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グリム童話「ヘンデルとグレーテル」には飢饉に共通する物語が漏れなく描かれている

グリム童話に「ヘンデルとグレーテル」という話があります。

Geminiに聞いてみました。

この物語は、単なる子供向けの童話というだけでなく、当時の社会背景や人間の心理を映し出した非常に奥深い作品です。

いくつか主要ポイントを整理しました。

1 あらすじのポイント

飢饉:飢饉による口減らしのため、親によって森に捨てられる兄妹。

機転:1度目は白い小石を道しるべにして帰宅しますが、2度目はパン屑が鳥に食べられてしまい、迷子になります。

お菓子の家:誘惑の象徴。魔女は子供たちを太らせて食べようとします。

逆転:グレーテルが知恵を絞り、魔女をかまどに突き落として兄を救出。宝石を持ち帰り、父親と再会して幸せに暮らします。

2 物語の背景と解釈

歴史的背景:中世ヨーロッパを襲った大飢饉の記憶が反映されていると言われています。

極限状態での生存本能や、家族の崩壊といった過酷な現実がベースにあります。

自立の物語:最初は兄(ヘンデル)がリードしますが、後半は妹(グレーテル)が勇気を出して窮地を脱出します。

子供たちが親の保護を離れ、知恵と勇気で困難を乗り越える「成長譚」の側面が強いです。

一方、アンドリュー・ドイグの「死因の人類史」(草思社)ではこのように紹介されています。

飢えた木こりと後妻は、もう養えないという理由で二人の子供を森に置いていくことにした。

森のなかで兄妹はしょうがパンでできたすばらしい家を見つけたが、この家で自分たちを食べようとする魔女に捕らえられる。

ヘンゼルは檻に閉じ込められて太らされ、グレーテルは魔女のために働かなければならなかった

だが、幸運にも兄妹は魔女を出し抜き、逆に魔女を窯に押し込んで殺すことに成功する。

家にあった魔女の宝物を見つけた二人は、それを持って父親のもとへと帰る。

折よく継母は死んでいたので、父子三人はその後ずっと幸せに暮らした。

よく読めばなんとも残酷な話だが、この短い物語には飢饉に共通する物語が漏れなく描かれている。

食べ物への強迫観念、親の死、貧困、児童虐待、奴隷、飢饉、殺人、子供の遺棄、そして人肉食などである。

不思議なことに、「ヘンゼルとグレーテル」は何百年ものあいだ、幼い子供たちを寝かしつける物語としてふさわしいと考えられてきた。

この民話は1315年の大飢饉の際、ドイツが見舞われた惨禍に端を発したものかもしれない。

当時、追い詰められ、絶望した家族が実際に子供を餓死させ、その肉を食べたといわれる。

1315年の大飢饉は、1315~17年の大飢饉のことで、14世紀初頭にヨーロッパ全域を追った一連の大飢饉の総称です。

飢饉の原因は気候変動だったと現在では考えられています。食べ物がなくなり、犯罪や病気、大量死、さらに人肉食と子殺しが横行しました。

なぜにこのような悲惨な話をするのか、という人が多いかもしれません。

実は、4月2日はアンデルセンの誕生日ということで、しめしめとヘンゼルとグレーテルの話を書き始めたら、作者が違うことに気がつきました。

アンデルセンの誕生日は、「国際子どもの本の日」とされているのでちょうどいいと思ったのですが、失敗しました。

しかし、失敗と書いて「せいちょう」と読むという野村監督の言葉を信じている私は、グリム童話で勝負することにしました。

「ヘンゼルとグレーテル」の話は、鳥がパンを食べて帰り道がわからなくなったことと、森の中でお菓子の家を見つけたことしか覚えておりませんでした。背景にこのような悲惨の大飢饉のエピソードが隠れていることは、およそ60年ぶりに知りました。

皆さま、グリム童話とアンデルセン童話の区別がつきますか?

グリム童話は、赤ずきん、シンデレラ、白雪姫、ブレーメンの音楽隊

アンデルセン童話は、人魚姫、みにくいアヒルの子、マッチ売りの少女、裸の王様

先月でNHKの朝ドラ「ばけばけ」が終わりましたが、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)と小泉せつさんが「怪談」をまとめてくれてよかったと思いました。その結果、のっぺらぼうや雪女、耳なし芳一などの日本の昔話が残ったと思うと、感謝しかありません。

小泉八雲の本から日本人の習性を学んだアメリカ陸軍のフェラーズ准将は、戦後マッカーサーの副官として日本にやってきます。

小泉八雲の大ファンだったフェラーズは、小泉せつさんに面会して話をしたことがあります。

マッカーサー元帥に昭和天皇の退位を求めず、日本の皇室を残すように意見書を提出しています。

グリム童話はドイツの民話で、アンデルセンはデンマークの民話です。

昔から伝わった民話には、民族のさまざまな心が編まれています。

日向の高千穂の峰に天孫降臨した神の子孫が現代まで続いているというストーリーは、壮大です。

私は宮崎に帰ってきてから、古事記などの神話を読むようになりました。

天孫降臨は、なぜ孫なのか。

アマテラスから息子に行くように言われたのですが、いやだったので孫のニニギノミコトをかわりに行かせたところが面白いです。

そのためにお供に優秀な神々をつけました。その中の一人は藤原家の先祖です。

このため藤原家は天皇にはならず、摂政や関白といった天皇の補佐役に徹します。

歴史に逆らうことはしません。

歴史は面白いです。

History(歴史)は His story(彼の物語)です。 

どの民族にも物語があります。

また、公衆衛生にも物語があり、これからのハベレオ通信で紹介していきたいと思います。


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