平安時代の寝殿造りは、女性が風邪をひきやすく呼吸器病にかかりやすくて早死する。美人薄命とはそういう由来である
椎葉村には、鶴富屋敷があります。
国の重要文化財に指定されております。
私の実家近くです。
正式には「那須家住宅」で、昭和31年6月28日に指定されました。
このときには、茅葺きでしたが、現在は、火災防止のために表面が銅板でおおわれています。
現在は、旅館「鶴富屋敷」となっており、隣接する宿で宿泊ができます。
食事は、重要文化財の屋敷で出てきます。
鶴富屋敷(那須家住宅)は、間仕切りがない、いわゆる平安時代の「寝殿造り」の構造です。
「なんと優雅な……」と思っていたところ、松本清張先生が、平安時代のことを講演でしゃべっておりました。
「歴史をうがつ眼」(中央公論新社)に収録されており、公衆衛生的にも大変示唆に富む話ですので、ご紹介させていただきます。

当時の家宅には間仕切りがなかった。
北方系の家だと、寒さを防ぐために、間仕切りがあって、しかも厚い石の壁で囲まれている。小部屋が多い。
奈良・平安朝の貴族の住居はただ広い板が一つだけで、間仕切りがない。
間仕切り代わりには几帳といって、衝立てみたいなものを置いて、風流な布なんかを垂らしている。
ああゆう建築だったら、内部がだだっ広くて、寒くてしょうがないと思います。
だから平安朝の女性は風邪をひきやすい。
板敷のうえに小さな一枚の畳をしいて、それに座っている。
それに運動不足になる。
当時の恋愛は男のほうが女の住居を歴訪する。
いまでもそうですが(笑)。
男はそういう運動するから健康です。
光源氏などは、ずいぶんこまめに動いている。
で、女性のほうは風邪をひきやすく、呼吸器病にかかりやすい。
で、早死する。美人薄命というのは、そういうところからきた。
それに貴族の女性は坐ってばかりいるから、疥癬にかかる。
皮膚病、これがまた臭いらしいんですね。
恋人に不快を与えてはならないから、それをかくすために香料を求めた。
香道の発達はそれによります。

さらに今度は恋人が家に来てくれないとなると、イライラする。
催促の手紙は和歌です。
それに返歌が恋人から来ますけれど、来るとも来ないとも両方に解釈できるような歌の文句になっている。
裏切られた女性は神経衰弱になって気鬱病になります。
夜になりますと、当時の照明は紙燭といってロウソクが一本、燭台に立っているだけ。
それが光学的な関係で、うしろの壁などに、自分の影が巨大な姿で映る。
ノイローゼにかかっているときですから、われとわが影におびえます。
それがいわゆる「物の怪(もののけ)」であります。
それで陰陽師が活躍し、さらに密教的信仰がはやる。
また、祟りというものも流行する。
ということで、宗教的が呪術的になってくる。
祟りは平安朝からさかんに出てきます。
近ごろ、飛鳥期に祟りがあったようなことをいう素人学者がいますが、モノを知らないのです。
さらに文学の上では、薄命というところから「もののあはれ」という諦念思想になる。
「もののあはれ」の根元は、そういうふうに住宅建築が寒いから、風邪をひく、運動しないから不健康、恋人が来ないからイライラする、ノイローゼになる、現世に絶望感をもつ。
それで来世に希望を託す観音信仰や浄土信仰が流行する、という順序になります。
宇治の鳳凰堂や奥州の金色堂、九州の富貴寺などには、その内陣の壁に極楽浄土のユートピアの絵画が描かれているのも、そういうところからくるのです。
……そういう唯物的にものを見ないものだから、美術史家も文学史家も観念的な解釈にしかならない。

なるほど。
これを読むと、建築は、公衆衛生学的も重要なことがよく分かります。
私が30年前に青森に住んでいたときに、大分に嫁いだ女性が3年も経たずに青森に帰ってきたという話を聞いたことがあります。
その理由が、「九州は寒すぎる」です。
「そんなバカな、青森の方が遙かに寒いです」と言ったら、「部屋の中が寒すぎる。暖房はこたつしかない」ということでした。
確かに、青森では、部屋にストーブがあって、煙突が外に出ておりました。
大きな重油タンクが、家の外に備えられておりました。
考えてみれば、青森は暖かいしつらえでした。
九州にはそのような家はなかなか見られない。
室内の冬の寒さ対策や、夏の熱中症対策は、公衆衛生です。
経済的な弱者を直撃します。
家計に占める食料費の割合をエンゲル係数と呼びます。
それになぞらえて、英国で生まれた「10%指標」という言葉があります。
家計の10%以上を光熱費や燃料費に費やしている状態のことを示した言葉です。
この割合が高くなると、健康で文化的な生活をおくるためのエネルギーを十分に確保できていない「エネルギー貧困」の状態にあると判断されます。
公衆衛生は奥が深く、イギリス人というものは、公衆衛生のセンスがある民族だと感心しました。
NHKの朝ドラ「ばけばけ」で、松江に住んだヘブン先生が、冬を迎えて寒さのあまりに「ジゴク、ジゴク」と叫ぶのはもっともだと思いました。
