見出し画像

米沢と高鍋で藩政改革を行なった兄弟がいる

高鍋町の副町長さんから、漫画「美味しんぼ」の95巻に、高鍋町長になる前の黒木酒造社長が載っているというレアな情報を教えていただきました。

黒木酒造は、
「百年の孤独」という焼酎が有名です。

また、高鍋歴史文庫もいただきました。

その中に、
元宮崎日日新聞に勤務していた和田雅美さんという方が書かれた
「無私の精神の系譜 志に生きた高鍋人」
という本があります。

高鍋藩の第7代藩主の
秋月種成のことが載っており、感心しました。

種成の弟が、後に米沢の上杉家の養子となって
名君として有名な上杉鷹山です。

この兄の種成も、本当にすばらしい藩主です。

恥ずかしながら、
上杉鷹山は知っておりましたが、
秋月種成のことは全く知りませんでした。

高鍋駅のホームには、二人の看板があります。

恐縮です。
これまで「誰?」
という感じでスルーしておりました。

秋月種成が
高鍋藩主としてやったことはたくさんあります。

厚労省と関係のあることは次のものがあります。

当時、全国的に農民は困窮しており、
「間引き」の習慣がありました。

貧困のため、
口減らしのために
産まれたばかりの赤ん坊を殺すのです。

男の子なら「川遊びにやった」といい、
女の子なら「よもぎ摘みにやった」
と語ったそうです。

子どもが減れば農家の人口も減り、
労働力の減退でさらに生産が落ちていきます。

高鍋藩でも間引きは
「なんきんのこやし」と言って、
その悪習は広がっていました。

種成は、
特に子だくさんの農家で間引きが多い
ことに着目して、
子ども三人目からは扶助として、
一日に赤米二合、麦三合ずつを支給しました。

現在でいえば児童手当です。

また、この頃は双子誕生を忌み嫌う風潮がありました。

藩士の一人が双子を捨てたことが明らかになり、種成は「子どもの貴い命をむやみに遺棄した」と逼塞の刑を科しました。

そして、
「双子出生は喜ばしいことである。双子誕生を申し出れば、身分を問わずに米を支給する」
というお触れを出しました。

高鍋では、
妊婦が自力で出産して
あやまって赤ん坊を死なせたり、
産婆の技術が未熟なために
子どもが死ぬことも多くありました。

産婆によって間引きが行われている
という悲しい実態もありました。

種成は、優秀な産婆を外部より招きました。

大坂からみつという産婆を、
破格の待遇で招いています。

三人扶持という給料と支度金、旅費を用意し、
武士と同様に籠に乗ることや、
服装は武士の妻と同じものを着ることを
許可しました。

現在でいえば、
中央から優秀な産科医と助産師を呼んで、
地域周産期医療センターを整備した
ようなものでしょうか。

種成は、
病気の治療薬として
朝鮮にんじんの栽培にとりかかりました。

尾張藩から苗を寄贈してもらい、
それを藩内で広く栽培しました。

藩内で病気がはやると、
藩の倉庫から朝鮮にんじんを取り出して、
農民、町民を問わずに支給したそうです。

江戸から商人がやってきて
藩内で高額の朝鮮にんじんを売ろう
としたことがありました。

藩は
「朝鮮にんじんが必要な場合は奉行所がいつでも渡す」
とお触れを出して、
商人の高い朝鮮にんじんを買わないように
指導しました。

現在でいえば、高額療養費制度かも。

飢饉対策として、種成は「囲い籾」「用心米」という政策も行っています。

これは、豊作のときに農民と藩が互いに籾を貯蓄して飢饉に備えたのです。

また、水を確保するために、ため池を14カ所設けたり、水路を5カ所掘っています。

こうして新田開発を行いました。

天明の大飢饉のときは、高鍋藩では一人の餓死者も出しませんでした。

また農民一揆も発生しませんでした。

黒木酒造のラインナップ

日向市から少し耳川の上流に上ったところに「山陰」という地域があります。

1690(元禄3)年9月に、延岡藩の過酷な年貢の取り立てに抗議して、山陰村の農民1422人が土地を捨てて逃げる「逃散」という一揆を起こしたことがあります。

農民たちが逃げた先は、高鍋藩です。

最終的に幕府の裁定で、
一揆の首謀者は磔、斬首、島流しとなり、
藩主の有馬家は
越後糸魚川へ減俸の上に転封となりました。

その後に延岡藩に来たのが内藤家で、
明治まで続きました。

高鍋藩は、
逃げてきた農民たちの仮住まいの小屋を建て、
食糧の支給や医師を派遣するなどの支援をしています。

農民たちが山陰に戻った後に、
支給された食糧は、延岡藩から返済されました。

現在の災害救助法のようです。

歴史を知ると、
現在とあまり変わらないことが行われていることがわかります。

逆に言えば、
歴史を知ることにより、
未来に起きることに備えることもできます。

ハベレオ通信は、公衆衛生の歴史を知り、
ドラッカーのいう「既にある未来」に対峙する
ためにおすすめの教材です。

スキマ時間にハベレオすると、
気がついたら公衆衛生人になれます。

ハベレオとセンベロは違いますので、念のため。

センベロは千円でベロベロに酔ってしまう居酒屋で、公衆衛生的にも危険です。

産業革命の英国のスラム街では、すぐ酔えるジンが流行して、多くの住民の健康を蝕んだことは、ハベレオ通信に載っています。

いいなと思ったら応援しよう!