見出し画像

豊臣秀吉は、光明皇后にあやかって施薬院を復活させて病者の治療を行っている

奈良時代の701年に制定された大宝律令には「医疾令」があり、これが我が国の医療法令のはじまりとされています。

大宝律令では、医療は国営とされました。

役職としては、宮中には内薬司、中央には典薬寮があり、地方の70あまりの国には、医師と医生を配置しました。

「医師」とは役職です。
また医生は、医師の助手です。

仏教に帰依した光明皇后は、聖武天皇が建立した東大寺と地方の70余国の国分寺に、「悲田院」と「施薬院」を設置しました。

宮崎の国分寺は現在の西都市に設けられました。

国分寺跡があります。

悲田院では捨て子や孤児を収容し、施薬院は無料で治療を行いました。

光明皇后は、薬を国の内外から取り寄せさせて、施薬院で使いました。

東大寺に奉納した貴重な中国渡来の薬品は、正倉院に保管されています。

現在も38種類が残っているそうです。

身体中が腫れて臭気に満ちた病人の膿を光明皇后が吸ったところ、その病人の身体がみるみるうちに美しくなり、光を放って忽然と消えていったという伝説は有名です。

しかし、平安時代末期には、施薬院は廃れてしまいました。

武士の時代となった鎌倉時代、室町時代の幕府には医療を司る官職は設けられていません。

豊臣秀吉は、光明皇后にあやかって施薬院を期間限定ですが復活させて病者の治療を行っています。

さすが、太閤殿下です。

実業家の渋沢栄一は、亡くなるまでに養育院で困窮者の治療を行っています。

母が光明皇后のようなお方で、その影響を受けていたと言われています。

光明皇后は、さまざまな人物に影響を与えた凄い人物だと思います。

万葉集に光明皇后の歌があります。

わが背子と二人見ませば幾許(いくばく)か この降る雪の嬉しからまし 
(私の好きなお方(亡くなった聖武天皇)と二人で一緒に見たならば、どれほどかこの降る雪もうれしいことでしょう)

イルカさんの「なごり雪」のような感じです。

もしかして、イルカさんは光明皇后の生まれ変わりかも。

イルカさんを知らない人に念のため申し添えます。

歌手です。

蘇我入鹿ではありません。

かぐや姫の妹としてデビューしたイルカさんです。

かぐや姫に妹がいたのかと勘違いしてはいけません。

かぐや姫は、フォークグループです。

一番有名なのは「神田川」ですが、私は京都を歌った「加茂の流れに」が好きでした。

南こうせつさんのコンサートを都城市で見ました。

大好きだった曲を生歌で聴いて、力が湧いて来ました。

歌は公衆衛生です。

いいなと思ったら応援しよう!