沿った内容となっており、医学科での卒前教育に適しているとありました。
次に、医学部進学を目指す高校生にとっても背景知識の獲得に役立つとありました。
その上、他の医学系学生向けの章、大学教員・指導者用の章も用意されており、全体として包括的な内容がわかりやすく解説されている本だと強く感じました。
総論の中で、「地域医療の定義と歴史的変遷」について、神戸大学大学院地域医療教育学の岡山雅信先生がまとめており、大変参考になりました。

コア・カリは、「地域の視点とアプローチ」で、キーポイントとして以下の3点が示されていました。
①地域医療の役割は、幅広い活動を通して、地域の特性を考慮しながら、地域で暮らす人々と地域社会の健康問題とニーズに適切に応え、また地域に貢献することである。
②地域医療の定義は定まったものはない。いくつかの定義をまとめると、地域医療とは「地域社会とその住民の暮らしを支えるために、幅広い健康問題や要望に対する包括的な活動」と言い換えることができる。
③日本では、農山漁村地域の医師不足解消のために現地に赴任した医師が、住民の生活を支えるために必要な活動を展開することを通して、地域医療が確立されてきた。
地域医療は、地域に住む人々の健康問題を解決するための包括的なソリューション医療であり、顧客ベースの活動になるので幅の広いバリエーションがあり、それこそ地域が変われば、提供する包括的医療もアプローチも違ってくることになります。
そうした「変幻自在」な地域医療を、一律的に教科書にまとめて、大学で教えることは困難だと思います。
卒前教育における地域での実習は不可欠で、大学内の「蜃気楼」では、勉強はできません。

水俣病はまさに「地域医療」を通じて、地元の健康問題が抽出されてきたものだと感じました。
水俣病が「奇病発生」として公的機関に報告されたのは、昭和31年5月1日のことです。
重症な神経症状を呈する幼い姉妹を診た小児科医が病院長に報告して、連休の谷間の中で病院長が直ちに水俣保健所に届けるように指示しています。
水俣湾の漁師の家に生まれた姉妹を診察した小児科医は、最初は日本脳炎を疑いますが、季節は4月でまだ蚊がいない時期でした。
このため後に家庭内での金属による中毒を疑いますが、念のために近所に似たような症状を持つ子どもがいるかどうか母親に聞きました。
母親の答えは「います」でした。この回答から地域での集団中毒を疑って、院長に報告したのです。
水俣保健所では、早速熊本県庁に報告するとともに、医師会を通じて管内の医療機関に似たような患者がいないかどうか照会しています。
症例定義をして、その患者の居住地を地図上にプロットするなどの疫学調査を行いました。
このときの病院や保健所、医師会の対応は、高く評価されています。
水俣に住む医療従事者たちは、趣味の釣りを通じた付き合いがあり、地元の漁業従事者の生活状況をよくつかんでいたといわれています。
岡山先生はこう言っております。
地域での医療の実践としては、特定の場所や地区での限定された活動(たとえば、病気の診断と治療に専念、または疾病の早期発見・治療に専念)では十分とはいえない。
幅広い活動を通して、地域の特性を理解したうえで、さまざまな視点から、地域で暮らす人々と地域社会の健康問題とニーズに対して適切に対応し、また地域に貢献することが、地域での医療の実践、つまり地域医療の真の姿といえる。
水俣病の最初の発端のエピソードを鑑みると、なるほどと思いました。
遠くから医療機関に通って医療機関で患者を診るだけだったら、地元の健康上の異変に気がつかなかったかもしれません。

岡山先生は、WHOの「地域医療の定義」を紹介しております。
地域医療
・地域社会の健康に焦点をあて、予防や社会医学の視点も含めて、個々の住民よりむしろ人々の病気と健康の両方のニーズに、幅広くまた包括的に対応する活動。
・地域住民が抱えるさまざまな健康上の不安や悩みをしっかり受け止め、適切に対応するとともに、広く住民の生活にも気を配り、安心してくらすことができるよう、見守り、支える医療活動。
「地域医療」という言葉が、我が国でいつ生まれたかは定かではないそうです。
欧米での医療概念である community medicineの日本語版として使われ始めたと言われています。
しかし、国民健康保険分野では、1958年6月に岩手県の国保直診医師研究会の名前を「岩手県地域医療研究会」と改めたときに、はじめて公的に「地域医療」が使われたのではないかとされているそうです。
医学教育においては、2001年に策定された医学教育モデル・コア・カリキュラムに、2007年に「地域医療」が初めて記載され、2011年には入学時点から段階的・有機的に地域医療を体験する必要があるとされました。
岡山先生は、およそ50年の年月を経て、地域医療の概念が確立されたと考えられると言っております。
その歴史の中で、長野県農業会佐久病院(現・佐久総合病院)の「農村医療・健康管理」の取組、岩手県沢内村(現・西和賀町)の「生命尊重の行政」の取組、広島県御調町(現・尾道市)の地域包括ケアシステムの取組を紹介しています。
いずれの取組も、中心的な人物がいました。
それぞれ、若月俊一、深沢晟雄、山口昇ですが、この医師2名と村長1名の話は、別の機会に改めて紹介させていただくことにしたいと思います。
