チェーン店と患者から検出された腸管出血性大腸菌の遺伝子型が一致したことが決め手となった
2年前に飲食チェーン店で食中毒が発生しました。
発端は、宮崎県です。
鹿児島県の飲食店を利用した宮崎県の人が下痢・嘔吐などの症状を呈して医療機関を受診したと、宮崎県から鹿児島県に連絡をしました。
鹿児島県の保健所が、その飲食店に対して調査を行いました。
その他山口県、大分市の当該飲食店のチェーン店舗においても体調不良者が確認されていることが判りました。
その店舗は全国チェーンのレストランで、患者の発生状況は次のとおりでした。
鹿児島県の店で1名、山口県の店で3名、大分県の店で5名。
このうち、患者9名中7名から腸管出血性大腸菌O157が検出され、うち6名の遺伝子型が一致しました。
同じチェーン店で、患者から検出された腸管出血性大腸菌の遺伝子型が一致したことが決め手となりました。
宮崎県にもチェーン店の他の店舗がありましたが、患者の発生はありませんでした。
こうしたチェーン店では、味を均一にして、食べやすくするために加工された食肉が使われます。
例えば、次のような食肉の処理方法があります。
テンダライズ処理
刃を用いてその原型を保ったまま筋及び繊維を短く切断する処理
タンブリング処理(インジェクション処理)
肉に針を刺して調味料を浸潤させる処理
他の食肉の断片を結着させ成形する処理
漬け込み
内部に浸透させることを目的として、調味液に小肉塊を浸漬すること
これらの処理は、病原性微生物による汚染が肉の表面から内部に拡大するおそれがあり、十分な加熱が行われていないと危険です。
O157を代表とする腸管出血性大腸菌は、わずかな菌量で発症します。
なかでも目立つのは「角切りステーキ」です。
ある県の食肉加工施設において結着加工された角切りステーキがO157に汚染しており、近畿、中国地方の15の自治体の16店舗で患者が発生しました。
「角切り」は、名前のとおり肉を切るだけかと思いきや、食肉の断片を結着してつくるものもあります。
関東のある県の食肉加工施設で、横隔膜をカットした後に漬け込みを行っていたところ、その過程でO157に汚染し、汚染された食肉が、各店舗で不十分な加熱処理で提供されて発症したことがあります。
そのチェーン店では、関東地方の5自治体11店舗で患者が発生しました。

水は無形ですが、O157もまた無形です。
肉だけでなく、なんにでも汚染します。
水、漬物、祭りのキュウリ、胡椒、種、などなど無限です。
二〇一二年八月に、高齢者施設の入所者七人に下痢、発熱、血便が発症している、と札幌市内の医師から市の保健所に届出がありました。
保健所の調査の結果、市内の業者が製造した白菜の浅漬けから病原性大腸炎O157が検出されました。
白菜の浅漬けを食べたことが原因、と判明しました。
実は、この業者の浅漬けは、札幌市内のホテル、飲食店、スーパーなどに広く出荷されていたのです。
札幌市衛生研究所で、菌株の遺伝子パターンの分析が行われました。
この浅漬けを食べた患者の便から採取された株から検出された遺伝子パターンと、業者の扱う白菜から採取された株から検出された遺伝子パターンが一致しました。
最終的に、この白菜の浅漬けを食べて発病した患者の総数は一六九人に登り、八人が亡くなっています。
病原性大腸菌に汚染されることのある牛肉ではなく、全くノーマークだった漬物で起きた大規模な食中毒事件は、関係者に衝撃を与えました。
何度も言いますが、病原性大腸菌O157は、わずかな菌量で発症します。
食品取り扱い作業に従事する者がO157をもし排菌していたら、この施設が提供するあらゆる食品がO157のリスクにさらされます。
この食中毒事件は、調理の工程を分析して危険な点をピックアップして重点的に管理していくHACCPの導入のきっかけになりました。

O157による食中毒が発生した場合は、地方衛生研究所でDNAパターンの分析が行われます。
DNAパターンの分析を行うことは、いわば指紋を調べるようなものです。
DNAパターンが一致すれば同一菌だと言えます。
これにより、同一菌による感染が、県を越えて広範囲に、あるいは時間差で起きていないか、監視することができます。
警察の捜査と同様に、現場に残された遺伝子から犯人(原因)を特定できる時代になったのです。
遺伝子パターン分析は、今まで判らなかった分散型のアウトブレイクの探知や原因究明に役に立ちます。
国立感染症研究所改めJIHS(ジース)は、こうした国内の遺伝子検査情報を収集して精度管理を行うコントロール機関です。
県を越えたアウトブレイクの場合は、広域な調整が必要になります。
その場合は、厚生局が事務局を担うことになっており、九州であれば、福岡市にある九州厚生局となります。

病原性大腸菌は、最初は一九八二年の米国のハンバーガーから始まりました。
日本では一九九〇年に埼玉の幼稚園の井戸水で、二名の園児が亡くなったことが衝撃的でした。
保健所の井戸水の検査で、大腸菌群が検出されていたのに、幼稚園の園長はなにも対策をとりませんでした。
園児からは、血便が出ていました。
病原性大腸炎は、生の肉、ユッケ・生レバーだけでなく、漬物、水、野菜の種、いやいやなんでもありです。
世界のあらゆるところから輸入される食料品も汚染されているかもしれません。
とりわけ、患者に「血便」が確認されたら、赤痢かO157を疑って捜査いや、調査を行う必要があります。
HACCP制度は、無形の極みである腸管出血性大腸菌対策のためにつくられたものです。
事業者自らが、危害要因の分析を行い、重要な工程をしっかりと把握して管理する、これこそが新しい食品衛生の型です。
警察の捜査も、食中毒の調査も遺伝子検査が決めてになる時代となりました。
探偵小説から推理小説に変えた松本清張は、「点と線」と「時間の習俗」に、名探偵ではなく警視庁の刑事と福岡県警の刑事を登場させています。
聴き込みや遺伝子検査を武器に、県境を越えた広がりも想定しながら、広域的な食中毒予防対策を進めていく必要があります。
