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フランスのパスツールが発したボールが、イギリスのリスターにパスされて、エース・ストライカーのドイツのコッホがゴールを決めた

1870年から1871年の普仏戦争に敗北したフランスは莫大な国家補償金を払う羽目に陥り、精神的にも学術や経済活動の面でも国民の指揮は大きく落ち込んでいました。

1874年に、パスツールに宛てて、イギリスの大外科医ジョセブ・リスター卿から2月18日付けで手紙が届きました。

その内容は次のようなものでした。

拝啓、不肖ながら、別便にて小生の研究論文をお送り申し上げますことをお許しください。

この小生の研究は、貴方が発酵の微生物原因説で明らかにされました御研究を踏まえたものであります。

貴方のこの素晴らしい研究によって腐敗の微生物学説の真理が小生に示されたおかげで、(石炭酸消毒によって)無菌的手術が可能であるという原理を知ることができたのであります。

この事実に関しまして衷心より感謝の誠を捧げる次第であります。

何時の日にか、貴方がエディンバラの私たちの病院をご訪問くださり、如何に多くの人々が貴方の御研究によって大きな恩恵を受けているかをご覧くだされば、真にご満足いただけることとと存じます。

貴方の御研究により外科学がどれほど多くの恩恵を受けているか、ご理解いただければ、この上なく有り難く思う次第であります。

丁寧かつ誠意溢れる、科学者としての敬意と感謝の言葉が綴られていました。

この頃、52歳のパスツールは個人的にも苦難の連続でした。

46歳の時に罹った脳出血のための左半身の麻痺が固定化していたのです。

5人の子どものうち、長女と次女と四女の三人の娘たちは既に病死していました。

娘は三女だけが残っており、たったひとりの息子はプロシアとの闘いで受けた重い戦傷のためにスイスで療病中だったのです。

子煩悩だったパスツールにとって、この当時、家族の悲運は非常な苦しみでした。

リスターの手紙は、国境を越えた科学者の熱い心を伝え、心の重荷を背負ったパスツールに大きな励ましとなりました。

このエピソードの背景には、次のような事情がありました。

外科手術に無菌的操作がいかに重要であるか、1867年に、リスターが実際に石炭酸を用いる滅菌的操作を実践して、その劇的効果を外科医に示すまで、ほとんど誰も知りませんでした。

リスターが医学雑誌「ランセット」への論文投稿や学会発表で、何回もその重要性を強調しても注目する人がほとんどいなかったというのが事実であり、リスターにとって、とても残念な現実だったのです。

イギリスの外科医たちや、イギリスで教育を受けて育ったアメリカの教授たちですら、このリスターの成果を無視する傾向が強かったのです。

そのような中で、パスツールの唱えた腐敗の微生物学説の真理がどれほどリスターの心の支えとして、また研究の中枢として存在していたことか、パスツールに宛てた手紙を読まなくても容易に想像できます。

貴方の御研究により外科学がどれほど多くの恩恵を受けているか」と、リスターが手紙の中で書いていますが、現在もなお、私たちはそのパスツールの恩恵を受け続けているのです。

パスツールは医師ではありません。

そのため、絹をつくるカイコの病気や、ワインの腐敗の研究も行いました。

これらの研究が結果として医学を大きく進歩させました。

悪臭を放って腐敗している傷口の組織を取って顕微鏡で見てみると、実際、さまざまな細菌が繁殖していることが証明され、それらの培養もコッホが成功し、石炭酸によって、それらが死滅することも証明されました。

このことによって、パスツールの発見とリスターの臨床的観察の正しさが、細菌学的に証明されたのです。

フランスのパスツールが発したボールが、イギリスのリスターにパスされて、エース・ストライカーのドイツのコッホがゴールを決めた。

さながら微生物学のワールドカップです。

最初に「ハンド」で退場となったゼンメルワイスは、誤った判定が取り消され、名誉は回復されてよかったです。

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