スフィア基準は20人に1台のトイレ、男女比は1:3という国際基準である
宮崎に帰ってきてまもない頃に、福岡市で開催された災害医療の研修を受けたことがあります。
講師陣の中には、宮崎大学医学部看護学科の教授をされていた原田菜穂子先生がいました。
岡山大学に移られたばかりで、宮崎県から来た我々に声をかけてくださいました。
「ヘベスロス」で悩んでいるとおっしゃっていました。
ヘベスとは、宮崎が誇る柑橘系果実で、果汁がほとばしります。
日向夏、金柑たまたまに隠れて目立ちませんが、
ヘベスに触れたユーザーは、もはやヘベスなしには生きて行くことが困難となる、恐るべき柑橘系です。
アルコールに合います!
いや、合いすぎるので危険かも。
ヘベスはともかく、福岡空港に帰る途中に本屋に寄りました。
そのとき買って帰ったのが、「みんなで取り組む災害時の保健・医療・福祉活動」(南山道)でした。

編集者がグローバルヘルス技術振興基金の國井修CEO、浜松医大健康社会医学の尾島俊之教授、編集協力が国際医療福祉大学大学院の石井美恵子教授です。
本の「序」には、編集者を代表して國井CEOが「日本のこの分野の第一線で研究・活動する専門家・実践家、総勢66名による集大成であり、是非多くの方々に活用していただきたい」とありました。
また「あとがき」には、こうありました。
この本の編集をしていた2021年7月17日、分担執筆者のひとり、田中剛氏が山梨県丹波川の沢登りの難所で水難死したとの訃報を受け取った。
田中氏は本書にある通り、広島県健康福祉部長として広島県平成30年7月豪雨災害への対応、被災者支援に奔走したが、これは役職上の義務ではなく、彼の人生のミッションのひとつであったともいえる。
彼が医学生の時から知っているが、災害や紛争などで苦しむ人々を救いたい、貧困や病苦で苦しむ世界の人々を助けたいとの、真っ直ぐで純粋な熱いパッションを持ち、その思いや姿勢は最期まで変わらなかった。
享年50歳という若さで逝ったのも、沢登りに同行した友人が足を取られて流され、それを助けた末での出来事だっという。
最期まで人助けに徹した人物だった。
この本の読者は、田中剛氏のように、災害時、緊急時、困った時に、その専門性や知識・経験を駆使して、人々を救い、助ける情熱と勇気と行動力を持った人、また持とうという人が多いと願う。
この本を通じてさらに知識や技術を高め、それを進化させながら、日本、そして世界の災害対策、危機管理、人道支援に貢献していって欲しい。

私は、厚労省の医系技官の田中剛氏を知っていました。
広島の豪雨災害のときは、厚労省から広島県の対策本部に派遣されて、広島県庁で一緒に仕事をしました。
そのときの事を田中剛部長は、このように書いています。
この災害の特徴としては、送水管流出による最大22万戸で1月に及んだ断水および熱中症対策があげられる。
消防や自衛隊による懸命な給水活動が続いたが、透析をはじめとした病院におけるインフラに関する把握不足および自治体側の認識不足が目立った。
実際、複数の医療機関で断水後に通常どおり水を使い続け、夕方になってから、その日の晩に貯水タンクが底をつくことに気づくといった事例があった。
報告を受けた後、自衛隊の機動力を活用し、深夜に緊急の給水活動を行い、事なきを得たが、その後、ロジスティック班では連日、各病院の貯水量を把握し、日本水道協会・緊急消防援助隊を含めて翌日の給水計画を立てるようにした。
この本が田中剛さんの遺稿となってしまいました。

私は、田中剛さんの葬式に出席しました。
命日が7月17日だったことを知りました。
3年前の7月18日が、東京の宿舎を引き払って、宮崎に荷物を発送した日だったことも思い出しました。
田中部長がいたときの広島県は、公衆衛生医師不足で、県型7保健所には2名の医師しかいなかったことから、4保健所に全国で初めてDHEATを受け入れたそうです。
本を読んでも、なかなか頭に入ってこないのですが、田中部長の書かれた「広島県2018年7月豪雨災害の対応からの教訓・提言」は、優しいお顔とともに、天国から降りてくるような感じがしました。
田中剛さん、やすらかにお眠りください。
貴方の残された教訓と提言は決して忘れません。

原田菜穂子先生も、執筆者の一人でした。
「人道支援における公衆衛生対策の最低基準」について書かれております。
このとき、スフィア基準というものがあることを知りました。
避難所運営では、20人に1台のトイレ、トイレの男女比は1:3という国際基準です。
原田先生は、いつか宮崎にご講演でお呼びしたいです。
お土産はもちろんヘベスです。
