「現代の纏足」から解放するゼロドロップとフットシェイプは、歩く公衆衛生である
池田光史さんの「歩く マジで人生が変わる習慣」(ニューズピックス)は、公衆衛生史上最高の到達点にある本ではないかと思える本です。
そのターゲットを「靴」に向けています。
天才レオナルド・ダ・ヴィンチが人体の中で最も注目したのは足の構造でした。
足は、人間工学における最高の傑作であり、芸術作品である。
足の骨の数は左右合計で56個もあります。
全身の骨の数がおよそ206個ですので、その4分の1を足だけで占めています。
骨の数が多い分、関節や筋肉の数もそれだけ多くあります。
細かな部品が大量に使われているハードウェアということになります。
着地のときには衝撃を吸収して、地面を蹴り出すときには硬くなります。
中でも重要なのが、アーチ(土踏まず)です。
走るときには体重の2倍の荷重が身体にかかりますが、まるでバネのように作動して、その衝撃をアーチと足首だけで54%も吸収するとされています。
池田さんは言っています。
自分の足を普段、まじまじと眺めることなどあまりないだろうと。
ゆっくりと、床を踏んでみれば、足がじわりと大きく広がっていく様子がわかるはずだと。
このわずかな動きがバネとなり、日々の歩行の衝撃を吸収します。
これが機能しなければ、衝撃がよりダイレクトに膝や腰に伝わって負担が増すことになります。

さらに足はセンサーの役割を果たしています。
人体の中で唯一、大地とつながる感覚器でもあるのです。
精巧なハードウェアとしての足が取得する情報は、我々が想像している以上に、実に多様にわたります。
圧力や振動、足底にかかる力の変化(傾斜など)といった機械的な刺激からの情報を脳に伝え、これに視覚などを融合させた膨大な情報を蓄積することで、身体は倒れないようにバランスを取っています。
冷たさや暖かさという温度情報を脳に伝えて体温が下がらないようにし、痛みを感じればその信号も脳に送られます。
よく、ピアノを弾くことは、手の指を使うという意味で、脳によい影響を与えると言われます。
かたや、足の指から得られる情報を処理する脳についてどれくらい使っているかを想像すれば、いかに普段、足を軽視しているかがわかります。
池田さんは言います。
靴は現代の纏足だと。
池田さんの父や叔父は、若い頃から先の尖った革靴を履いて歩いてきたので、親指が外側に反った外反母趾になっていたそうです。
外反母趾は現代病とも言われています。
ヒールやパンプスを履くことの多い女性の方が圧倒的に多いと指摘されています。
外反母趾の状態だと足のアーチ(土踏まず)が機能しなくなります。
アーチは歩くときに体重の衝撃を吸収するバネやクッションの役割を果たしているから、これが崩れますので、膝や腰の痛みが増していき、姿勢が崩れ、ひいては歩くことがままならなくなります。
世界的に著名な足病医で研究者のレイ・マクラナハンが、靴のつま先が狭いことの問題点を指摘しています。
・市販のシューズは、ファッション性が優先されており、自然な人間の足の形をしていない
・血流はつま先の間を通るので、足を圧迫すると血流が妨げられる。つま先が広がっている靴だと、バランスを取るのが容易になり、血液の循環や血流にも影響がある。
・足が変形して姿勢が崩れ、身体の痛みにもつながる。足が自然な形になれば、外反母趾などの変形も防げる。足の筋肉も約10%強化される。

池田さんは言います。
尖った靴という物語は、遅かれ早かれ終わりを告げる、と。
革靴は我慢して履かなければならないものではない。
つま先が狭いこと、靴の形に人間が合わせなければならないということ自体が、本来は不自然だ。
現代の纏足は、身体を蝕む。まさにタバコのように。
つま先の尖った靴の始まりは、中世ヨーロッパではやったプレーヌと呼ばれる靴が起源で、ポーランドが発祥とされる履物だそうです。
労働の必要のない「特権階級」であうことを示したかったという靴でした。
富裕層が、実用性のないデザインを楽しむ余裕を示したかっただけのものでした。
尖っているほど、流行の最先端をいく自分を誇示することができたのであり、今風にいえば、自分の身分が高いことを示す”マウンティング”でした。
その名残は、21世紀のいまもなお、先が細く狭い靴は地位と富の象徴となり、かつファッショナブルでスタイリッシュなものと解釈されています。

池田さんは、アメリカのアルトラというシューズブランドに出逢って、つま先の窮屈さから解放された感覚を味わいました。
アルトラの靴は、つま先が広くて、足の指が自由でした。足の裏で地面を感じることができました。指で大地をつかみ、地面から得られる足の裏への刺激もまた、一歩一歩違うという感覚です。
アスファルトの上を歩くだけでも楽しくなった。耳から得られる、踏み込んだときの足音と、足の裏の感覚とが合致して、なぜかそれが心地よいのです。
池田さんは、息子さんと長距離のハイキングをしましたが、息子さんが足が痛いと悲鳴をあげました。
老舗のブランドの値段の高いハイキングシューズを奮発して買って履かせていたので、疑念を抱きました。
少し大きめなものだったのですが、息子さんは、足の小指のあたりが窮屈に感じるというのです。
そこで、アルトラのキッズ用のモデルを買って履かせたところ、足の痛みを訴えることがなくなりました。
こうした経緯があったことから、池田さんは、アルトラの靴について調べてみました。

アルトラを共同創業したブライアン・ベックスとゴールデン・ハーパーは高校生のときに陸上部で出会いました。
二人は卒業後、ゴールデンの父が経営するランニング・ショップで働いていました。
二人は、仕事を通じてランナーの怪我が絶えないことに気が付きます。
店のトレッドミルで走る顧客が、シューズを履いているときよりも裸足のほうが自然の着地をしていることに気が付きました。
一般的なランニングシューズは、かかと部分がつま先よりは2倍厚く、重量もヒール側の方が重くなっていました。
もともとランニングの記録のために推進力を出したり、ランナーの足に快適性を提供するための仕様でしたが、これが悪さをしていのでは?
当時は、業界のすべてのシューズには、つま先とかかと部分の高低差が12~14mmもありました。
この高低差は「ドロップ」と呼ばれていました。ドロップが高い靴は、かかと部分が高く、ようするにハイヒールのようなものです。
かかと部分が高いと身体は自然と前傾姿勢となります。勝手に前に身体が動き始め、全身する力が出るのです。
ブライアンとゴールデンの2人は、それを取り除き、このシューズを「ゼロドロップ」と名付けました。
これが、いま一部のランナーやハイカーたちの間で熱狂的な支持を得ている「ゼロドロップシューズ」誕生の瞬間でした。
ブライアンが試しに走り始めたら、驚くほど効果がありました。
ゼロドロップシューズを使ったら、ハムストリングスの調子が悪かったのが改善し、側弯症だったのが姿勢が改善したために痛みが和らいだのです。
そこで、顧客たちにゼロドロップシューズを試してもらいました。アンケートを渡して、そのアンケートを持ってきたら、次の靴は割引をすることを約束しました。
600人からアンケートが返ってきました。

その結果、足首の捻挫の頻度が減少したのです。さらに、腰痛、膝痛、股関節の痛みの改善にも効果がありました。
この結果をもとに、大手シューズブランドメーカーに提案しました。
しかし、大手シューズメーカーは、どこ一つとして、ブライアンとゴールデンの2人を相手にしませんでした。
こうして2人で開発することにしたのです。
プロトタイプは完成し、工場に発注するだけとなったとき、7万ドルが必要でした。
しかし、誰も投資してくれませんでした。
ブライアンの父が、自宅を担保にいれて、7万ドルの小切手を用意してくれたのです。
誰も二人を相手にはしてくれませんでしたが、家族や友人たちはバカにせず、応援してくれたのです。
池田さんが、アルトラに注目したのは、ゼロドロップという概念を生み出しただけでなく、「フットシェイプ」というもう一つの新しい概念も生み出したことにあります。
フットシェイプとは、自然な足(裸足・ベアフット)の形という意味です。
現代の形である「シューシェイプ」(狭い形)ではないという真逆の意味です。
靴の形に人間が合わせる、狭い靴の中に人間の足を押し込む「現代の纏足」ではなく、人間の足の形のほうに、靴を合わせるのです。
足の指が動かせるよう、人間が本来の身体機能を使えるようにしたのです。
アルトラは、米国7位のランニングシューズブランドにまで成長しています。
私もこの本を読んで、アルトラの靴をアマゾンで注文をしてみました。
さっそく履いてみました。

履き心地に驚きました。足の指が動かせるのです。
歩くことが楽しくなりました!
この靴で、昨日水俣を歩きました。
歩くことは公衆衛生です。
ただし、これは個人の感想です。
