マンガ大賞を受賞した児島青さんの「本なら売るほど」は公衆衛生のマンガである
児島青さんの「本なら売るほど」は公衆衛生のマンガです。
裁判の判決のように、最初に主文を述べてしまいましたが、その理由を述べてみたいと思います。
ハベレオ通信の裁判では、控訴、上告はできませんので、あらかじめ通告しておきます。
私のように本が大好きな人間にとっては、バイブルのようなマンガです。
2026年マンガ大賞を受賞したと帯にありました。当然!、さもありなん!、という感じがしました。
現在まで三巻が出ていますが、一言でいえば、涙なしには見られない古本屋マンガです。
マンガの裏表紙の文章を読んだだけでうるっと来るのは、老人性涙腺崩壊症かしら。
読書スキが高じて古本屋を始めたものの、売れない本を処分しなければならない現実に苦悩する「十月堂」の店主。
彼のもとに、一件の買取依頼が届くー。
本を愛する人、そして、本に人生を変えられたすべての人に捧げる物語。
古本屋めぐりが趣味のサラリーマン、小説に食傷気味の漫画家、質草を処分しにきた質屋ー。
古本屋「十月堂」には、今日も様々な人が訪れる。
”特別な一冊”との出会いを求めて。
本と人生をめぐる短編連作シリーズ第2巻。
大家さんと仲良くしたり、おませな子供客に苦慮したり、因縁のお客と再会したり。
ひとりでお店を開いていると、苦労も喜びもめくるめく訪れるものです。
あなたの心にそっと寄り添う古本屋「十月堂」営業録、第3巻。
これだけで、泣いたと思います。
書き写すだけで、私は涙がこぼれました。

前置きはさておき、なぜ、「本なら売るほど」が公衆衛生のマンガなのか、その理由をるる述べてみたいと思います。
1巻の公衆衛生関連の記載は以下のとおりです。
着物はCT検査のときに何もしなくていい。ワイヤー入りのブラジャーを脱ぐほうがよほど手間がかかる。診察のときも、ガバッとやってワッで済む。3分あれば身支度できる。
古本屋にはトイレはない。「青木まりこお断り」という貼り紙をしている。なお青木まりこは、1980年代に「書店で必ず便意を催して困る」と投書した人です。
古本屋の職業病としてギックリ腰がある。入院した主人公が名称を「急性激痛人体機能不全」とすべきだと主張すると、古本屋のお師匠がアドバイスをします。
古本屋はデスクワークと肉体労働の不規則な繰り返しだ。体力に自信のある若いやつが罹患する。日にち薬だ、心配するな。安静にするより適度に動いた方が治りが早い。
2巻では、腹腔鏡手術ダビンチ(本の中では「ミケランジェロ」)で大腸がんの手術を受ける28歳の女性と手術を担う消化器外科の医師や病院の看護師が描かれています。
3巻では、ちらりとですが、「大腸がん術後の食事」「がん患者が読む本」がある本棚のシーンがありました。
これは2巻で大腸がんのダビンチの手術を受けた患者さんの本棚だと思いました。
ということでハベレオ通信において、公衆衛生のマンガだと認定した次第です。

「本なら売るほど」は、当初読切だったものが短期連載となり、さらに長期連載となった経緯があります。
1巻を上梓してから、様々なご縁があったそうです。
読者から感想が届き、全国の本屋さんで熱く推してもらったり、「本なら売るほど」の中で登場する本や作家さんとコラボをさせていただいたり、世界一の古本屋街の神田神保町の皆さんと、門外不出の古書交換会の現場を見学する機会をいただいたそうです。
私も東京に住んでいたときは、神田神保町と早稲田の古本屋街に行くのが好きでした。
そのとき購入した本は、宮崎に帰ってくるときに手放しましたが、誰かが読んでいると思うと、心がほっこりします。
もしかすると処分されているかもしれません。
高鍋に住んでいたときに、ある小さなバーに何度か行ってカラオケを歌ったことがあります。
カウンターだけのお店で、びっくりしたのが、本があったことです。
「本は売るほど」の3巻に、本があるバーが登場しますが、なんとなく懐かしく思えました。
いつか椎葉村でバー・ハベレオを開きたいと思いますが、そのときには、本を置こうかしら。
本棚を見たお客さんから「趣味がいい」と言われてみたい気がしました。
なお、「米なら売るほど」は、わが故郷の大臣かつ高校の先輩の発言ですが、「本なら売るほど」とは無関係ですので、念のため。
誰も気にしていないか……。
