見出し画像

「五番街のマリーへ」は、腸チフスの歌である

新型コロナウイルス感染症では、感染しても全く症状が出ないという無症候病原体保有者がいました。

外見上は全く健康なので、いろんなところで活動して、感染を広げていくことになります。

腸チフスという病気があります。

腸チフス菌が感染して起こる病気ですが、この腸チフス菌は胆のうにある胆汁が大好きです。

腸チフスもまた、無症候病原体保有者があることで有名です。

感染しても発病せずに、胆のうの中にずっと棲んでいて、糞便の中に腸チフス菌を排出しつづけます。

本人は健康そのもので、何の症状もありません。

「チフスのマリー」は、公衆衛生の世界では知らない人はいません。

マリーは、1901年に、アイルランドから米国に移住してきました。

料理人としてニューヨークのある家に雇われます。

その家から腸チフスが発生しました。

マリーは、ニューヨーク市内で合計七軒の家で働きます。

マリーが働いた家では、全て腸チフスが発生しました。

ニューヨーク警察に逮捕され、料理人として働かないことを条件に、釈放されました。

しかし、マリーは偽名を使って料理人として働いたのです。

また、その家では、腸チフスが発生しました。

このため再び逮捕され、ある島に閉じ込められたまま亡くなりました。

「五番街のマリーへ」という高橋真梨子さんの歌を聴くと、なぜか、チフスのマリーを思い出します

作詞は阿久悠さん、作曲は戸倉俊一さん。

アイドルのピンクレディーのヒット曲をつくった黄金コンビです。

総理官邸に行ったときに、どこかで見たことのあるお顔を拝見いたしました。

「はて、誰だったか?」

必死で記憶をたどりましたが、そのときは判りませんでした。

その日の夜のテレビで、文化庁の新長官に戸倉俊一氏が就任したというニュースを見て、思い出しました。

作詞家の阿久悠さんは、既に亡くなっています。

明治大学には、卒業生の阿久悠さんのコーナーがあって、直筆の歌詞や著書、写真などが展示されています。

阿久悠さんのご両親は、宮崎県の川南町の出身です。

父は兵庫県の警察官として勤務し、阿久悠さんは淡路島で生まれています。

父は定年後に、宮崎に帰り、高鍋町に家を建てました。

阿久悠さんは、高鍋町で結婚式を挙げています。

阿久悠さんがご活躍されていたときには、宮崎県とこうした関係があることは、知りませんでした。

宮崎県民として、阿久悠さんが作詞をされた宮崎の歌はあるのか、気になっています。

日向岬

いいなと思ったら応援しよう!